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2026年1月16日金曜日

担任をやっていた時に、やってみたこと。

 


 担任をやっていたのって、もう何十年も前だから、適切かどうかわからないけど。

 担任をやっているときに、毎日学級だよりを書いていたことがあります。よくありますが、1年生の担任は、入学式後、2週間程度は、毎日、おたよりりを書いて、子ども達に渡してということがあります。当初、通例通り、2週間くらいでやめるつもりだったのですが、まあ、なんとなく、毎日出していたわけです。2週間過ぎても、もう少し書いていた方がよいかなと思い、1か月続けました。もう、そうなると、毎地に出すのが当たり前になってしまったのです。

 A4一枚で、当時としては珍しく毎日写真を入れていました。ちょうど、秋葉原で、安いデジカメを手に入れた後だったということも、ありましたし、自宅にレーザープリンタを持っていたことで、毎日写真を入れたおたよりを出すことができていました。たぶん、1993年ごろだったのだと思います。ソフトも、ページメーカーというDTPソフトをを持っていたので、使っていました。ハードも、ソフトも、たまたま揃っていたことも、毎日お便りを出す大きな要因でした。


 昔を懐かしんでも仕方ないのですが、これが、保護者対策の上で、大きな役目を果たしてくれたと思います。書く中で、自分としてのルールを決めました。個人名は出さないこと。お誕生日には、お誕生日の子のことを書きました。それ以外は、クラスとして、何をやったのか。問うことを書いているわけです。いいことも、ダメだったことも書きました。ともかく、クラスの雰囲気を伝えることができればと考えていました。

 そして、もう一つは、15分で作ることでした。文章を書くのは嫌いではなかったので、ネタさえあれば、15分は可能な範囲でした。写真も入れていましたし、文章自体は、それ程苦なく書けました。

 保護者には、書いてあることをネタに、話を子ども達から聞いてほしいと伝えました。ここにこんなことが書かれているけど、どうしたのと、聞いてほしいと。そのことが、親子で学校の出来事が親子で共有できるようになると考えていました。ですから、事細かに書く必要はないと思います。

 学級の様子を知ってもらうことで、保護者の不安が軽減するという効果があると思います。8年間、毎日書く作業をしました。いろいろなことがありましたが、保護者から、苦情のようなものを聞くことはなかったと思います。

 AIができても、このタイプは書かせるのが難しいかもしれません。毎日出すのが難しければ、1週間に一度から始めてもよいかもしれません。ハードも、ソフトも揃っていますし、メールのような形でやることで、量を考えずにできるのも、現在のメリットかもしれません。

 何が言いたかったのかといえば、自分の武器になるものを持っていることが強みになると思います。

2026年1月15日木曜日

元先生が考える。学習指導案ってかけなきゃだめですか。


  さっき、Geminiで指導案を作ってみました。10分くらいで全体計画と本時展開を作ることができました。

 AIの活用で、様々なことが変化してきます。子ども達の学習の仕方をどうするかを考える必要もありますが、先生たちの仕事についても考えるべきです。先生の仕事で一番大切なのは授業をすることであり、学級をまとめることだと思います。もちろん、将来的には、より授業をすることに時間がをかけるべきですが。今現在の状況では、学級経営も大切な仕事だと言えます。というより、今の段階では、学級経営の方が大変かもしれませんが。

 AIにできることは、AIがやる。民間企業は、そのシフトに入り始めていると言われています。すでに、今後を見越して、今年度、来年度と事務系の職員の採用を取りやめたり、少なくしたりしている企業もあるようです。

 授業をどうすればよいかを表現しているのが学習指導案です。どんな授業をするかを表現しているものだと思っています。また、他人に自分の授業を見てもらう際にも役立つものだと言われてきました。でも、どんなに素晴らしい指導案を書くことができても、授業として具現化できなければ何の意味もありません。今や指導案などは、AIで簡単に作ることができます。AIが作った指導案を自分で修正すればよいのです。毎時間分の細案だって毎日作ることができると思います。そうなってくれば、教科書の指導書や様々な本を用意しなくても、授業をする指針が簡単に作ることができるのです。そうなれば、次に必要なのが、それを授業として具体化することができるのかということです。先生は、表現者としてのパフォーマンスができなければいけなのです。子ども達を引き付ける話術や表現力がなければ、どんなプランを持っていても、子ども達に伝わりません。

 もう、指導案を書くために時間を費やす必要はないのです。それよりも、表現力を磨くことが大切になると思います。

 AIにできることは任せ、先生だけができることに力点を置くべきです。

2026年1月13日火曜日

cocoa先生が考える。AI使ってみるだけでいいですか。

  cocoa先生です。



 最近は、AIにはまっています。ようやくなんですけどね。とても楽しい体験だと思います。cocoa先生のキャラクターを作ってもらったり、ブログに書いた文章をイラストにしてもらったり、漫画にしてもらったりしています。

  一回では、なかなかイメージ通りにはいきませんが、何回か修正をかけていくと、だいぶ完成度が高くなっていると思います。

 授業にどう使っていけるのかは、まだわかりませんが、事務的な仕事には十分に対応できると思います。おそらく、作文の評価だとか、通知表に記載する文章などは、AIで処理できるでしょうね。もちろん、学級通信なんて言うのも、簡単に処理してくれるでしょうし、統計的な処理もお得意だと思います。

