2026年4月10日金曜日

みんな学校を利用したいよね

道路交通法が改正され、自転車の違反走行が話題になっています。これに伴い、警察は「子どもたちへの啓発」を目的として、学校での指導時間を求めてくるかもしれません。

学校は、同年代の子どもたちが毎日集まる場所です。規模の大きな学校であれば、その数は数百人単位になります。これは、何かをアピールしたい人たちにとって最高の環境と言えるでしょう。たとえば自転車の安全教室も、警察署で開催したところでどれくらいの子どもが参加するか分かりませんが、学校の授業として行えば、ほぼ100%の参加が期待できます。

こうした場を有益だと考えているのは、警察などの行政機関だけではありません。自社の取り組みをアピールしたい企業にとっても、学校は非常に魅力的な場所です。現在、さまざまな企業が学校向けに特別授業を提供しています。その目的は商品の宣伝にとどまらず、企業イメージの向上や社会貢献活動のアピールなど多岐にわたります。  「15歳までに特定の企業の商品を使い始めると、その後も長く使い続ける傾向がある」と言われることがあります。例えば、初めて使った生理用ナプキンのメーカーをその後も使い続ける人が多いという話は有名です。実際、学校が希望すれば、該当学年の人数分だけ生理用ナプキンを無償で提供してくれる企業もあります。学校側もこれを利用し、性教育の授業などで実物に触れる機会として活用しています。

企業や行政機関にとって、認知度やイメージを高めることは非常に重要です。それを最も効率よく実施できる場所が「学校」であることは間違いありません。

地域の校長が集まる「校長会」という会議があります(おそらく、どの地域でも行われているでしょう)。この会議の冒頭では、よく地域の行政機関から依頼が持ち込まれます。「イベントを周知してほしい」「コンクールの作品募集に協力してほしい」「子どもたちにアンケートを実施してほしい」といった具合です。行政や教育委員会だけでなく、企業からの依頼も少なくありません。最終的に引き受けるかどうかを判断するのは学校ですが、依頼があれば一応は検討することになります。

日々、学校にはさまざまなイベントのチラシが送られてきます。学校をどう上手く利用するかを考えている組織はたくさんあるのです。しかし、学校には本来やらなければならない教育活動が山のようにあります。

だからこそ、外部からの依頼はしっかりと選別し、双方向に利益があり、何より子どもたちが楽しく学習できる機会へとつなげていきたいものです。

2026年4月8日水曜日

勤務時間を保護者に知らせていますか。

 


先生たちの勤務時間は地域によって異なりますが、7時間45分、もしくは8時間の場合が多いでしょう。これに休憩時間が含まれるため、実質的な拘束時間は8時間30分から8時間45分になります。拘束時間に差があるのは、休憩時間が45分なのか、1時間なのかによって変わってくるためです。

朝の始業時間も、地域で統一されている場合もあれば、学校ごとに異なる場合もあります。おそらく、8時から8時30分の間に設定している学校がほとんどではないでしょうか。

勤務時間について特に気になるのは、「保護者に先生たちの勤務時間をきちんと知らせているか」ということです。どんな形でもよいので、例えば「8時から16時30分」が勤務時間であれば、それをしっかりと保護者に伝える必要があります。保護者の多くも企業で働いているため、先生たちにも勤務時間があるということはすぐに理解してもらえるはずです。

そして同時に、電話対応の受付時間も先生たちの勤務時間に合わせていることを明示する必要があります。これをしておかないと、「仕事中に電話できないのだから、遅い時間でも対応してほしい」ということになってしまいます。警察や病院などは24時間体制で勤務を割り振っていますが、学校にそのような機能はありません。ですから、「勤務時間と電話対応はこの時間帯です」ということを、しっかりと知らせる必要があるのです。

次は、先生たちの意識の問題です。勤務時間など関係なく仕事をしてよい時代は終わりました。いくら外が明るくても、勤務時間を超えて仕事をする必要はないのです。さまざまな工夫をして、時間外労働をしないで済むようにしなければなりません。

文科省は、残業代を支払うことを避けている節があります。そんなに嫌ならば財源ごとすべて地方自治体に任せればよいのに、未だに教員給与の3分の1を負担しています。それが残業手当を支払わない口実につながっているのなら、いっそ全額を地方自治体に委譲すべきです。そうしないと、誰も本気で時間外勤務について考えようとしないでしょう。

新年度になり、勤務時間が早まった学校もあると思います。先生方は気を付けましょう。勤務時間が早まったのなら、必ず退勤時間を守らないと、あっという間に時間外勤務の時間が増えてしまいます。

まず、学校が今すぐできることは、保護者に先生たちの勤務時間を知らせることではないでしょうか。

2026年4月7日火曜日

新しい1年に向かいましょう。

 

僕は昔から、教師という仕事は比較的自由度が高い仕事だと思ってきました。自分で考えたやり方で、自分の表現したいことを形にできる仕事だと感じていたからです。僕自身はそこまで創造性が豊かなわけでも、難しい理屈を考えるのが得意なわけでもありません。それでも、自分なりに何かを伝えられるという点で、この仕事は面白いと考えてきました。

以前にも書いた通り、僕は教師という仕事しか経験がありません。学生時代の家庭教師を除けばアルバイト経験すらなく、教師の世界しか知らないため、他の職業の創造性については語れないのですが…。

新年度を迎え、先生たちは緊張感の中にも、子ども達と過ごすこれからの1年にワクワクしていることでしょう。 子ども達も、新しいクラスでの仲間づくりや担任の先生への期待を胸に、緊張しつつも楽しみを見出そうとしているはずです。 一方で保護者の方々は、我が子が新しい環境にうまく馴染めるか、学習についていけるかなど、不安を募らせていることと思います。

