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2025年4月29日火曜日

休み時間は

 ここでいう休み時間は、授業と授業の合間の休み時間です。だから、子どもの休み時間ということになります。大人のための休み時間もあるのですが、その話は後程。

休み時間は、基本5分です。子ども達がトイレに行ったり、水分を補給したり、特別教室ー音楽室や理科室、図工室などーに移動したり、体育着に着替えたりする時間です。その時間、先生たちは何をしているかというと、もちろん、水分を補給したり、トイレに行ったりすることもあるでしょうが、この短い時間に、子ども達と話をしたり、注意を与えたりしています。この短い時間に忙しないのですが、それでも、話しかけてくる子どももいます。曖昧な返事をしていたりすると、先生に話したのに、ちゃんと聞いてくれなかったということになる時間でもあります。子ども達にとって、この短い時間が、意外と先生とコミュニケーション取れる時間でもあるのです。まあ、この短い時間だけでなく、中休みや昼休みもありますが、積極的に話太鼓には、この短い時間も利用できる時間ということになります。

若手だったころに、校長に「自分の周りに来る子供に注目しないで、その外で話しかけられない子どもにも注目しなさい」といわれたことがあります。先生と話すのが苦ではない子が先生の周りにいて、楽しそうに話をする。その周囲には、話したいけど話せない子もいる。だから、そちらにも、気を配れということだと理解しました。確かに、よく話すこと、ほとんどはなさいない子がいるのは事実です。先生から話しかけることが大切なのは言うまでもありません。

短い休み時間だけでなく、20分程度ある休み時間は、少しリラックスできる時間でもありますが、意外と学年内で話をしなければいけないこともあります。また、この時間にトイレに行けないと、意外と行く機会がなかったりします。女性の先生の膀胱炎になるい率は高いそうです。僕は男性なので、その辺はわからないですが、よく聞くのは、放課後まで一度もトイレに行っていないという話を聞くことが多くあります。20分といっても、ちょっと授業の準備をしたり、学年内でお子いている問題を話したり、水分を補給したりしているだけで、時間が無くなってしまいます。子ども達に、時間を守りましょうと言っている手前、遅れることはいけないと考える先生が多いのです。

なかなか、休み時間に子ども達と一緒に遊んであげることも難しいというのが現状かもしれません。若い先生に一緒に遊んであげた方がいいとはいうのですが、その時間をうまく作れるとは限りません。児童指導の時間としても貴重なのが、休み時間ですから。


2025年4月27日日曜日

空き時間

 空き時間という言葉は、あまり良い言葉だとは思いません。授業がない時間を空き時間という表現にしてしまったのは、昔の感覚なのでしょう。確かに、小学校の1週間の事業時数は、今文高学年になると28時間前後あります。学級担任制であれば、この時間のうち24時間前後授業をすることになってしまいます。週に4時間程度は「空き時間」ができるわけです。しかし、実際に「空いている』訳はなく、その時間にテストの採点をしたり、授業の下準備をしたり、学校関係の事務処理をしたり、時間的には、全く足りるわけではないのです。でも、先生の仕事は授業をすることだと考えるから「空き時間」という表現ができてしまうわけです。実際に、「空き時間なら、ほかのクラスのサポートをしてほしい」などといわれ、荒れているクラスのサポートを頼まれたり、教室にいられなくなった子供の面倒を見てほしいと頼まれたりすることも学校によっては、ざらにあることです。

空き時間という表現は、実際に空いているわけではないのですから、他の人たちが配慮しなければならないと思います。今、少しは人員が増えてきているので、うまく配置すれば、担任の授業時数も週に22時間程度に抑えることができるようになっています。一日に1時間は空きができ、多少なりとも、事務処理などを進めることができるようになっています。しかし、空きだという感覚になると、書いたように、他の仕事を回されてしまうのです。けっして、空きだからのんびりお茶を飲んでいるわけではありません。もちろん、お茶を飲むことも大切だと思います。ゆっかり考えをまとめる時間も必要ですし、その間に、打ち合わせができる場合も少なくありません。ですから、空きも大切な時間であることは間違えありません。新人やキャリの少ない先生がベテランの普段の授業を見せてもらうなど、やることは山ほどあります。だからこそ、「空き時間」という表現はやめた方がいいなと思います。

2025年4月24日木曜日

個人面談

 ここ数年増えているのが、個人面談です。まず、4,5月に1回。夏休み前化、夏休み後に1回。12月に1回。2月後半に1回と多い学校だと4回の個人面談が設定されています。減ってきているのが、家庭訪問と懇談会です。