 テストの採点処理もできるんだろうと思います。それだけではなく、日常的な学習の評価も、使い方次第で十分処理してくれるのではないかと思います。

 まあ、ここで、ストップがかかるとすると、個人情報をAIで処理してよいのかということでしょうね。ただ、様々なことを試していかないと、何ができるのか、どうプロンプトを書けばよいのか分かりませんよね。実際に仕事上、こんなことができるというのを実証していかないと授業での利用などできないのではないかと思います。先端にいる人たちに、考えてもらえばよいということなら、それも考え方ですが。でも、せっかく新しいツールを手に入れたわけですから、より多く使っていくことも解決手段だと思います。

2026年1月11日日曜日

元校長が考える。これって、パワハラか指導か。どっちなんだ。


  校長をやっていると、逃げるわけにいかない「指導をしなくちゃいけない。」場面があります。指導法や授業改善などを求めなくちゃいけないときがあるわけです。これは、該当する先生に対してだけでなく、他の先生にも影響するので、避けることはできません。

 例えば、書類の提出期限が守られないときは、やはり注意します。学級の状態が悪く所謂「学級崩壊」に向かっている場合もそうです。これは、子ども達にも大きく影響しますから、禍全の方法を一緒に考えなくてはいけませんし、指導もしなくてはならないと思います。

 ですが、最近では、この手の指導も「パワハラを受けた」と解釈する先生もいるようです。

もちろん、職員室で、みんなが見ている前で大きな声を出して怒るとか、校長室に呼び出して、1時間もお説教するなどの行為があれば、十分にパワハラに値するとは思います。さらに、辞めてしまえなどの暴言もアウトだと思います。

 しかし、校長室で、静かに話をしていても、納得を得ることができなければ、指導したつもりでも、パワハラを受けたと捉えられることも多くなってきていると思います。学校という組織の特性上、指導する校長は、基本的に優位な立場あり、言葉遣いや接し方を注意しないとパワハラに該当すると受け止められやすいのです。ですので、指導をする場合でも、一対一での対応はリスクを伴って家いると言えます。最近では、スマホを全員が持っています。その録音機能を使っていることも十分考えられます。録音されていることを前提に、副校長や教頭と一緒に対応していくことが必要なのだと思います。


 でも、難しいですよね。特に、若手に対しての接し方は。昨年度の東京都の初任者の離職率は5%を超えているようです。以前は、初任者がやめるなど、実際にはほとんどなかったと思います。東京都で起きていることは、今後全国に波及していくと思います。教員不足で苦しい状態がさらに苦しくなってしまうと思います。何とか、校長も含め、みんなで支えあうことができる職場にしたいものです。そして、校長からのパワハラなどといわれないように、最新の注意を払って適切な指導をしてほしいものです。

2026年1月9日金曜日

元教員が伝授! 学校現場で「定時」に帰るための時短仕事術

 


どうやって仕事をしたら定時に帰れるのでしょう。経験から言えば、

1.優先順位を明確にする。

 小学校ですから、学級担任が大半です。まず、必ずやらなければならないことを明確にすべきです。必ずやらなければならないのは、学級に関することです。テストや提出文書などは、処理する時間を初めから設定しておきましょう。テストは、いつやるかを子ども達に伝えていると思います。それに合わせて、テストを採点する時間を^設定しておきます。子ども達に、いつ返却するかを伝えることもポイントです。それをしておけば、必ず業務としてやらなければならないことになりますから。そして、市販のテストであれば、裏表30分以内に処理しましょう。丸を付けるのなら、丸を付ける道具からこだわってください。少しでも早く処理できることが大切です。今は、スキャナーで読み込み、処理することもできるようになっています。それらを使い、1分でも早く処理できるようにすることが大切です。


2.メールのチェック。

 これは、習慣としてできるようにしましょう。毎日ルーティーンとしてやることができれば、問題はありません。特に、保護者とのやり取りは早いレスポンスが必要になります。早く処理してしまえば、あとの業務に影響が出なくなります。

3.教材研究

 時間をかければ、かけただけ成果は上がるかもしれません。しかし、時間は有限です。年間通して、自分の中で重点を置きたい教科を決めましょう。重点を置くと決めた教科には、明日どのような授業展開にすればよいかを考える時間を作ります。その他の教科も同じようにしたいのですが、それは、無理があります。その他の教科については、教科書を確認する程度で済ませるしかないと思います。

4.会議を

 学校の中で、一番時間を費やしているのは会議かもしれません。会議になっていればよいのですが、雑談的になることも多くないですか。まず、その日の会議のゴールをはっきりさせます。次に、会議の終了時間を明確にします。それだけで、会議の進行が変わってきます。そして、会議のために費やしていた時間を取り戻すことができます。

5.定時後の過ごし方を明確にする

 学校を出たら、どうするのかをはっきりさせておいた方がよいです。友人に会うとか、趣味の時間として利用するとか、食事をするでも、お茶を飲むでもよいのですが、定時が終わったら、こうやって過ごそうと決めておく、約束しておくことが、時間を有効に使うために必要だと思います。何もないと、そのまま学校でダラダラ過ごしてしまうことも多くなります。

2026年1月6日火曜日

元教員の視点で見ると心配。学校でAIの活用って、できますか。

  IT関係については、ここまで1度も書いていません。別にITが嫌いなわけでも、苦手だと思っているわけでもないのですが…。

 僕がパソコンを使い始めたのは1980年です。まだ、パソコンなんて言葉も普及していないかった頃です。秋葉原で、工学部に行っている友達に付き合ってもらい、買ってきました。