日本の学校教育が始まって150年以上。それだけ長い年月が経っているのに、未だに「教育の完全マニュアル」は存在しません。「こうすれば、必ずこうなる」という正解がないのです。 その理由の一つは、生身の人間である先生が教えるからこそ生じる「微妙な誤差」にあると僕は考えています。教育活動には、先生一人一人の個性が必ず反映されます。同じ内容を同じように教えても、教える先生によって結果は変わるものなのです。裏を返せば、それだけ一人一人の「先生の個性」が生きる仕事だと言えるでしょう。

だからこそ、まずはご自身の「良さ」を見つめ直してみてください。その持ち味を存分に生かすことが、新年度の素晴らしいスタートへと繋がっていくはずです。

1日の仕事を考えてみませんか

他の職業のことは分かりませんが、学校の先生って、時間の使い方は基本的に各自に任されています。

朝、学校に着いてから、必ずこれをしなければいけないという決まりはありません。ゆっくりお茶を飲んでいてもいいですし、すぐに教室に行っても、もちろん事務処理を始めてもよいわけです。たしかに最近は、メールチェックや、保護者からの出欠連絡などの確認はしなければなりません。そういう意味では、以前よりもマストでやらなければいけないことは増えているのかもしれません。

とはいえ、授業をしていない時間については、各自のスケジュールで動くことができるというのが教員の特徴と言えます。

小学校は教員の数が極端に少ないため、授業が行われている時間に職員室にいる人数はかなり限られます。小規模校だと、教頭とあと一人くらいということも少なくありません。4クラス規模の学年でも、3、4人いるかどうかでしょう。ですので、基本的には共同での作業などはできず、各自の業務を進める時間になります。

この「空き時間」の使い方はとても大切です。うまく使えば、子どもたちが下校した後の放課後に仕事を回さずに済みます。


朝、学校に来たら、先述のようにアプリなどを通して保護者からの連絡をチェックします。校内でのメールのやり取りなども、朝のうちに済ませるのがよいでしょう。

それからもう一つ大切なのが、「今日やらなければならないこと」を確認することです。その内容は細かい方がよいでしょう。たとえば「漢字テストを実施する」「あの書類を作成する」「〇〇さんの保護者に連絡する」などです。

朝のうちにポストイットに書いてデスクに貼るなど、簡単な方法でよいので可視化しておくと、見通しが立てやすくなります。もちろん、自分のタブレット端末(iPadなど)で管理するのもよいでしょう。ともかく、その日にやるべきことをできるだけ明確にすることが大切なのです。それがToDoリストになります。

次に、そのリストを優先順位の高い順に並べ替えていけば、一日の予定がはっきりします。

それでも、隣のクラスでトラブルが起きたり、自分のクラスで急な児童指導が入ったりと、必ずしも予定通りに進まないのが学校という場所です。ですが、できる限りリストに沿って仕事を進め、もし時間内に処理しきれなければ「翌日に回せるものは何か」を考えることが、タイムマネジメントにおいて大切だと思います。

2026年4月4日土曜日

【伝え方の工夫】と【先生としての心構え】

 子ども達に「話を聞くことの大切さ」を教える前に、まずは私たち教員の姿勢について考えてみましょう。実は子ども達自身も、話を聞く大切さはよくわかっています。決して「先生の話を聞かなくてよい」と思っているわけではありません。

授業において、何をすればよいのか、何を考え、話し合えばよいのか。これらはすべて、先生から発せられる言葉によって決まります。だからこそ、先生が明確に、できるだけ短い言葉で指示を伝えることができれば、子ども達の理解は深まり、その後の活動もぐっと活発になります。 どうすれば子ども達にわかりやすく伝わるのか。そのための工夫と努力を惜しまないでください。その姿勢は、必ず新しいクラスでよい結果を生み出すはずです。

そして、若手や初任の先生方にもう一つお伝えしたい重要なことがあります。それは「しっかりと先生になりきってほしい(先生を演じてほしい)」ということです。

経験の浅さや年齢は関係ありません。子ども達にとって、あなたはまぎれもない「先生」です。新しいことを伝え、正しい道を教え、困った時には相談に乗り、優しく声をかけてくれる唯一の存在なのです。 35人の子ども達がいても、教室の中で大人はあなた一人しかいません。特に低学年の子ども達は、自分の思いをうまく言葉にできず、常に先生に様々な判断を委ねてきます。

そんな時、先生はしっかりと子どもの話に耳を傾け、判断し、その結果を明確に伝える必要があります。ただし、即答できない場合は「今は答えられないから、確認してから伝えるね」と誠実に返すことも大切です。他の教員や保護者への確認が必要な事案を安易に判断し、後から訂正するような事態は避けなければなりません。

初めのうちは、「先生という大役を任され、その役を演じている」というくらいの心構えで構いません。自信を持って、子ども達の前に立ってください。

2026年4月1日水曜日

学区を散策してみるのも、いいと思いますよ。

初任の先生方にとっては、今日は本当に最初の一日でしたね。初めて異動を経験された先生方も、緊張して過ごされた一日だったのではないでしょうか。私自身はというと、あまり異動をプレッシャーに感じない性質でした。3日も経てばすっかり馴染んで、日常のペースで過ごすことができていたからです。

新しい学校へ赴任した際、なるべく早く実践したほうがよいと思うのは、学区を見て回ることです。子どもたちが通ってくる環境は、学校によって大きく異なります。特に都市部では、一つの学校ごとに環境が変わることも珍しくありません。そのため私は、赴任先が決まった際には、必ず学区を車で回ったり、歩いて散策したりするようにしてきました。工業地帯、マンションが立ち並ぶ住宅街、商業施設が密集するエリア、ターミナル駅周辺、さらには高層ビル群や、のどかな田園風景が広がる地域など、実に様々です。