家庭状況を知る手立てとして、家庭訪問を行ってきたのですが、学区によって変わりますが、かなりの時間を要することが、家庭訪問の実施を阻んでいます。日にちによって、方面を決め、合理的に回りたいのですが、それぞれの家庭の都合もあり、必ずしも合理的に回ることができず、移動している時間が一番長いということが、理由の一つです。もう一つは、各家庭の都合がつきにくくなり、うまい回り方ができなくなっているということもあります。それ以上に、家庭の状況を知ることが良いかどうかということも議論になります。確かに、家庭の状況を知ることはいろいろな意味で大切なのかもしれません。昔は、部屋に通され、家の中の状況を見ることができました。もちろん、多くの家庭では、それに合わせて片づけをするということを聞いたことがあります。それでも、家の中の状況を見ることで、感じることや、わかることがあったと思います。特に、学区によっては、必要感を感じることもあります。

一方個人面談は、移動の時間がかかりませんし、それぞれの家庭の都合にある程度合わせることができるのがメリットです。また、担任だけでなく、児童支援選任や養護教諭、栄養士などと話ができるという利点もあります。初回の個人面談は、顔合わせの意味合いが強くなります。担任も、保護者も初対面というケースが多くなります。保護者の方としては、子どものこんなことを知っていてもらいたいとか、注意していてほしい点などを伝えることができます。また、家庭でのようなども、わかることはメリットがあると思います。

ただ、この時期に個人面談を実施すると、初任の先生は大変だと思います。全般的に若い先生は、個人面談や懇談会が苦手という傾向があります。まあ、大学出たばかりだと22歳前後ですから、年上の保護者と話すことが苦手というのも理解できます。また、話をするだけの資料があるかといわれると、まだ一つもたっていない時期の個人面談は、厳しいものがあります。また、すべての保護者が快く会話をしてくれるわけではありません。そのためには、まずほめてあげる点などをしっかりとみておく必要があります。また、友達関係などを把握しておくことも大切です。授業中の様子だけでなく、休み時間や給食や掃除の時間の様子などもしっかり把握しておく必要があるでしょう。また、養護教諭に保健室への来室の様子などを確認しておくことも大切になります。

個人面談で、話をしておく、その後何か連絡があるときでも、保護者の顔をイメージしながら、話ができるので、この時期の個人面談は有益だと思います。大変なことはクリアしてでも、コミュニケーションをとれる条件作りが大切だと思います。

2025年4月22日火曜日

学級担任制

 小学校は長い間、学級担任制をとってきました。これは、おそらく多くの日本人が自ら体験してきたものですので、説明は不要だと思います。なぜ、学級担任制をとってきたのかということが、一つ疑問でもあります。

学級担任制をとってきた最大の理由は、コストパフォーマンスが良いということでしょう。一人の先生を配置しておけば、今なら35人の子ども達を担当してもらえます。それも、一日中、朝の会から、帰りの会まで7時間近くを担当してくれるわけです。その間、学習だけでなく、もめ事を処理したり、けがの手当てをしたり、食事をさせたり、掃除の面倒まで見てくれるわけです。僕が若いころは45人学級制でした。実際46人の子ども達を担任したことがあります。これって、コストパフォーマンスが良いと思いませんか。しかし、僕が初任だった80年代でも、音楽は、専科の先生がいました。音楽は、伴奏をピアノで弾けることが求められていたので(別にピアノが弾けなくても、実際弾かないで授業をしている先生も見たことがあります。)専科がついていたのだと思います。高学年の楽曲の伴奏はそれなりに難しいですから、ピアノを練習したことがない先生には、ハードルが高かったのだと思います。でも、これは、可笑しな話だと思いませんか。別に音楽だけでなく、他の教科でも専門的に教えることが難しい教科もあると思います。例えば、体育です。体育の内容に関しての疑問もありますが、まあ、それは後日書くとして、器械体操など、典型では、ないでしょうか。もちろん、ボール関係の単元でも、陸上でも、水泳でも、教えるだけの知識や技能がすべての先生にあるとは思えません。それは、図工でもそうです。図工は、仕上げた子ども達の作品が掲示されていますから、教えている先生の技能がはっきりと表れてしまいます。

もともとは、いわゆる座学系のものが多く、それらは、大人の知識があれば、基本的には教えることができたのだと思います。しかし、技能系の教科が入り、その内容も複雑になってきたのではないでしょうか。

教えるということだけについても、学級担任制には限界があります。それは、一人の先生にすべてを託さなければならないからです。それでも、学級担任制に固執しているのは、金銭的な制約があったからと、それ以上に日本の先生たちが努力してしまったからだと思います。常に、結果を出してきてしまったことが、裏目に出たのかもしれません。