 それから45年がたっています
。45年間で、これほど進むなんて、誰も思っていなかったでしょう。早いんです。進み方が。あっという間に、考えていたことが古くなってしまうので、使い方など考えても追いつかない感じがします。それに、実際に今の環境で授業をしたことがあるわけではないので、書きにくいということもあります。

 ただ、AIについては、みんなで考えていくことが必要だと思います。小学校の先生は、無くならない職業の上位に入っていましたが、どうなんでしょう。

 確かに、子ども達が意欲的に、主体的に学習を進めるためのサポートをすることができるのは、人間の先生かもしれません。AIには、感情の動きを読み取ることは難しいと思うからです。しかし、考えを深めるためのツールとしては、生身の先生より、AIの方が、優れた力を発揮するかもしれません。

 もちろん、対子どもではない仕事については、AIは十分に力を発揮すると思います。実際、こうやってブログを書いていますが、僕も何かを調べるというときは、AIを使っていますし、挿絵や漫画などはすべてAIがやってくれています。使い始めると、その便利さが分かるので、できる限り、使うようにしています。おそらく、学校で出す文書などは、AIができる仕事です。また、行事の計画案の図式化や指導案なども、AIがやればよいことになってくると思います。教育評価なども、そうです。今まで複雑な作業をしていたのが、実に簡単な作業になると思います。

 今、先生たちに必要なことは、AIを使うスキルを高めることだと思います。実際に様々な場面でAIを活用すべきです。活用していく中で、AIがよりよいパートナーになっていくはずです。

2026年1月3日土曜日

元校長が知っている、給食費無償化てできますか。

  給食費の無償化が話題になりました。しかし、無償化していない自治体でも、給食を出すために、これまでもかなりの金額を投入しています。現在保護者から給食費として徴収しているのは、基本的に食材費だけです。ですから、1食あたりで言えば、300円程度になると思います。

300円×20日=6000円

6000円×11か月=66000円

という計算になります。しかし、食材があるだけでは給食は作れません。

 運営費として年間2000万程度は中規模の学校でもかかっていると思います。運営費は、主に人件費と光熱費になります。実際には、これだけでなく、必要な物品の購入費も必要になります。

 釜、熱風消毒食器保管庫、裁断機、牛乳を補完する冷蔵庫など、かなりの機材が必要になります。食器の洗浄機や給食を教室まで運ぶカート、湯沸かし器もかなり大きなものが必要になります。

 機材は、すべて業務用のものになりますので、1台100万から600万くらいかかります。給食室を作ると、これらの機材を購入し、必要な人件費を払っているわけですから、一人当たりの費用はかなりの金額になることが分かります。

 ですから、いまさら政府にきゅしょく無償化しますと言われなくても、自治体としては、かなりの負担をしてきているということになります。食材費だけでも、大きな自治体になれば、10億単位の金額が必要になることを考えると、それなりの負担が必要になるのも事実です。しかし、実際には、無償化しなくても、これまでも自治体は相応の負担はしてきていることも事実です。

 無償化は必要なことなのかもしれませんが、給食という形をとることで、自治体が税金をかなり使うんだということは、共通理解していた方がよいと思います。こんご、物価が高くなれば、当然、その金額も引き上げられるわけです。実際に、子どもがいない家庭もありますし、独身者の家庭もあります。その人たちも、給食を提供するために、負担をするんだということをしっかり伝えるべきではないでしょうか。

2026年1月2日金曜日

元教員ですが、逆上がりできなくちゃだめですか

 


 小学校というと、かけ算九九と逆上がりってイメージもたれていませんか。

 逆上がりって、意外とできないんですよね。できない原因は逆さ感覚が経験的に少ないからだとか、体を引き付ける力がついてないからだとか言われます。踏切の位置が間違っているなども原因なんでしょうね。でも、逆上がりってできなくちゃダメなんでしょうか。手にまめができるほど練習する必要があるんでしょうか。そもそも、器械運動を小学校で学習することに意味があるのか分かりません。確かに、教える方としては、器械運動って、教えやすいんです。定型的な指導法で、ある程度成果が出ますし、子ども達も学習目標を明確にしやすいので、器械運動の学習が好きという子どもも多いと思います。

 それにしても、なぜ器械運動を小学生にやらせるのかが分かりません。昨日も書きましたが、基本的に体育の目標は、体を動かすことの楽しさを経験したり、スポーツの楽しさを知り、生涯体育に結べつけることにあると思うんです。それだけではないんです。水泳もそうですが、器械運動もリスクが高すぎると思います。骨折やねん挫などの怪我が多いのは器械運動の学習の時だと思います。それから、補助も今は難しい気がします。ちょっと殻を支えてあげるだけでできるようになる場面も、今は、手を出すことが躊躇われるのではないでしょうか。子どもの体に触れないのは今としては、当然のことでしょうし、先生の保身としても必要なのかもしれません。

 ボール系の運動は、比較的生涯体育につながっていくものだと思いますし、チームやルールということも、体育の学習にとってはよいのだと思います。

 ダンスも今の流行ですから、子ども達は好きだと思います。ただ、ダンスを教えることができる先生は少ないでしょうね。

 でも、何をやることが、生涯にわたっての健康につながるかという視点と、学校はリスク回避したいという視点を文科省にも持ってもらいたいと思います。

2026年1月1日木曜日

元教員ですが、疑問です。水泳やらなくちゃだめですか。


  年末だから、巨大なとび箱に挑戦する番組をやっていました。ああいうのを見ると、子どもって、ひたすら高いとび箱を飛びたがるんですよね。以前は、小学校にもロイター板がありましたから、それも使いたがる子がいました。