子どもたちが育つ環境を肌で感じることは、指導において非常に有益です。学校で地域探索などの時間が設けられていることも多いですが、自分一人で気ままに歩いてみるのもお勧めです。春休みの休日など、まだどなたにも顔を知られていない時期に、のんびりと歩いてみてはいかがでしょうか。

さらに、その地域の成り立ちを知っておくと役立つ場面があります。都市部では昭和以降に開発された新興住宅地も多いですが、開発される以前の姿を知っておくことで、地域の方々とコミュニケーションをとる際の良いきっかけになります。新田開発によってできた街や、戦後まで酪農が盛んだった地域など、意外な歴史を持つ場所は多いものです。学校が建つ前は一面の農地だった、ということも少なくありません。

子どもたちだけでなく、その背景にある地域にも関心を持つことで、より多くの方々と関わりを持つことができます。それもまた、教員という仕事の醍醐味の一つではないでしょうか。

2026年3月30日月曜日

アプリとグループウェアの活用


様々な場面でタブレット端末などが普及し、学校現場でもここ数年の間に、専用のアプリが使われることが当たり前になってきました。 保護者からの出欠連絡、学校からの文書配信、そして校内での出欠席管理など、その用途は多岐にわたります。

アプリを導入したことで最も大きく変わったのは、「情報の流れ」です。今までは「保護者と担任」「担任と養護教諭」といった、いわば1対1の閉じた形でのやり取りが中心でした。しかし今は、「保護者と全教員」「全教員と養護教諭」というように、オープンな情報共有へと変化してきています。

兄弟のうち1人が休みなのか、2人とも休みなのか。休みの理由は家庭の事情なのか、感染症なのか。今までは、保護者や養護教諭、あるいは他のクラスの担任にわざわざ確認して回らなければならなかったことが、今ではアプリ上の情報を確認するだけで済むようになりました。

これは管理職の視点からも、非常に大きな変化だと言えます。今までは、担任等によって「まとめられた報告」だけが手元に届いていましたが、今では保護者からの一次情報や、担任と保護者のやり取りの過程などを、自分で直接確認できるようになりました。 情報が校内で相互に共有され、それぞれの立場から多角的に状況を見ることができるからです。何日か続けて休んでいる児童に対し、何人もの先生が気づき、関連する情報を出し合えること。そして校長自身が、子どもたちの状況を解像度高く把握できることは、学校運営において極めて重要だと感じています。

こうした連絡・コミュニケーション用のアプリに加えて、やはり「グループウェア」もこれからの学校には欠かすことができません。 グループウェアの導入により、「定例会議自体をなくす」「会議の内容を事前に共有する」「会議の結果だけを示す」「教員間の連絡をシステム上で行う」「提出物を管理する」「特別教室や専科の授業予定を修正・共有する」といったことがスムーズにできるようになりました。 特に、会議や打ち合わせを行わずにグループウェア上で処理することで、現場の先生方が有効に活用できる時間が増えたことは、最大の成果だと思います。

ただし、情報共有アプリにしても、グループウェアやメールにしても、「全員が確実にそれを見ていること」が大前提となります。「自分は見なくてもいいのではないか」という人が一部でもいると、システムとして成り立ちません。導入当初とは異なり、今はそうした意識のズレも少なくなっているとは思いますが、やはり毎朝、情報を確認して共有するための時間をしっかりと確保し、お互いが共通理解を持てるようにしてほしいと願っています。

2026年3月29日日曜日

4月が始まります。スタートする前に気持ちを整えて


4月って、特別な月ですよね。他の仕事をしたことがないので、どの仕事でもそうなのかもしれませんが。先生をやっていると、4月はそれまでのことをいったん忘れて、新しい1年を迎える切り替えになる月です。

去年1年がどうだったかということを考えるのも大切ですが、新しい1年をどう迎えるかを考えるのはワクワク、ドキドキするものです。転勤をした年でなければ、少なからず子ども達の様子は分かるのですが、新しいメンバーで始める新しいクラスというのを想像すると、やはり緊張感が漲ってきます。

この時期にすべきことは何でしょう。

まずは、自分のクラスの子どもの名前を覚えることです。名簿を何回か見て、名字だけでよいので覚える。これが基本だと思います。初日から名簿を見ずに名前を呼んであげることができると、子どもとの距離がぐっと近くなりますね。そうはいっても、急に35人の名前を覚えることは難しいと思います。僕は、よく上履きに書かれている名前をさりげなく見て、声をかけていました。何回も名前を呼んでいるうちに、しっかり頭に入ってきます。

それから、ともかく笑顔でいることを心掛けるとよいと思います。前にも書いていますが、基本が笑顔であれば、ちょっと困った顔や曇った顔をするだけでも、子ども達は反応してくれます。常に困った顔や厳しい表情を見せていると、先生の表情に対して反応してくれなくなってしまいます。子ども達は優しい表情を見せてくれる先生が好きですし、そういう先生には積極的に話しかけてくれるものです。

4月のスタートがうまくいくことは、何よりも大切なことです。先生達も、まず自分が理想としているクラスをイメージしてほしいと思います。こんな風な授業がしたいとか、こんな雰囲気のクラスにしたいとか。ともかく良いイメージを頭の中に思い浮かべることが大切です。

そして、そういうイメージのクラスにするという気持ちを持つこと。子ども達は、先生の最初の言葉を待っているはずです。自信をもって、子ども達に向き合ってほしいと思います。



2026年3月28日土曜日

対話的学習とデジタル化の前に。低学年で本当に大切にすべき「基礎」とは

小学校の6年間は、子どもたちの心身が最も著しく成長する期間です。だからこそ、この変化の大きい期間を「同じ小学校だから」と一括りにし、同じような学習方法で進めることが果たして適当なのか、疑問に感じることがあります。