2025年4月19日土曜日

個人情報

 個人情報保護法ができたとき、とても混乱していました。例えば、図工で描いた絵に名前を付けてよいのか。それを授業参観の際に、保護者に見られるのは、ダメなんじゃないか。係活動のポスターを作った時、名前を書いてあるのは、問題じゃないのか。よく低学年にあるお誕生日の一覧表などは、完全にダメだろうと。そんな議論がされてきました。学校って、確かに個人情報の集まりですから、慎重にならざる得ないのは事実だと思います。しかし、教室は、子どもたちにとって、家庭のような側面も持っています。友達の誕生日を知ることも、親近感を覚えたり、誕生日会を楽しみしたりとか、それなりの役割を持っています。

確かに、個人情報が流失してしまうような案件は、以前から多くありました。極端なものは、成績が書かれているようなノートなどを紛失してしまう。USBメモリを紛失しtことも何回も報じられました。もっと小さいものだと、保健の記録が乗っている健康手帳やテストを誤って友達のものを配ってしまったなどは、この法律以前からあったことです。以前であれば、この程度のことは、回収して配りなおせば済む話でした。しかし、個人情報保護法ができ、この手のことはすべて教育委員会に届けろと言われています。実際、届ければ、何種類かの書類を出し、再発防止について、説明しなければなりません。そして、「説諭」という形で、担当部長から校長と街頭職員がお説教をされることになっています。もちろん、すべてを伝えればということですので、おそらく大方は、校内で処理しているのかもしれませんが…。処理しきれない場合には、やはり教育委員会が登場してくる絵わけです。

僕自身も、説諭は受けたことがあります。

個人情報が流失することは、ゆゆしき問題です。しかし、個人情報がどの程度のものをいうのかが、学校に理解されていないのも事実だと思います。未だに、個人情報という名での、混乱が残っているような気ガスのは、僕だけでしょうか。









2025年4月17日木曜日

朝の会

 クラスの時間って、小学校は、とても多いと思います。教科分担制を取り入れているので、以前のようにすべての時間が担任と一緒ということは、なくなっていますが、それでも、半分近い時間は、担任と一緒にいます。低学年になればなるほど、この担任との時間は多くなるといえます。

担任との時間の始まりは朝の会です。これも以前とは変わってきています。何が変わってきたのかというと、時間です。以前は、15分くらい朝の会のための時間がありましたが、最近では、10分程度、学校によっては、5分くらいの時間しか確保されていません。

朝の時間は、あいさつ、日直からのお知らせ(この中には、その日1日の予定の確認などが入ります。それから、定番は、先生からのお話ということになるでしょう。よくあるのは、その日のニュースから気になるものを日直などが話すというものもあります。朝の歌なども以前はありましたが、時間が短くなり、なくなってきていると思います。子供がクラス全員の前で話す場面を作ることに意義があると考える担任も多くいると思います。あとは、その日の目標を考えて、など言うクラスもあります。

時間が短くなったということは、いろいろと変化するということですし、教科分担制が時間をタイトにしているとも言えます。小学校は、これまで、時間に関しては、かなりルーズな面があったと思います。すべての時間を担任が掌握していたので、多少朝の会が長引こうが、さして問題にはなってきませんでした。しかし、教科分担制の導入もそうですし、余剰時間をとらなくなったことによる影響もあると思います。教科内容が以前よりも多くなってきていることも影響していると思います。

時間に追われるようになっている小学校。ちょっと、朝の会だけでも様変わりしているのではないでしょうか。

2025年4月13日日曜日

読書

 20根に錠前から、読書については、どの学校も取り組んでいます。読書をする時間の減少や、まったく読書をしない子供の増加が取り上げられたことがきっかけかもしれんせんが、やはり読書が学習との関係があると考えられていることもあるかもしれません。読書を進めるために、どの学校でも取り組んだのは、「朝読書」の時間の設定です。朝一番に、子ども達に10分程度、読書をする時間を設定しました。この時間は、ともかく、おしゃべりをしないで読書をするというものです。朝、静かな時間を教室で過ごすことで、その日一日が穏やかな日になることも期待しています。まあ、落ち着かないクラスは、そんなことをしても、たいした意味がなかったりしますが…。その他には、読み聞かせです。こちらは、保護者を中心に、「読み聞かせボランティア」を集め、子ども達に読み聞かせをしてもらっています。最初は、保護者だけでしたが、卒業した子供の保護者も参加し、保護者+地域の人というスタイルになっています。そして、図書館の先生、図書館司書が学校に配置されるようになりました。こちらは、かなりいろいろな経歴の人がなっています。学校の先生だった人もいますし、隣接学区に住んでいる方という場合もあります。図書室の管理や掲示物の作成やリファレンスなどを行ってくれています。リファレンスは、子ども達が学習するときに使いそうな本を予めピックアップし、子どもたちに紹介してくる作業です。