 小学校の体育では、今では、ロイター板など使ってはいないと思いますが、基本的には、とび箱は空中での姿勢をきれいに保つことが大切だったと思います。まあ、それ以前に器械運動など、小学校で教えるべきなのでしょうか。

 一番大切なのは、運動の楽しさを感じさせることではないでしょうか。

 そして、友達と協力して活動する楽しさを感じることも大切だと思います。

 もちろん、保健学習の内容も大切ですが、体育の一部ではなく、別枠でもよいと思います。性教育や健康教育を教える時間を別枠で撮るべきではないでしょうか。

 そう考えると、今の体育の内容って、どうなのかなって考えてしまいます。まず、水泳なんてやっている国はないですよ。きっと。プールを作って、利用している時間は、一人当たり10時間程度です。水泳のためにかかっているお金って膨大だと思います。1回7万くらいかかるはずなんです。浄水用の装置もあるので、夏の間7万の水だけで済むように思いませんか。全然違います。

 まず、6年生が入ります。その後、5年生が入ります。水深はかわらないので、お金はかかりません。しかし、次に4年生が入ります。ここで、水深を下げます。3年生が続けて入ります。ここは水深を変えません。次に、2年生や1年生が入ると、水深は50cmくらいまで下がります。次に高学年が入るとき、また、1mまで戻します。これを何回も繰り返しますから、高学年が入るたびに3万5千円かかります。ローテーションの組み方や学級数によっても変わりますが、どう考えても30万以上のお金がかかっています。もちろん、プールを使い始める前には、清掃も必要です。外部委託する学校も増えていますから、その経費も必要です。また、施設管理としてプールの塗り替えや外に見えないように目隠しなども考えると、膨大な費用が掛かることが分かります。ちなみに、プール全体を防水塗装するだけで、300万以上かかると思います。今は、塗装ではなくコーティングしていると思います。こちらは500万くらい費用がかかるんです。

 


さらに、水泳指導でのリスクもあります。だいたい、先生たちは水泳指導のプロではありませんし、子ども達の数に対して、先生の数が少ないのは言うまでもありません。学校の水泳学習で泳げるようになることは難しいと思います。

 それに、水泳については、少なくとも、都市部では、スイミングスクールが普及し、水泳をする機会が多くあるので、学校は水泳学習から撤退してもよいのではないかと思います。どうですか?

 

 

2025年12月29日月曜日

元校長が考えたこと。まだ、明るいのに帰っていいですか。


 


 教員の勤務時間は、始業時間は8時から。終業時間は16時半までになります。冬の季節は、16時半でも、暗い時期もありますが、春から、秋にかけての16時半は、結構明るいんですね。それに、世間の人たちはまだ働いている時間だと思うと、まだ仕事をしなくちゃいけない感覚になるんです。でも実際は、8時から始まる仕事なので、ちゃんと7時間45分働いているわけです。休憩時間を含むと8時間30分、仕事をしています。ですから、明るく経って、終業時間が来たら、仕事を終えることができます。それに、教員は、残業をしない前提で、給与体系が決まっているので、よく話題になるように、すべてがサービス残業になります。残業手当がないからです。

 朝、早くから働き、夕方は早く帰ることができるのは、働き方としては、とてもよいと思います。ライブに行こうと、スポーツ観戦をしようと、カフェでコーヒーを飲みながらスマホを見ようと、友達と飲もうと、すべて時間は自由であるはずなのです。でも、そういう時間の使い方をしているという声はあまり聞きません。別に早く帰る人がいても、そのことを批判するようなことはないと思いますが、どうも、明るい中帰宅するのが後ろめたくなるのではないでしょうか。別に、空が早く暗くなる時期は、早く帰るわけでもないので、太陽の位置と仕事を終わらせる時間に関係性があるのか、どうかははっきりしませんが…。

 教員採用試験のことが話題になります。なかなか先生になってくれないと。以前も書きましたが、夏休みをとれることをアピールするのと同じように、終業時間が早いことも、本当はアピールできることだと思います。都市部には、山ほどのエンターテインメントがあります。それらを十分楽しむことができる勤務時間であることは、アピールするに足りる魅力だと思います。ペットや友人のと過ごすこともよいでしょうし、何かを学ぶことに時間を使ってもよいと思います。スポーツジムに行けば、様々な体験ができます。外国語を習得し、キャリアアップを図るのもよいと思います。

 先生の勤務時間は、とても魅力的だと思います。そうできるように、定時退勤が基本になることが大切です。そして、そのことは仕事の魅力の一部になるはずです。

 

2025年12月25日木曜日

いろいろ問題があるけれど、根本的なことは何だろう

 

 教育に関する様々な課題をどうすればよいかを考えることが必要です。

 日本の教育と欧米諸国の教育の中で、一番異なっていることは何でしょう。

 特活です。給食、清掃などが教育活動だと考えられているのは、日本だけです。例えば、清掃ですが、子ども達がやるなどという国はありません。業者が入り、学校内の清掃を行っています。給食についても、先生が指導したり、監督したりするという国はありません。