理想的な「対話的な学習」の条件 今、教育現場では「対話的な学習」が重視されています。子どもたち同士が話し合い、考えを深めていくこと自体に異論はありません。現在ではタブレット端末が普及し、インターネットや生成AIを活用して論拠を明確にし、異なる意見を持つ他者と対話を通して考えを広げていくことができます。これは間違いなく、理想的な学習の進め方の一つです。

しかし、問題は「どの時期からその学習形態を取り入れるか」です。 質の高い対話には、基盤となる知識や手段の活用能力が不可欠です。中学生や、小学校の高学年であれば、こうした学習も十分に成立するでしょう。しかし、学校生活の大半を占める学習時間において、最初の3年間は「一番基礎になる部分」を構築する時期です。3年生くらいまでは、高度な対話的学習に時間を割くよりも、もっと基本的な活動に重点を置くべきだと私は考えます。


低学年に必要なのは「鉛筆とノート」による脳への刺激
文科省は、発達段階に応じた工夫を前提に「1年生からの対話的な学習の導入」を大切と考えており、学校現場もこれまでそれに素直に従ってきました。 しかし、低学年に本当に必要なのは、何よりも基礎の徹底です。

鉛筆を持ち、ノートに書く。年齢が低い子どもほど、この行為は高い学習効果をもたらします。指先で鉛筆を動かすことが脳への強い刺激につながることは、研究でも示されています。黒板の文字を読み取り、自分の手を動かして書き写す。一見単純に思えるこの「身体性を伴う学び」こそ、大切にしなければなりません。

デジタルを否定するのではなく、順序の問題 私は決してデジタル化を否定しているわけではありません。これからの時代、デジタル機器の活用は必須です。 しかし「初めからデジタルありき」ではなく、子どもたちの能力を真に高めるためには、まず基礎をしっかりと固める順序が重要です。無理に理想論を押し付けるのではなく、発達の段階ごとに何が重要なのかを大人がしっかりと見極めて示していかないと、教育の向かう先が誤った方向に進んでしまう気がしてなりません。

2026年3月27日金曜日

春休みだ!

新しい年度が始まる前は少し緊張するものですが、できるだけ前の学年の担任(前担任)に話を聞いておく方がいいと思います。

時間が経つと忘れてしまうことも多いですし、異動してしまう先生もいます。たとえ異動しなくても、新しい自分のクラスを持てば当然そちらの対応が優先されるため、以前のクラスのことはどうしても後回しになってしまいます。

年度末に学級編成が行われ、十分な引き継ぎの時間が確保されていればよいのですが、現実にはしっかりと時間が取られていない場合も多いと思います。また、前担任だけでなく、専科の先生や児童支援専任の先生からの情報も大切です。

もちろん、自分が直接指導していたわけではないので、前担任の言うことをすべて鵜呑みにする必要はありませんが、参考資料として聞いておくことは重要です。特に、誰がリーダーシップをとれるのか、誰が集中力が途切れがちかなどの話は、担任として1年間関わってきたからこその大切な情報になるはずです。

それにしても、新学年が始まる前の春休みは少し短すぎるのかもしれません。欧米の多くは、長期休業(2か月以上)の後に新しい学年が始まるため、気持ちの区切りがつきやすいシステムになっています。日本も今の2週間ではなく、3週間の休みがあれば、先生達もリフレッシュのための休暇がとれるでしょうし、前年度の片付けと新学年に向かう準備にしっかりと時間を充てることができると思います。

今の実態では、春休みのほとんどを出勤して過ごしている状況ではないでしょうか。普段とは異なる時間の使い方になるため、あまり効率的に作業を進めることができなかったり、ミーティングの時間がやたらと長くなったりすることもあります。そう考えると、「休暇をとらない(とれない)」という前提に立つならば、2週間は適当な長さなのかもしれません。難しいところですね。

でも、やはり休みは取ったほうがよいと思います。1年間働き続けた自分を褒めてあげることも、癒してあげることも大切です。しっかりとリフレッシュすることで、気持ちよく新しい学年のスタートが切れるのではないでしょうか。


2026年3月26日木曜日

漢字ドリルって必要なんですか。

漢字ドリルって、比較的よく使われるものだと思います。特に、宿題を出す際に利用しませんか。今は、アプリの方が多くなっているかもしれませんが。

いつごろからか、漢字ドリルを集めると、間違っている漢字の書き取りを先生が修正し、修正があるページについては付箋を貼るというのが当たり前のようになりました。たぶん、僕が担任をしていた頃には、なかったやり方です。

保護者が見るとひとり分ですから、大した労力に見えないと思います。しかし、先生の側では、1人2分かかったとすると、30人見ると1時間かかるということになります。これを毎日のようにやっていると、毎日1時間は漢字ドリルの処理時間ということになります。漢字ドリルの処理だけでいいのでしたら、まあ、それも仕方ないことだと思います。また、処理速度を上げて、1人1分と決めてやっていればよいのですが、実際の現場がそうなっているのか心配になります。

漢字ドリルの使い方として、このように手間をかけることが有意義なのか、実際に検証している人はいるのでしょうか。漢字を覚えるためにただ反復練習をすることは、あまり有益ではないと思います。それよりも、小テストを実施することの方が「テスト効果(Testing Effect)」があるという研究もあるようです。僕自身、担任をしていたときには、なるべく頻繁に小テストを実施するようにしていました。また、どのような用紙を使うのが効果的なのかも考えていました。

今は、漢字ドリルではなくアプリを利用して漢字を覚えるということも多くなっていると思います。東大の研究で、紙と鉛筆を使う方が、学習の始めの段階では有効だという成果が出ているそうです。ただ、他の研究では、アプリを使う方が子どもの学習意欲が持続し、よい結果を生み出しているというものもあるようです。