こうやって、かなり熱心に、継続的に読書を進める活動をしてきています。そして、子どもたちは、図書館で過ごし時間を楽しんでいます。ただし、ここには、条件が付きます。「学校にいる間」という条件です。学校には、娯楽は基本的にありません。ゲームをしたり、YouTubeを見たり、好きなアニメを見たりすることはできません。そういう環境であれば、図書室で読んだり、教室で読む本は、十分に楽しいものになるわけです。しかし、家庭に帰れば、話が変わります。ゲームやテレビ、YouTubeなどが、子ども達を待っていてくれます。実際、家庭の中でも、大人が本を読んでいる姿を見ることは、少なくなっていると思います。もちろん、padを見て、デジタルブックを読んでいるかもしれませんが…。

学校だから本を読む。その経験をたくさん積ませることが、読書につながり、活字を読むことが苦痛でなくなることを期待しているのですが、なかなか、うまくいっていない気がします。言ってしまえば、先生だって本を読んでいませんよ。たぶん。

2025年4月12日土曜日

朝会

 月曜日の朝、全校児童が公邸に集められて、校長の話を聞く。このパターン、月曜日が休みの日が多いということで、火曜日や水曜日に移した学校も多くあると思います。全校が体育館に入れる場合は、どんな時も、基本的には体育館での朝会に変わってきました。まあ、いずれにしても、真夏日の暑い日だろうが、真冬の寒いだろうが、関係なく、続いている学校行事でした。これが、変わったのがコロナ感染症での様々な制約からでした。

子ども達を集めることなく朝会をやる方法はいくらでもあるのですから、当然切り替えが進んできました。僕がいた学校では、校内のネットワークを使い、グーグルミートを使い、校長室から配信していました。やってみると、これで内容的には十分だということがわかり、コロナが収まってからも、従来の朝会はなくなりました。

これには理由があります。まず第1に、全校が移動することがとても大変だということです。何百人が一斉に移動するわけですから、時間がかかるわけです。今の学校は、とても時間にシビアなので、短時間での移動が求められます。第2に、15分間、直立不動を要求することが難しい子どもが増えたことです。貧血になったり、嘔吐したりと、対処するのが難しくなってきました。第3に、別に話を聞くだけなら、話している姿を見ながら話を聞けるミーティングソフトを利用すれば十分だということです。

学校は、ある意味ではとても保守的です。それを行う理由があるのかないのかを考えるより、従来やってきていることだからという理由で、やり続けていることが多くあります。そして、それが時代に合わなかろうと、意味がなかろうと構わずに続けている現状があります。そういう意味では、コロナの流行は、学校に大きな一石を投じたことになります。きって、コロナ感染症の流行がなければ、未だに、朝会も従来通りの形で続いていたかもしれません。

2025年4月10日木曜日

入学する前に、園を見学すると

 1年生が入学する前に、子どもたちに会うことができるのは、就学時健康診断の時、1年生が幼稚園や保育園の子供たちを招いてのイベントをするときなどです。イベントは、すべての幼稚園や保育園を呼ぶわけではないので、多くの卒園生がいる幼稚園や保育園が対象になります。それ以外には、日程が合えば、幼稚園や保育園を訪問することもあります。児童支援選任が中止になって、園児の様子を見に行くわけです。

 見に行くと、本当に幼稚園と保育園では、違うことをやっているのだと感じます。まあ、幼稚園は文科省、保育園は厚労省と、管轄も違います。ですから、それぞれに指導要領があり、異なったことが書かれています。最近では、幼児園という名前で、幼稚園機能を持った保育園というのか、保育園機能を持った幼稚園といえばよいのかわかりませんが、そういうものもできて気います。そういう意味では、内容も近づいてきているのかもしませんが、実際、見に行くとその違いの大きさに驚かされます。

 幼稚園によっては、机や椅子が教室のように並べてある円もあります。多く見られるのは、先生がオルガンを弾くと、それに合わせた行動をてきぱきとるようにしつけている幼稚園です。これは、かなり素早い感じがします。そして、遅れる子が少ないと感じます。

 一方、保育園は、生活の場としての活動が多く、全員を集めて指導する場面が少ないような気がします。もちろん、幼稚園も、保育園も、それぞれに特徴があるので、必ずしも、その傾向が顕著だとは言えません。保育園でも、体操教室の先生が出張してきたり、英語の学習があったりするところもあります。一方幼稚園でも、自由遊びが中心となり、子どもたちが、自分で課題を見つけ、取り組むことを大切ンしている幼稚園もあります。

 ただ、学校の先生の銘から見ると、やはりある程度、集団での行動ができるようにしてくれていると安心する気がします。

2025年4月9日水曜日

年度初めの1週間

 7日に始業式が行われ、新しい年度の始まりです。先生たち,特に、学級担任になると、不安と希望でいっぱいのはずです。もちろん、前年度までの子供たちの様子については、いろいろと聞いています。子の学年は、大変だとか、問題が少ないとか、様々な話も入ってきます。自分の目でも、いろいろな場面で見ていますから、子どもたちに会うまでに、いろいろなことを考え、スタートを切っていると思います。