 戦後、学校教育に潤沢に予算をかけることができない中で、子ども達の手を利用することを是として、清掃などは行われたのでしょう。もしくは、文化的な事柄なのかもしれません。予算をかけずに教育活動を行うための様々な工夫をしてきたのだと思います。一人の先生がすべてを教えるというのも、人件費を抑えるためには、とても効率的な方法なのだと思います。実際、他の欧米諸国と比較して、日本の教育予算はOECE加盟国の中で平均的な数値です。しかし、現在の日本は、それなりに豊かな国であることを考えると、イギリスやアメリカなどに大きく差をつけられていることは疑問視せざる得ません。

 教科担任制への移行ですら、教員の人数を大幅に増やすという選択肢をとって異なことなどからも、教育のためのコストはなるべくカットしたいという意識が見えます。

 まあ、政治家にとっては教育は票にならないことだととらえているんでしょうね。子どもが小学校や中学校を卒業してしまったら、親の関心は急速に低下します。教育について、市民が考えるのは、自分の子ども達のその時期だけなわけです。

 また、これまで政府が気にしてきたOECEの学力状況の調査でも、常に上位をとってきてしまったことなどが、課題なのかもしれません。コストをかけなくても、目標を達成してきたのは、先生たちの授業力の高さにあるわけです。まあ、文科省は現場がダメだから的発言をするような気がしますが、ダメな政策であっても、実現してきたのh現場です。

 先生は、授業をする人であり、子ども達の学力を高めるための人です。給食を配ったり、掃除をさせたりすることが美徳のように取り上げられていますが、それは、先生の仕事ではないはずです。

 そして、教科担任制を実施するなら、しっかりとした制度設計を行うことをまず考えてほしいものです。



2025年12月23日火曜日

心の病


  他の職種より、学校の先生がメンタルな面でお休みに入ってしまうことが多いと、言われています。全国統計でもそれははっきりしていますが、実感として、メンタルの不調を訴え、お休みに入る例を多く見聞きします。

 小学校は、学級担任制を基盤としていますから、メンタルの不調を訴える先生が多く出るのも理解できます。学級担任制は、初任の先生だろうが、ベテランの先生だろうが、関係なく、学級全体に対しての責任をもつことになります。その重圧は、かなり重く、学級経営が上手くいっていないときには、教室に向かう廊下や階段が遠く感じます。

 その重圧を小さくするために、チーム学年・学級経営などというものも出てきているのだと思います。ですが、どのような形をとっても、今の体制では、メンタルの不調を訴える先生は減らないような気がします。

 もともと、学校という権威を利用し、その権威を背景に先生たちは学級経営をしてきたわけです。先生の言っていることは絶対とは言いませんが、先生が言うことは子ども達の考えの指針となるものだったはずです。ところが、今の子ども達にとって、権威を背景にしての指導は通用しなくなっていると思います。子ども達も多くの情報に触れています。塾に通っている子供も多いですし、楽しい授業や分かりやすい授業をすることが、とても大切になっていると思います。そういうことができないと、授業に集中できない子供が増え、学級を制御できなくなるのです。



 学校運営をする中で、低学年から、高学年まで、いろいろな視点を持たなければいけませんが、どの先生をどこに配置するかが大きなポイントになると思います。低学年から、授業を楽しませることができなければいけませんが、段階により、楽しませる手法や方法が異なっています。それを考え、学校運営をすることが、まずは大事になると思います。

2025年12月22日月曜日

会議をする必要があるのか。

  

 学校は会議が大好きです。ともかく、会議をするわけです。会議をいくつかに分類しましょう。

〇職員会議 これは、学校教育法施行規則に書かれているので、まあ、やるんでしょうね。ただ、形骸化している気がします。一つは、事前会議を実施していたり、パターン化している行事の説明など、会議と言っても、話し合うようなことはほとんどありません。

〇運営委員会・教務会・主幹会 運営委員会とか、企画会とか言われるもので、職員会議の事前会議のような性質を持っています。教務会とか、主幹会の形で行われることもあります。事前会議だと、意見が言いやすいし、そこで、修正ができるようにという意図で行われるものです。教務会や主幹会は、校長、副校長、主幹で行うもので、職員会議に乗らないような話も、出てきますし、幹部会議的な性質なんでしょうな。

〇学年研 小学校では、担任+その学年に割り当てられた専科の先生で行うことが多いですね。この会議は、長くなりやすいですね。話す内容が明確でないときも多いんです。おしゃべりをしているわけではないのですが、子どものことを話したり、教科の進度を話したり、行事の分担をしたりと、内容が豊富だと言えるかも。若手にとっては、様々な対処法を学ぶ機会なのですが、ベテランには、ああ、あれね。という感じの会議でもあります。

〇いじめ関連 これは、文科省、教育委員会が命じている会議です。いじめを防止するために、その要素がありそうなことを話したり、実際にいじめについて、経過報告をしたります。

〇特別支援関連 特別に支援を必要としている子供について、情報共有をしたり、現状を報告したり、対応を報告したりする会議です。全体でやることもありますし、該当者だけで実施することもあります。担任+学年+教務主任+児童指導選任+養護教諭などで実施していることがおおかもしれません。

〇行事関連委員会 入学式・運動会・学習発表会・卒業式などについて、話し合うために実施することがあります。最近は、あまりやらなくなっているような気もしますが。

〇これ以外に研究会というのがあります。授業研究と称して、研究授業・指導案検討などをやっている学校も多い気がいます。

〇複数校での研究会 小学校同士、小中学校での合同研究会が年に何回か実施されることもあります。

〇上記以外にも、教科研究・領域研究・児童指導等に関する会議など、まだ、何種類かの会議を抱えています。

 問題は1週間は5日間しかないことです。上記のような会議を当てはめていくと、毎日会議をやっていても、おかしくない状況があるのです。実際には、これらの会議をやらなくても、学校は十分に運営されていくのです。でも、そうならないのは、常に、前例踏襲が大好きな学校の体質的問題でしょう。

 でも、これらを改善していかないと時間が足りないということになります。

 もう一点。会議の運営の仕方が悪いということも言えます。目的が明確ではない。プレゼンがしっかりできていないなど、問題点は山積みです。


2025年12月21日日曜日

学校は保育園か?