そう考えると、学習の始めの段階では2、3回紙と鉛筆で書いて覚え、たとえば1週間の間に覚えるべき10個の漢字があるなら、それを毎日アプリを使って2、3回練習し、週末にアプリを使って小テストを行うことで、効率よく学習を進めることができるのではないでしょうか。

僕は今それを試す立場にはいないので、ぜひ、読んでくれている先生がいれば、試してほしいなと思います。

統計処理も簡単にできる時代です。様々な試みをすることが大切だと思います。みんながやっているからといって、まねをする必要はありません。自分が有効だと思うことをやっていきましょう。

2026年3月24日火曜日

学校は、保育はできないのですが…。

学校の本来の役割とは何か 学校に求められる役割が、本来の目的から大きく広がってしまっていることが現在の課題だと感じています。 もともと学校は、文字を覚え、言葉を獲得する「学習の場」です。1872年の学制発布から、その基本的な役割は変わっていません。しかし現実には、それ以上のことが求められるようになっています。

変化する働き方と「預かり」への期待 戦後の「専業主婦」モデルが少数派となり、今は共働きやシングルを問わず、誰もが働くスタイルがスタンダードです。リモートワークなど働き方は多様化しましたが、時間になれば仕事に集中しなければならない点に変わりはありません。

ここで生じているのが、保護者の中に芽生えた「学校に子どもを預かってもらう」という意識です。 以前にも書きましたが、日本の学校教育がいくら全方位型であっても、学校に「保育機能」はありません。コロナ禍で一番問題になったのが「学校が預かってくれないこと」だった点に、保護者側と学校側の認識の大きな乖離が現れていたと言えます。

放課後の整備と、残された「朝」の課題 放課後の問題に関しては、かなり整備が進んできました。これは児童福祉法に基づく福祉関係の部局(青少年育成局など)の管轄であり、教育委員会が管轄する学校とは、同じ場所であっても異なる施策として動いています。

そこで最後に残されているのが「朝」の問題です。 「もっと早くから学校を開けてほしい」という保護者の声は分かります。しかし、これを行政や学校に何とかしてもらうのではなく、企業側がフレックスタイムを導入・活用しやすくするなど、社会全体での子育て支援が必要ではないでしょうか。

教育や行政の枠組みだけでなく、企業側の「働きやすい環境づくり」こそが、今求められているのだと思います。

2026年3月23日月曜日

免許制度を変える意味があるのかな


文科省なのか、中央教育審議会なのかは知らないけれど、教員免許について変更しようと考えているみたいですね。教員免許状は、小学校ならば、専修免許状(大学院卒)、一種免許状(四大卒)、二種免許状(短大卒もしくは専門学校卒)と分かれています。

僕の友人や一緒に働いていた先生の中にも、専修免許を持っている人はいましたが、その割合は低いです。大半は一種免許状を持った人たちです。最近の教員不足のためなのでしょうか、二種免許状を持っている人も見かけるようになりました。文科省は以前から、学校の先生の学歴を高め、基本的に修士課程を修了している状態にしたいという構想を持っているようですが、現実は、そうはなっていません。

研究をしたいという希望があり、自ら勉学に励んだ結果として修士号を手にするということには、とても意義のあることだと思います。

ただ、この免許状の違いで、実質的なメリットは発生していないと思います。短大、大学、大学院と、卒業した時の年齢が違いますので、初任給は違います。ただし、短大を卒業して4年後は、大学院を卒業した人と同じ給与になるはずです。

じゃあ、実益的にはどのようなメリットがあるのでしょう。管理職になるためには、一種免許状を持っていなければいけないと聞いたことがあります。しかし、二種免許を持っている人が希望すれば、通信教育や教育委員会の研修制度などを利用して、それほど多くの単位を取得せずとも一種免許を手にすることができる制度があります。また、専修免許を持っているから、管理職になるときに有利だという話も聞いたことはありません。僕の知人の中でも、同年齢で、同じ性別で、一種免許状を持っている人と専修免許状を持っている人で、同じ年に管理職試験を受けていますが、合格したのは一種免許状の人でした。

決定的なのは、教員の給与表は、校長、副校長(教頭)、主幹教諭、教諭の4種類に分かれているということです。ですから、免許状の種類による給与の差は全くないと言えます。

因みに、学校社会の中では、委員会が認定する特別支援教育コーディネーターという役割があります。他には、国家資格の衛生管理者を取得しに行き、資格を取った人たちもかなりいます。役職も、児童支援専任を役職として設けています。他にもICTコーディネーターというのもあったと思います。もちろん、学校に関係するライセンスを他にも持っている人たちがいます。ICT関係であれば、マイクロソフトやAppleなどが認証している制度もあります。

しかし、何を持っていても、給与は変わりません。何の手当も出ません。免許状の違いだけではないのです。研修に何十時間も割き、レポートを書いてライセンスを取得したとしても、仕事が増えるだけで、給与は増えません。かなり不思議な仕組みですよね。まあ、これも、定額使いたい放題の給特法のおかげかもしれません。

民間企業であれば、会社が推奨している資格を取れば、継続的に資格手当をくれたり、資格取得時に一時金をくれたりするわけです。

免許状のことだけを考えるのではなく、様々な資格の取得を奨励し、インセンティブを与えることの方がモチベーションが上がると思うのですが、皆さんどうですか?