 最初の1週間は、大切だとよく言われます。僕も、そう思います。1週間じゃなく、実際は、4月の3週目くらいまでは、子どもたちが緊張感をもって、取り組んでいます。その緊張感がある間に、基本的なルールを守ることができるようにしないと、1年間が大変なものになる気がします。ここでの基本ルールは、「話をしているときは、しっかり聞く」ということです。先生がどんなに素敵な話をしていても、子どもたちが聞いてくれなければ、何も伝わりません。ともかく、話をしているときは、「聞く」というのが一番の基本になると思います。

それは、聞きなさいというだけでは定着しません。話す側にも、十分気を付けなければいけないことがあります。子供たちに伝わるように話をすることができるのか。話すときは、話すことだけに集中しているのか。例えば、黒板に字を書きながら話すと、子どもたちの様子が全く分かりません。字を書くときは、字を書くことに集中し、話さないとか。立ち位置はどうなのか。教室って意外と広いので、どの位置で話をするかによって、子どもたちの集中力に違いが出てきます。もちろん、話し方もそうです。ゆっくりわかりやすい話し方ができているのか。真をとって、話をすることができているのか。止まって話した方がいいのか、歩きながら話す方が効果的なのか。表情もです。基本的には、先生は笑顔で話す方がいいと思います。笑顔が基本になっていると、笑顔じゃないとき、困った顔や起こっている顔などが効果的になります。いつもポーカーフェイスでもいいように思いますが、感情を伝えることも、大切な話術だと思います。特に、学年が低くなればなるほど、表情によって伝わるものが多くあるように感じます。

最初の段階でこれだけできていればよいということはないのですが、最低限、先生からのメッセージを伝えることができることは大切だと思います。

2025年4月7日月曜日

ランドセル

 今日は、ピカピカのランドセルを背負った小さい子たちがきれいに着飾った両親と一緒に学校に向かっていました。

入学式の日にランドセルを背負ってくる必要はないと思うのですが、今は、写真を撮るために、全員がランドセルを背負って学校に向かっています。

まず、思うことですが、あのランドセル。何とかしてあげたいものです。ある時から、6年生になってもランドセルを背負ってきなさいという風潮ができてきました。物を大切にするという大きなテーマで語られるようになり、今では、どこの学校でも、6年生が普通にランドセルを背負っています。

どうなんでしょうね。実際ランドセルは持ちがよいと思います。しかし、その反面、使い勝手が悪かったり、何より重かったりする点で、疑問が出てきます。実際革製品ではなく、布製品のランドセルも登場しているわけですから、検討する余地があると思います。ただ、5月のゴールデンウィークや夏のお盆の時期に祖父母が購入するというのが定番になっているので、今から来年は、と説明していかなければなりません。そこが、ランドセル問題の大きなポイントんなっているといえます。

最近では、学校からpadを持ち帰ることが多くなり、それに合わせたカバンにすることや軽量のバックなどを使う方が、子どもたちの健康にはよいと思います。通気性の点でも、ランドセルにメリットはありません。

実際、メーカーと自治体が組んで、全世帯の子供に通学用のバックを配布しているところがあると、ニュースで見ました。また、私立の小学校では、布製のバックを使用している学校もあります。

高額なランドセルを買う必要も、使う必要もないと思うのですが、どうなんでしょう。

2025年4月6日日曜日

お便り

 幼稚園や保育園でも出されていた「おたより」

小学校に入って、1年生の場合は、最低でも1週間に1度はお便りが出されます。そのほかの学年では、1か月に1度、お便りが発行されるのですが’(最近では、発行じゃなく配信されるの方がただしいのですよね。)このおたより、書くのが嫌だという先生が多い気がします。

1か月に1度ですし、最近では、簡略化が進み、たいした内容が書いてあるわけではないのです。例えば、学年で実施する行事などについての記載は、「学校だより」を見ればわかるようになっていますし、学習の進度については、1年間分を配信ししているので、そちらを見てほしいということになります。じゃあ何が書いてあるかというと、主に持ち物や準備をしてほしいものということになります。図工で使う箱が必要だとか、プリンのカップのようなものを使うとかということが主な内容になります。

以前は、紙で発行していましたから、大体、A3か、B4で作っていました。それに、学年のスケジュール表が乗っていたり、学習震度が乗っていたり、持ち物が書かれていたりしました。

正直、早く作れば、30分程度で書けるようなものですが、どうも、これらのものを作るのが大変という声が多く、だんだんと中身を減らし、配信システムを使うようになってからは、遂に、「学年だより」は作らない方向になってしまいしました。確かに、内容を考えれば、作るほどの意味もないのですが…。