  

イメージキャラクターを作ってみました。ココアちゃんです。


 学校の開門時間を7時にする自治体があると報じられています。すでに、放課後については学校施設を利用して、子ども達を夜まで預かるシステムができています。こちらの方は、初めに、子ども達を集団遊びができるような機会を増やすと言って始めたものが、純然と預かり機能になってきています。僕の記憶が正しければ、たぶん30年近く経っていると思います。朝の預かりシステムも、固定化してくれば、それなりにコストがかかるシステムになるでしょうし、場合によっては、学校での対応も求められるようになるかもしれません。

 これらのシステムが学校とは異なるものだということを保護者にしっかり理解してもらえるようにすることがまず大切です。実際、所管している部署が違いますので、本来的には学校と切り離されたものだというのは明白なのですが、同じ施設を利用しているだけに、保護者には、分かりにくいとは思います。行政的には、少子化対策の一環として、大人の都合で、子ども達を預かるシステムが必要だと考えているのでしょう。

 学校が保育機能を持っていると実感させられたのはコロナ禍です。この時期に、学校が子ども達をできるだけアズってほしいという保護者が多くいることが分かった気がします。何もしなくても、学校が預かってくれるだけでいいという声をも多く聞いたと思います。

 


 確かに、学校にいるということは、基本的に安全だということもありますし、食事も提供されますから、保育とみてもおかしくはないのかもしれません。

 本体的には、学校は保育機関ではないのですが、日本社会のシステムが不十分な分、学校という社会的施設に、保育機能まで求めてしまうのかもしれません。学校が本来の機能を取り戻すためには、社会全体の構造が変化しなければならないのだと思います。

2025年12月20日土曜日

現状で教員になりたいと思うのでしょうか?

 


僕が教員採用試験を受けたころは、採用数が減り始めたころでした。僕が採用試験を受けた年から、実技試験が導入され、オルガンを弾きながら歌ったり、水泳をしたり、器械運動をしたりしました。採用数が減り、それだけの内容があっても、採用されたがる学生は試験を受けに来るだろうと教育委員会が考えたわけです。

数年前に実技試験はなくなりました。想像される理由は、ここの市や県は実技試験があるから面倒だよね。実技試験がないところを選ぼう。という学生の動向を考え、順番に実技試験をやめることになったのだと思います。

もう数年前から、徐々に採用しけ権を受ける学生の数は減ってきていたのです。そして、自治体間での競争が激しくなってきていたのだと思います。

小学校の教員免許をとることができる大学は確実に増えています。僕が大学生だったころは、首都圏で各国立大学と10校前後の私立大学での取れただけだったと思います。少なくとも、今はその倍以上の大学で免許をとることができるようになっているのではないでしょうか。

ということは、免許を保有している学生の数は確実に増えているのです。

でも、教員採用試験を受ける学生の数は減る一方なわけです。

仕事を選ぶ基準を考えれば、そうなるのもうなずけます。

賃金・福利厚生・職場の透明度・雰囲気・やりがい・休暇



など、いくつかの要素が考えらえると思います。教員になって十分満たされそうなのは、やりがいかもしれません。しかし、上げた要素の中でやりがいが魅力になっているとしたら、やはり採用試験を受けることは難しいかもしれません。教員免許をとるためには、教育実習を3週間なり、4週間行っています。ですから、少しは、学校の雰囲気、今の子ども達の様子などを体感していると思います。先生たちのピリピリした感じや遅くまで仕事をしている様子を知って、なおかつやりがいだけを求めて仕事に就くことを選択するとは、思えません。ましてや、売り手市場だと言われる労働市場で、難しいことではないかと思います。

賃金が大幅に増やせないなら、夏休みなどを強調すればよいのだと思います。昔は、水泳教室やるなどしていましたが、今はありません。夏休みの宿泊などもなくなっています。連続して夏休みが取れることを強調するだけでも、魅力のある職場になると思います。3週間休める職場は少ないですから、海外旅行などに行くチャンスが持てると言えばいいのではないでしょうか。それだけなら、それほどコストをかけずに売り込むことができます。

おいしいことを言わなければ、学生は来ませんよ。

2025年12月19日金曜日

臨任の先生


 臨任の先生とい言っても、あまりにも幅が広いのです。

一番欲しいのは、経験があり、授業力もある先生です。当然ですよね。家族が転勤で異動するのに伴い、それまで勤めていた地域から移動してきた先生などは、信頼できる人が多いと思います。それから、育休後、育児に力を入れたいと一度やめた先生がとりあえず復帰したいと、臨任を行う場合もあります。そして、最後は、定年退職をした先生です。65歳以上になります。体力的な心配などはあるかもしれませんが、お元気であれば、十分戦力になってくれる可能性があります。