2026年3月22日日曜日

学校の不思議。体育着や赤白帽がいりますか。


体育の時間になると、どの学年でも着替えをします。特に1年生などは、ものすごく時間がかかりますよね。ここ10年ほどの間に、更衣室がない学校では、教室の中央にアコーディオンカーテンを設置し、男女に分かれて簡易更衣室を作るようになりました。2000年以降に建った比較的新しい学校には更衣室があったりするのですが、そこでのトラブルが多いこともあり、教室を半分に仕切る方法が広がったのでしょう。

体育の時間に「体育着(体操着)」に着替えるのは、大人からすると当然のことだという感覚があります。「体育着を忘れたら見学」と言われた経験が、皆さんにもあるのではないでしょうか。

しかし、みんなが同じような体育着(学校によっては校章をプリントした指定服)を着るというのは、日本独自の学校文化のようです。(転校生が前の学校の体育着を着ているのを見て、そう実感することもあります)。考えてみると、必ずしも体育着である必要性はないんです。別に、運動ができる格好であればよいだけの話です。大体の子どもは普段から動きやすい服装で登校していますから、そのまま体育をやればよいと思うことが多くありました。

「衛生面で問題がある」と指摘する先生たちも少なくありません。しかし、休み時間に外で走り回って汗びっしょりになって教室に帰ってきても、着替えるわけではないのです。家庭にいても、外で遊んで汗をかいたからといって、いちいち着替えさせるご家庭も少ないのではないでしょうか。

体育着は戦前からあったようです。女子に評判の悪かったブルマは1960年代あたりから普及し、現在のハーフパンツは2000年ごろから定着しました。しかし、本当に「全員お揃いの着替え」が必要なのでしょうか。

それから、赤白帽です。これは1959年ごろに登場したものらしいです。チーム分けで鉢巻を結ぶ手間を省き、日射病対策にもなるということで普及したそうです。まあ、近年の猛暑の前では何の役にも立たない「時代の遺物」のような気がしてなりません。

現在では、チーム分けに赤白帽を使うことも減っていると思います。ビブスが普及し、学校にはすぐに着られるビブスが何セットも用意されています。本当に熱中症対策を考えるなら、より意味のある帽子を使うべきです。今は熱中症計が普及し、危険な暑さの時は外での活動自体が禁止されます。それに、普段から「必ず帽子をかぶって外に出ましょう」と徹底されているわけでもないと思います。

なぜ赤白帽や体育着が必要なのか、校内でしっかりと議論されているのか疑問です。「これまで使ってきたから」という理由だけで使われているような気がしてなりません。また、その理由が「他校も使っているから」「それが普通だから」ということであってはならないと思うのです。

ちなみに、体育着も赤白帽も、他の先進諸国では使われていません。これらはまさに、日本独自の学校文化なのです。

2026年3月21日土曜日

保護者との関係づくりのために、こんな方法はどうでしょう。

 


保護者との関係をよくすることも、担任の大切な仕事だと思います。

個々の保護者と直接会う機会は、学校にもよりますが、個人面談や家庭訪問などに限られがちです。あとは必要に応じて面談を設定することになりますが、そうしたケースは何らかの問題が発生していることが多く、お互いにとってあまり歓迎すべき状況ではないでしょう。

クラス懇談会も、複数の保護者に向けて担任のメッセージを伝える貴重な機会です。ただ、最近増えているチーム担任制の場合、学年懇談会のみになってしまうこともあり、そこは今後の課題と言えます。学年全体で共有すべきことと、学級の実態に合わせて話すことでは、おのずと内容が異なってくるからです。

一方、個人面談の回数が複数回確保できれば、保護者と十分な意思疎通を図ることができます。学年初めに行えば保護者の要望や期待を把握でき、各学期末に行えば、学習やその他の活動の様子、友達関係などについて、具体的な資料を提示しながら話せます。そう考えると、充実した個人面談を実施することで、通知表の所見欄などの記載事項を減らす工夫もできるのではないでしょうか。

課題となるのは、日々の教育活動をどう伝えるかです。今は以前と異なり、アプリやメールを通して全家庭へ簡単にお知らせを配信できるようになりました。これをうまく活用すれば、保護者と担任のコミュニケーションは格段に容易になります。

保護者が一番知りたいのは「日々、学校でどのような教育活動が行われているか」です。一人ひとりの様子を細かく書く必要はなく、「クラスとして今何に取り組んでいるか」を知らせるだけでも十分であり、それほど難しい作業ではありません。

理想を言えば「今日のことを今日」お知らせしたいところですが、管理職や教務主任、学年主任の確認が必要な学校も多いでしょう。その場合は、「月曜日の様子を火曜日に伝える」というサイクルで構いません。あくまでクラス全体の活動の様子ですから、個人名を出す必要はありません。

「算数の時間は、かけ算の計算の仕組みについて学習しました」「国語の時間は、ごんの気持ちを想像し、音読の練習をしました」といった内容に、子どもたちの様子を少し書き足し、図工の作品やノート、体育の様子などの写真を添えれば立派なお知らせになります。これを毎日配信するだけでも、保護者からの信頼は確実に深まります。

一つ保護者に伝えることがあります。この配信は、細かいことは載せていないことです。なぜなら、この配信をきっかけに子ども達と学校の話をしてほしいからだと伝えてください。

新たな業務が増えることに抵抗を感じるかもしれませんが、慣れてしまえば15分程度でできる作業です。デジタル配信という形をとれば、学級通信のように「A4の紙を文字で埋めなければ」というプレッシャーもありません。そこに明日の予定や持ち物を書き加えれば完璧です。

新学期の学級経営プランを考える際、ぜひこの方法を一つに加えてみてはいかがでしょうか。

2026年3月20日金曜日

福利厚生はしっかりしていますけど。掛け金が…。

福利厚生って、よく言われますよね。基本的には、法的に定められた健康保険や年金等が、福利厚生の基本だと思います。今は、介護保険や労災なども、その範囲に入ります。ちなみに公務員は雇用保険には入っていません。これらが法的に定められた福利厚生です。健康保険や年金などの掛け金は、本人だけでなく雇用している国や地方自治体も本人と同額で支払いをしてくれます。

社宅があるなどというのも、福利厚生です。同じように、住宅手当や交通費などは、雇用しているところが用意してくれるものです。

教員の場合は、公立学校共済組合というところが、福利厚生全般を処理してくれます。健康保険や年金だけでなく、人間ドックの費用補助や結婚や出産、子どもの義務教育卒業の祝い金なども、共済組合からもらうことができます。それから、福利厚生の一環として財形貯蓄などもあります。これは、労働金庫が実際には担当しています。