 ただ、作り方によっては、有益な内容にすることもできるのではないかと思います。

 

2025年4月3日木曜日

授業参観

 4月に入って、2週目か3週目には、授業参観・懇談会がある学校が多いと思います。それは、PTAの役員を決めなければいけないので、4月の半ばには、保護者を集めたいという理由があります。

今の流れのように、PTA解体の機運がある中では、もう、あわてて授業参観をすることはないような気もしますが…。

授業参観は、若手の先生達には敬遠されがちです。どうも、保護者に授業を見られるのが嫌だという気持ちが強いようです。

30年前ごろでしょうが、毎月、授業参観をするというのが流行りました。そんな時代を過ごしていると、今のように、年に4,5回しか授業参観をやらないとちょっと不安な気持ちにもなってきます。

ここ数年、もう少し前からでしょうか、授業参観に「発表会」的なものが多くなっている気がします。まあ、全員が発表するので、保護者としては、見ていて面白いのかもしれません。でも、発表会形式のものを見せるということは、普段の授業を見せるのと違い、事前の手間がかかります。それに、授業の様子を見てもらうわけではなくなってしまいます。別に、特別なことをするのではなく、普段通りの授業をすればよいと思うのですが、どうも、それは、先生たちの不安を掻き立ててしまうようです。

保護者としては、どちらの授業でも、良いと思うでしょうが、やはり、日ごろの子供たちの様子を見てもらう方が大切なのではないかと思います。

まあ、普段通りの授業をしていても、全然子供たちの気長官は強いですし、普段通りの様子を見せることは難しいのですが。


2025年4月1日火曜日

授業研究

 教育基本法に教師は、研究と収用に努めろって、書いてあります。だからでしょうか、研究という名前の業務が学校にはあります。

教育学者の先生たちは、日本の教育水準が高いのは、この授業研究のおかけ毛だといいます。本当でしょうか。授業研究とは、指導案を書き、授業を公開して、多くの先生たちに見てもらい、意見を言ってもらうというものです。指導案とは、授業プランです。ただ、その時の流行を取り入れたものでなければなりません。指導案を作り、それをまず、みんなで読みます。そして、それを改善し、指導案を書き直します。書き直しら物を再度検討し、実際の授業に向かいます。しかし、普段とは違い、その時間のための準備が必要になります。もちろん、その授業の時間までの授業をも普段とは違い、十分に準備をします。準備も最近は、padなどを利用しますから、以前よりだいぶ準備が軽減されていますが、それでも、その時間までと、その時間に使う教材は、入念に準備しなければなりません。

だいたい、一つの研究授業のために、指導案作り、教材づくり、検討会と合わせれば、10時間では済まない時間を要します。

こうれが、港南だけならば、その程度ですが、行政単位の、たとえば、区だとか、市だとか、県だと、地域ブロック、全国とレベルというか、範囲が広くなればなるほど、かかわる人間の数も多くなり、要する時間も飛躍的に増えていきます。確かに、授業のことを考えることは、大事です。しかし、普段、いつも同じように授業をすることはできません。かなり、特殊な状況だといえるでしょう。

先生たちに、かける時間だけのメリットがあるかといえば、多くの場合、コストパフォーマンスが悪い作業になると思います。

もちろん、そこで、名前を売って、指導主事になりたいとか、管理職になるきっかけにしたいという人もいないわけではありません。特に、大きな研究会で発表することは、そういう人たちには意味があるかもしれません。

もちろん、多くの先生たちは、良い授業ができるようにしたいという気持ちで取り組んでいるとは思いますが、やはり、人に見られることへの意識が強いですから、入念に準備をして、研究授業に向かうという人が多いと思います。

どうなんでしょうね。実際には、普段の授業に反映さえることが少ないのではないかという気がしますけれどね。

2025年3月27日木曜日

学校の電話はいつでもつながるのか?

 世の中、働き方改革を進めることの必要性がよく言われます。学校の先生についても、働き方改革が求められています。

ただ、働き方改革にどう取り組むのか、という方針が教育委員会化から示されませんし、校長が考えているかというと、あんまり考えていないのではないでしょうか。働き方改革よりも、意外と世間体(ここでいう世間とは、保護者や地域に住んでいる人たちです)を気にしている校長も多いかもしれません。実際に、それぞれの学校事情を抱えています。ですから、留守番電話にする時間をどうするのかなど、ちょっとしたことが問題になるわけです。

学校の先生も当然勤務時間が決まっています。例えば、8時15分から、16時45分と勤務時間が決まっているならば、当然、電話はその時間だけしかつながらないと考えるのが一般的だと思います。実際、勤務時間を超えての対応など、一般企業では考えられませんし、市役所や区役所だって、同じように勤務時間を超えての電話対応などしてくれません。