一方、採用試験に落ちて、正規の職員になれなかった人も臨任で詰めることになります。正規の職員だけですべてをカバーできていたころとは違い、必ず臨任の先生が必要になっています。産休・育休・療休は、長期ですので、すべて臨任での対応になります。ですので、臨任の先生に担任をお願いすることも多い言わけです。育休ですが、当然今の時代ですから、女性だけではなく、男性がとることも多くなっています。かなりの数の先生が休みに入るケースもあります。また、療休は、教員が多いとよく書かれています。

未経験で臨任になった場合、初任の先生のようなサポート制度はありません。ベテランと同じ条件で臨任の先生になるわけです。

当然学校としては、実績がある、経験が豊富な先生が来てくれることを期待します。教育委員会からの照会を待っているだけでは、時間もかかりますし、欲しい人材に巡り合えないこともあります。そこで、校長間で情報を供したり、自分のつてをたどって探していきます。特に、早く辞めたけど復帰したいという希望がある先生などは引っ張りだこになるわけです。

どのような先生が臨任をやってくれるかにより、学校全体に大きな影響を与えます。教員は、派遣労働の対象外の職種なので、派遣会社を使うことはできませんが、より多くの免許所有者をデータベースにすることができないのかと思ってしまいます。また、実際にはサポートが必要なケースも多くあります。教育委員会も対応はしているのですが、それでは不十分だと思います。


まあ、こう書いている自分も免許をもって、キャリアもあるのですから、候補になるべきなのでしょうが…。

2025年12月18日木曜日

人事への期待



個人的な感情語を抑え、客観的な事実と論理展開を強調しました。

かつての人事要望において、校長は「算数指導の見識がある人材」「体育指導で職員を牽引できる人材」「教務主任を担える人材」など、学校運営に必要な具体的スキルを持った教員を求めていました。しかし近年では、「授業が成立する教員」「1年間担任を務められる職員」であれば十分とする傾向が強まっています。以前は「最低条件」であったはずの要素が、今や「採用の決め手」となっているのが実情です。

この背景には、大量採用世代の産休・育休取得増や、男性職員の育休取得、さらには病気療養に入る職員の増加があります。これにより欠員が生じ、臨時的任用教員(以下、臨任)であっても担任を任せざるを得ない状況が常態化しています。 本来、学校管理職としては経験の浅い臨任を担任に据えることは避けたいところですが、一校で多数の臨任を雇用せざるを得ない現状では、彼らを担任として配置しなければ人員配置が完了しません。 また、正規職員の中にも、指導力不足により学級崩壊や保護者からの苦情を招く者がおり、担任を任せられないケースが存在します。こうした要因が重なり、冒頭のような「最低限の要望」しか出せない状況に陥っています。

教育委員会は「チーム学年経営」や「ペーパーティーチャーの復帰支援」などの対策を講じていますが、抜本的な解決には至っていません。 小学校における人員不足は深刻です。「過重労働」という評判が人材確保を困難にし、その結果として現場の負担がさらに増すという悪循環が続いています。しかし、こうした状況下でも教員定数の改善に関する議論は進んでおらず、給与引き上げの話も不透明なままです。

現在は、人材育成を論じる以前の段階にあります。まずは最低限の人員を確保すること。そのために、給与等の待遇改善を行い、人材を呼び込む施策こそが急務であると考えます。



2025年12月16日火曜日

学校が全部やるって無理なんじゃないですか

学校の本来の目的は、「人格の形成」と「体系的な学習」を進めることです。そして先生たちは、そのために存在しています。 この2つは決して切り離せるものではありません。日々の学習を通して意欲が育ち、新たな興味関心が芽生える。それが、子どもたちの人格形成において大きな役割を果たします。しかし現在の学校現場は、そうした本来の姿から遠のいてしまっていると言わざるを得ません。 その原因は、学校側の「学校が全部やらなければ」という姿勢と、社会の「学校に任せておけばよい」という意識の双方が絡み合っていることにあるのではないでしょうか。

異常な「ダブルスクール」の常態化 特に都市部で顕著ですが、今の日本では小学校高学年あたりから学校と塾の「ダブルスクール」が常態化しています。私が教員になった頃は、小中学生が塾に通うことはまだ一般的ではありませんでした。 欧米のように、学校外の活動がスポーツや芸術などであれば、学校での学習と重複しないため問題ありません。しかし現在の日本は、完全に「座学の重複」を引き起こしています。子どもたちは、学校にいる時間以上に机に向かって勉強し続けているのです。この異常な状態は、何としても改善すべき課題です。

「先生=何でも屋」からの脱却を これを解消するためには、「学校がすべてを抱え込む」という構造自体を見直す必要があります。 例えば、35人学級の中に学習に集中することが難しい子どもがいた場合、一人の担任ですべて対応するのは不可能です。先生たちは本来「授業を通して体系的な学習を進めるプロ」であり、必ずしも「発達障害や特別な支援を要する児童への対応のプロ」ではありません。そこまで一人の担任に背負わせてしまうからこそ、現場はパンクしてしまうのです。

また、これからの時代、給食や清掃といった時間を子どもたちに任せず、そうした雑務から子どもたち(そして指導する先生たち)を解放することも検討すべきでしょう。さらに、学校行事の大幅な見直しも急務です。イベントの準備や練習に膨大な時間を割くことは、学校の本来の目的から外れています。