以前は、共済組合が直営の宿泊施設などもありましたが、共済組合もそれらの施設を維持することが難しくなってきたので、最近では売却等が行われています。

福利厚生の基本的な部分は国が策定しているものです。ですから、公務員はそれがしっかりと守られています。しかし、年金や健康保険、介護保険などの自分に係る部分だけでなく、共済組合が負担しているものが他にもあるのです。

産休の期間は、全額給与が支払われます。言ってみれば、有給休暇扱いです。療養休暇も、90日間(土日祝日も含みます)は有給です。しかし、育児休業は給与の支払いはありません。また、療養休暇も90日を超えると、無給になります。その無給の期間は、共済組合が生活支援として給付をしています。

さらに最近は、男性の育児休業も奨励され、取得するようになっています。また、メンタルの問題で休暇に入り、長期に生活支援を受けている人も多くいます。

現在、共済組合に支払っている掛け金は給与の約1割近くになります。以前はボーナス時には支払っていなかった掛け金ですが、2000年を過ぎたあたりからしっかりと天引きして支払わなければならなくなりました。これは金額的にも大きかったので、当時は驚きました。その後も、掛け金の率は何回も上げられています。

たしかに、年金も健康保険の支払いも対象者が多くなることで、共済組合も財政的に大変なのだと思います。昔は、もっと純然たる福利厚生が提供されていたと思いますが、今は「こんなにしてくれている」と恩恵を感じることは少ないような気がします。それ以上に、共済組合が支払うべき対象(支出)が増えているのです。

福利厚生について書こうと思ったのですが、ふと「支払っている金額ほど、自分は使っていないな」と思ってしまいました。まあ、相互扶助という協調的精神でやっていかなければならないのでしょうが……。少し、僕の心が狭いのかもしれません。

この国は税金と社会保険料を別々に集めています。しかし、実質的に合わせた金額が「税金」として重くのしかかっています。そういう意味では、決して税金が安い国とは言えないのではないでしょうか。

2026年3月19日木曜日

【年度末のお金の話】教員の退職金の実態と、若い人へ伝えたいこと

年度末なので、今日はお金の話、特に「退職金」について書いてみようと思います。 公立学校の退職金は、実際には計算方法も給与表も公開されているので、それらを照らし合わせれば誰でもわかるようになっています。

■ 管理職を経験しての退職金額 僕は60歳定年だったので、60歳の時に退職金をもらいました。正確な金額までは覚えていませんが、おおよそ2,400万円くらいだったと思います。主幹教諭、副校長、校長と経験してきたので、ずっと教諭だった場合よりは多くなっています。

ただ、10年以上前の退職金と比べると、実は500万円以上も低くなっているんです。給与と同様に、退職金も段階的に引き下げられてきた歴史があります。同じように長く勤めても500万円以上差が出るというのは、正直がっかりさせられる話ですよね。

■ 退職金は「まとまった給与」。税制優遇も それでも、退職金は「まとまってもらう給与」という感覚です。一時期話題になった「老後資金2,000万円問題」の金額とも一致しますね。

 退職金は税制的にも優遇されていて、長く勤めれば2,200万円くらいまでは税金がかからない仕組みになっています。

ちなみに僕は再任用として退職後も5年間働きましたが、その期間に対する退職金は出ません。1年ごとの契約職員のような形になるからでしょう。その代わり、雇用保険には入っているので、退職後に雇用保険から少しお金(失業給付など)を受け取ることができます。

■ 若い先生方へ。投資のすすめ 退職金は、基本的には投資に回しています。 資産運用の話は、教育の現状を伝えるこのブログの趣旨とは異なるので詳しくは書きません。ただ、これからの時代、ある程度「投資に慣れる」ことも必要だと感じています。

若い先生方はぜひ、勉強しながら投資を始めることをおすすめします。短期的には変動があって難しいと感じるかもしれませんが、長期的な視点で考えれば、必ず運用益が出てきますよ。

2026年3月18日水曜日

卒業式の不思議な光景

卒業式のシーズンを迎えました。小学校6年間で最も重要な式典とされるため、かつては準備に膨大な時間を割いていました。歩き方や証書の受け取り方、お辞儀の角度に至るまで徹底し、さらに歌や「呼びかけ」の練習を3月以前から始めていた時代もありました。現在では、さすがにそこまで長時間の細かい指導は行われていないでしょう。

以前は、ある程度仕上がった通し練習を校長が視察し、その鶴の一声で急遽変更が入ることもありました。今となっては昔話ですが、とにかく大変な時間をかけていたのです。

コロナ禍を経て、卒業式の風景は大きく変わりました。歌唱数の減少、在校生(5年生)の不参加、保護者の入場制限などが見直しのきっかけとなりました。中には紅白幕の設置をやめた学校もあると聞きます。幕そのものに本質的な意味はないため、それも一つの英断だと思います。

そこで見直しの俎上に載せたいのが「呼びかけ」です。証書授与を省略できないとすれば、簡略化の余地があるのはここではないでしょうか。「呼びかけ」は本来、形式的で退屈な儀式から脱却し、子どもたちが主体的に参加できる場面を作ろうと考案されたものです。自分たちで言葉を紡ぎ、声を合わせることで参加者としての自覚を促す意義は、確かにありました。

しかし、今こそその「やり方」を再考すべきです。必要最低限の形式的進行にとどめ、校長や来賓の祝辞を3分以内にするなど工夫すれば、式はもっと短縮できます。そうすれば練習は1時間もあれば十分で、浮いた時間を卒業前のより有意義な活動に充てられるはずです。半世紀も前に「当時の子どもたちのため」を思って考案された形に、現代の私たちが縛られ続けることは、創始者にとっても本意ではないはずです。

2026年3月17日火曜日

チーム担任制がよいですか?