まあ、24時間交代制で対応してくれるところは、別です。警察や消防、緊急対応をしてくれる大病院などです。しかし、それらの企業は、24時間体制をとれるようにシフトを組んでいます。当然、学校には、24時間対応できるシステムはありません。最近よく言われるように、教員には、残業手当がありません。給特法という法律で、4%特別に給を払うね、だから、いくらでも働いても、残業手当はつけないよという不思議な仕組みがあるのです。作った時には、学校がそれほど忙しい職場でなかったのです。まあ、その頃は、当直などもあった時代なのかもしれません。

この残業代の問題は、置いておきますが、学校は、保護者がいつ電話をかけても、対応すべきだと思われていると学校側が勘違いをしているところもあります。

なので、「働き方改革」を言われる中でも、勤務時間を超えての電話対応が存続してしまうのです。

僕は、学校だよりに、先生たちの勤務時間を書き、電話対応も、その時間だけということを保護者にも、地域にもお知らせしました。当然ですが、そのことについてのクリームは1っ件も来ませんでした。

2025年3月26日水曜日

個別支援学級って、どうなんだろう

 個別支援学級とか、特別支援学級と呼ばれるクラスがあります。

僕が勤め始めたころは、まだ、全校に設置されているわけではありませんでした。主に、知的障害と呼ばれる子供たちが多かったような気がします。この辺は調べればわかることですが、調べていないので、感覚的なものです。ごめんなさい。田中・ビネーなどの知能検査を実施し、IQが75以下だと知的障害と呼ばれ、分類されてしまいます。

勤め始めたころは、教室でも、知能検査を実施していて、指導要録にも記録していた気がします。ダウン症の子供も多かった気がいます。

日本の教育の一番悪い点は、コスパ重視だということです。個別支援級などを設置せず、同じ教室で過ごすことができるような人的保証をすることで、なんとかできることも多くあるような気がします。

個別支援学級は、子どもたちを障害があるなしで分断しているのではないかと思います。

ここ数年、個別支援級に大きな変化が起きています。ものすごいスピードで個別支援学級に入る子供たちが増えているのです。小学校への入学時に就学相談を実施している機関に、新1年生の1割が相談に行っているということも聞きました。主に、「発達障害」といわれる冗長障害学級への入厩判断を求めてのことです。実際、個別支援学級に入厩する子供たちは、増えています。学校によっては、40人とか、50人の子供が入厩しています。一般級では、1クラスの人数が35人以下と定められています。いっぽう個別支援学級は、1クラスを8人以下とするよう定められています。1クラスに1人の先生が付きますから、4倍以上の先生が個別支援学級に入るということになります。その方が、子どもの特性に応じた学習をしてくれるだろうという考え方が広まっているのかもしれません。


2025年3月23日日曜日

宿題って必要なのかなぁ

 宿題については、賛否両論があります。

先日も、「学校での宿題は意味がないので、やらせません。」という趣旨の連絡をもらいました。高学年になると塾の宿題(というか、復讐ですね)、の量がかなりの量になり、それをこなすための時間が必要になるというのが、理由になります。

一方、宿題を出さないと、「うちの子は、宿題がないとまったく勉強しません。ちゃんと宿題を出してください。」という声も出てきます。

宿題には、大きく二つの意味があるのだと思います。一つは、反復練習が効果的だと思われるものです。漢字を覚えることや計算を早くやることができるようになることを目的としています。どうしても、学校にいる時間だけでは不十分だと先生が考えている内容が、それにあたります。

もう一つは、家庭でも楽手する習慣を身に着けてほしいというのが理由です。ただ、こちらについては、学校以外でも勉強ってしないといけないのかという問いがあります。確かに、学校は、勉強をする場です。ですから、学校を出て、家に帰ったら、学習をする必要はないのかもしれません。その分、しっかりと学校で学習をすればいいだろうという考えもできます。

宿題には、大きな問題があります。それは、「宿題病」です。特にこの病にかかるのは、親です。「宿題はやったの」という声掛けを連発していく病です。この言葉かけは、裏返すと「宿題をやったら、勉強は終わりだから。」ということになります。宿題さえ終わればいいとなると、子どもが今日これを勉強しなくちゃという気持ちにはなりません。まあ、大半の子供に自発的な学習をする機などないかもしれません。

家庭で学習をする必要がないような学習を学校でしっかりとやればいいんじゃないでしょうか。

そのためには、いくつか条件が必要ですが、またの機会に。

2025年3月20日木曜日

担任なのか、専科なのか

 基本的に小学校の先生は、担任か専科の先生になります。小学校の教員数は、クラス数×1.1になるそうです。なるそうですというのは、どうも、もっと複雑な計算があるようなのですが、大まかにいえば、1.1倍らしいです。だから、15クラスだと15人の先生ですが、16クラスだと18人の先生になるわけです。