繰り返しますが、学校は「全部」をやることはできません。 今まで学校が担ってきた業務を思い切って整理・精選し、先生たちを「授業のプロ」という本来の立ち位置に戻すこと。それこそが、今一番求められている教育改革ではないでしょうか。


2025年12月14日日曜日

朝の時間の設定


 いろいろ言われているけれど、まず疑問なのが朝の時間の設定です。

朝は、自治体によって異なるでしょうが、僕が務めていた市では、8時から8時30分の間に学校ごとに勤務時間の設定ができました。8時に勤務時間を設定すると、就業時間は16時30分になります。大方は8時15分から16時45分という時間設定がされていました。早い時間にせってしないのは、保育園などによってから勤務する職員がいるためでした。実際には、フレックスタイムが認めれるので、保育園などの関係で8時に間に合わない場合の対応は可能になっていました。

さて、朝の時間の何が問題なのでしょう。子ども達の登校時間です。8時10分から8時20分の間に登校しましょうと設定しているとします。ところが、先生たちの出勤時間は8時15分から。そうです。出勤時間の前に子ども達が登校してきてしまうのです。長年、このことは問題にされてきませんでした。子ども達が教室に入る時間が先生たちの勤務時間の枠の外になっていることさえ、問題にしていない学校が存在するわけです。出勤時間が8時15分で、子ども達の登校時間が8時15分だとしても、問題はあるわけです。今は、アプリを使って、出席や欠席の連絡がおこなわれています。それをチェックする時間や連絡を取る時間も必要になります。また、留守番電話を使っている学校が大半だと思いますが、留守番電話を解除する時間だって問題になります。勤務時間の前に留守番電話が解除されれば、電話対応をするわけですが、これが、勤務時間外であるのは問題だと思います。

そうすると、8時に先生が出勤、子ども達は8時15分から登校。というのが、妥当な時間配分だと思います。

先生たちの善意で何かを行うことは正しいとは言えません。

学校は、これまで、先生たちの善意に依存してきました。そのことが学校をブラックだと指摘する原因になっていると思います。

勤務時間と子ども達の動きに矛盾が生じないようにすることが、まず大事だと思います。

2025年12月2日火曜日

働き方改革とやりがいと新しいシステム

 働き方改革といわれて、なんだかんだ、10年近く経っているような気がします。10年物間、どれだけの成果があったんでしょう。確かに、時間外労働に対する意識が高まって、80時間の時間外勤務をする人は少なくなり、45時間の時間外労働をする人の割合も減ってきていると言われています。でも、実際には持ち帰る仕事の量が増えているとも言われています。放課後の時間も増え、事務的なことをサポートしてくれている人員も増やされているし、教員の人数も増やされています。しかし、肝心な授業時数の削減や授業内容の見直し、根本的な教科数の見直しなどには、誰も手を付けてくれません。授業時数に関しては、確かに次期指導要領で改善されると言われていますが、今一つ鮮明ではない気がします。また、1学級の人数も、35人にしたことで、それをさらに減らしてく行くという方向性も見えません。

でも、それだけではなく、働き方を変えるための最大のキーワードが話題になっていないことが問題だと思います。それは、「やりがい」です。やりがいというキーワードが学校での働き方改革の最大の障害だと思います。「こどもたちのためだから」「よい授業をしなくてはならないから」

僕が最後いた学校では、朝、8時前に出勤しても、校庭には何人かの先生がいて、1時間目の体躯の授業の準備をするのが定番となっていました。もちろん、誰に命令されているわけではないのです。でも、必ず「子供たちが楽しく体育ができるように」準備をしているわけです。今どきの朝は、忙しいんです。先生たちは、まずパソコンの電源を入れ、出欠席の連絡が連絡用のアプリに入っていないかを確認します。それから、保護者からの連絡が入力されていないかを見て、返信が必要ならば、朝のうちに返信をします。それだけで、10分やそこらはかかってしまいます。これは、学校によりシステムが異なっているでしょうが、出席、欠席を入力するなり、手で書き込むなりして、ようやくひと段落なわけです。もちろん、保護者からのメッセージにクレームなどがあれば、児童支援選任なり、学年主任なり、場合によっては校長に相談することが必要になってきます。そうなれば、さらに、朝の時間は消費されてしまいます。まあ、この時間自体、朝の勤務時間前に行われるのですから、やはり問題はあります。でも、これらのことをやっておかなけければ、何も進まないのですから、仕方ないとあきらめるわけです。校庭で作業をしていた先生たちは、この作業の時間の前に校庭で準備をしていますから、逆算すれば、30分以上早く仕事を始めていることになります。

これらは、すべて、やりがいがある仕事だから、仕方ないと思われいます。「子供たちのため」という言葉がすべてに優先するのが学校なのです。



新しいシステムは、教育DXだからと言うことになっています。確かに、利便性はあがり、作業効率を高めていると思います。ただ、現場のタイムスケジュールを度外視していると思います。まあ、導入を決める人たちはそんなこと、どうでもいいのでしょうけど。

働き方に対しての意識を変えないと。

いつから学校の「働き方」は問題になったのか 働き方の問題が現場で話題になり始めたのは、2016年ごろだったと思います。 それ以前は、働き方が問われることはほとんどありませんでした。タイムカードすら存在せず、遅くまで仕事をして注意されることなど一度もなかった時代です。記録がないので...