 


昨今、小学校で「チーム担任制」が流行っています。いよいよ従来の「学級担任制」が終焉を迎えるのか、という空気すら感じます。

思えば、これまで日本の小学校教育を驚くほど「コスパよく」維持してきたのは、間違いなくこの学級担任制でした。そして、それを支えてきたのは、他でもない現場の先生方一人ひとりの圧倒的な力量と、身を削るような努力に他なりません。

現在、チーム担任制のメリットが盛んに宣伝されています。「複数の目で見ることで子どもの変化に気づける」「教員の精神的負担が軽減される」「教員が休んだ際もカバーできる」といった具合です。

しかし、手放しで喜んでよいのでしょうか。 中学校を例に考えてみます。中学校は「学年」という組織が非常に強固です。1学年の生徒数は小学校の数倍規模になることも多く、学年を構成する教員数も豊富です。学年には生徒指導担当などが置かれ、トラブル発生時に対応する担当者が明確になっています。さらに、担任・副担任が固定され、基本的には3年間同じスタッフで持ち上がるため、教員間のコミュニケーションも成熟し、有事の際の人員的な対応力が担保されています。それでもなお、日々問題は発生するのです。

一方、現在小学校で進められているチーム担任制は、十分な人的補充を伴っているとは言えません。教職員の定数には法的な縛りがあり、現状の限られた人数のままでシステムだけを移行することには、大きな不安を感じざるを得ません。本気でチーム担任制を機能させるのであれば、学年の教員数を増やすなどの抜本的な対応が不可欠なはずです。

また、子どもや保護者の視点に立ったとき、「自分たちを一番に見てくれる固定の担任がいない」という点に不安を抱くケースは少なくないでしょう。中学校であれば、学年内の生徒指導担当などが保護者・生徒対応の中核として機能します。小学校においても、最低でも「学級数+1」の教員配置がなければ、現場は回らないのではないでしょうか。

もちろん、これまでの「担任丸抱え」のシステムに戻すべきだと言いたいわけではありません。私が最も危惧しているのは、「同じ人員数で新しいシステムを運用できるのか」ということです。小学校の学年規模は、多くても5学級前後、少なければ2学級というケースも多々あります。そうした小規模な人員制約も含めた上で、真に実効性のある「チーム担任制」のあり方を、改めて問い直す必要があるのではないでしょうか。

2026年3月16日月曜日

少子化止まりませんね。


少子化ということが言われるようになって、既に30年以上の年月が経っています。実際には1975年に合計特殊出生率が2を切っているので、その時点が人口問題の分岐点だったのかもしれません。そして、現在は合計特殊出生率が1.2を下回っているわけです。

この問題に関しては、2000年代に入り、担当大臣を置いたり、直近の出来事としては

子ども家庭庁を設置したりしています。しかし、一考に少子化は止まっていません。むしろ低下しているわけです。

政治は、戦前から戦後にかけて、人口問題に常に口を出し、手を出してきました。昭和初期は、子どもが多ければ表彰されるような仕組みがありました。これは、日本が生産力を高めるため、軍事力を高めるために必要なことであったからです。本来、政治とはかけ離れた個人ベースのことに、政治が加入したよい事例だと思います。一方、戦後は、人口の増加に歯止めをかけるために、産児制限を行います。家族計画という言葉ありましたが、字の通り計画的に出産をすることを政府が中心になり進めたわけです。4人家族という「標準」を作り、国民にそれを提示してきました。これも、家庭や家族に、政治が介入した例になると思います。

この経験から、政治は、人口問題や家族の問題にも口を出すことができると考えているのかもしれません。しかし、実際にこの50年の間、何一つ成功した事例はありません。ひたすら人口は減少しています。

人口減少が起こっている原因は、よく出てくるように経済的な問題だけではないと思いますが、経済的なことも問題ではあります。労働者を再生産することは、資本家たちにとって大切なことだったはずです。労働者がいなければ、生産自体ができないわけです。ですから、従来の労働者が子どもを作り、新たな労働者となることをできるような給与を支払ってきたわけです。しかし、現在一時雇用や非正規採用が増えたことで、労働者を再生産するだけの給与の支払いをしなくなったという現実が大きな要因の一つです。

ただ、それ以上に、子どもを育てることに対する価値が下がっていることが大きい影響を与えているのではないでしょうか。以前、「勝ち組」と「負け組」について書きました。実際に子どもを産み育てる中で、競わされている部分が多くあります。また、1度か2度しかない子育ての中で失敗は許されないという心理も働いていると思います。これは、過酷な戦いです。そういう心理的負担が影響しているのではないでしょうか。

また、「楽しいこと」がたくさんあるのに、あえて子どもを育てるという事業を自ら呼び込む気にならない人も多くいるような気がします。SNSなどでのコミュニケーション、推し活のような熱中できる活動など、今の時代になり力を持ってきた事柄が多くあるわけです。

そして、誰かと濃密な関係性を持つことに対する拒否間のようなものもあるのかもしれません。

いずれにしても、少子化に政治が介入しても、何一つ解決にはならないのでしょう。それよりも、本当に少子化を改善するのならば、仕事をする人たちが子どもを育てる余裕のある社会にしなければいけないのではないでしょうか。

教頭職の多忙さを考える:10年前の経験と教育DXがもたらす変化

私が教頭職を務めていたのは10年ほど前までですので、現在の状況とは異なる部分もあるかもしれません。当時は「教頭は校長より早く出勤し、校長より遅く退勤する」という暗黙の了解のような空気がありました。しかし、私はそれを頑なに守る必要はないと考えていたため、自分の仕事が終われば校長より...