これが基本計算らしいです。らしいというのは、ちゃんと調べたことがないからです。まあ、敬さんは、人事課がやってくれて、現場は言われた人数でやる歯科なのですから。学級数を増やすことも恣意的にはできないですから。

割り当てられた人数で、まず担任を決めていきます。その枠に入らない人が何人か出ます。それが、専科ということになります。最近では、チーム担任制など言う考え方も出てきています。しかし、基本的には、担任と専科という考え化は変わっていないような気がします。

専科の王道は音楽専科です。小学校と家でも、かなり伴奏をピアノで弾くことが難しい曲が多くなってきます。そうすると、やはりピアノが弾ける人が求められてくるわけです。小学校の線背化の先生は、必ずしも、小学校の教員免許を持っていなくてもよいのです。中学校の教員免許は教科別に取得するので、中学校の音楽の先生の教員免許を持っていれば、小学校で、音楽の先生をすることができます。

次に多いのは、家庭科でしょうか。最近は理科や体育の専科も増えています。また、専科ではなく、担任間で教える強化を分担する教科分担制なども増えています。

家庭科が専科になる理由の一つは、準備に時間がかかったり、裁縫などはやったことがないという理由があります。まあ、実際にはジェンダーの問題があるのも事実です。家庭科でやる内容を実生活でやったことがないという男性も多くいるのが実情です。それが、家庭科専科が多くなる理由です。

まあ、僕も、家庭科を教えたことは一度しかないですから、例外ではありません。料理は何とかなるのですが、裁縫の経験がないとミシンの使い方から自分が理解しなければならないのですから、やはり敬遠しちゃいます。

あとは、担任を任せることができるのかが大きな理由になります。担任を任せて、とんでもないことにならないか、やはり担任を決めるときには考えてしまいます。

2025年3月18日火曜日

卒業式の練習

 小学校の卒業式って、ちょっと変わっているのかもしれません。中にいると感じないのですが、卒業式の在り方についての批判的なコメントも出てくるようになりました。

昔は、3月に入る前あたりから「練習」をしていました。かなりの時間数をかけて、練習を繰り返していました。一番時間をかけているのは歌だと思います。これは、かなり歌いこみます。今、音楽の時数は、年間50時間だったと思います。その時間数では足りなので、いろいろと名目をつけて歌の練習に時間を割り当てています。

学年合同の練習だけでは足りず、教室でも、音楽室でも、練習尾をしています。

コロナ以前でも、だいぶ練習量は減りましたが、コロナをきっかけに規模が縮小され、だいぶ練習時間は減ってきていると思います。

以前は、証書授与だけで、かなり時間をかけていましたから。それこそ、自分が担任をしていたころなどは、かなり細かいことも迄練習をしていました。今は、そこまでやりませんが、それでも、外から見ると異常な部分があるんでしょう。

先生たちは、やはり周りの目が気になるんですよね。校長とか、管理職の目も、他の学年の先生の目も。ベテランになるほど、細かい点までも気にしています。

意味がないという意見の方が正しい気はします。

2025年3月16日日曜日

意外と面倒な人間関係

  担任を決めるとき、先生達の希望や考えだけで進めることができません。意外と面倒なのが人間関係なんです。この先生とこの先生は組めないというのが必ずあります。小学校の組織の上で、一番密接な関係を持っているのが「学年」です。一緒に行動することが多いですし、話をしなければならないことも多くあります。単級ならば問題はありませんが、2クラスでも、3クラスでも、誰と一緒に組むかがとても影響することになるわけです。特に、若手は、その影響をまともに受けます。仕事をバンバン降ってくるような相手と組むと、仕事量は、飛躍的に多くなります。その程度割り振られたって大丈夫でしょと、思われがちなのですが、若手にとっては、それがものすごく負担に感じることも多いのです。

 例えば、学年だよりです。僕からすれば、そんなもんと思ってしまうのですが、初めて持つ学年で、めったに書かない保護者向けの学年だよりを書くことが、とてもプレッシャーになるようです。心理的に追い込まれるようなパターンもよく見られます。そんなことやって当たり前でしょ的な対応をされると、心がやられることも多くあるようです。

 批判的な見方をする、人の悪口を言う、組んでいる相手のことをまったく気にしないで進める。など、周りから見ていても、そういう人と組むのは大変と思うことは多くあります。

 ですから、次年度の計画を立てるときに、「この先生とだけは無理です。」と、相談に来る先生も少なくありません。

 

働き方に対しての意識を変えないと。

いつから学校の「働き方」は問題になったのか 働き方の問題が現場で話題になり始めたのは、2016年ごろだったと思います。 それ以前は、働き方が問われることはほとんどありませんでした。タイムカードすら存在せず、遅くまで仕事をして注意されることなど一度もなかった時代です。記録がないので...