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2025年11月28日金曜日

休息時間について

 休息時間をとらなければならないことは、労基法で定められています。6時間以上の勤務ですから、45分は休息をとらなければなりません。しかし、もともと、この休息時間は、昼休みをとることを前提として考えられたものでしょう。お昼の時間に食事をし、お茶を飲むことを考えたものだと思います。そうだとすると、教員には無理な話なわけです。お昼は食べています。しかし、休息とは程遠いものです。給食の配膳をし、子ども達が整然と食事をすることができるように注意をしているわけです。

たとえば、企業で休息時間に電話番をしていたら、それは休息とは認められません。また、労基法の休息は一斉にとることを前提としています。そうなると、子ども達が完全に下校してから休息時間をとることが自然な形になります。

子ども達の下校が15時なら、15時45分までが休息時間となります。そうすると退勤時間まで、休息が終わって残り1時間なわけです。これって、どうなんでしょう。子ども達が帰ったら、とりあえずその日の提出物を見たり、テストやドリルの採点をしたりしたくなりますよね。それをやっていたら、全然休息じゃないわけです。保護者への電話連絡などもそうです。急送時間に、勝手にやっていることだからという理屈なのでしょうか。校長が命じたわけじゃないから、その時間に仕事をしているのは、先生たちの自発的意志であり、それが、休息時間だと主張するのでしょうか。おかしいですよね。でも、現実の学校では、罷り通る率苦なんですよね。それに、子ども達が下校した後は、何らかの会議が設定されている場合が多く、その時間は、自分の学級に関することや自分が担当している教科について、何もすることができないのです。

授業をする時間 8時15分から14時30分(これ以上早くすることは難しいのでは)

休憩時間 14時30分から15時15分

会議 15時15分から16時15分

事務処理の時間 16時15分から16時45分

14時までに完全下校という学校も出てきていますから、もう少し余裕のある学校もあるかもしれません。一方子ども達の完全下校が15時という学校もあると思います。



いずれにしても、タイトだということと、休憩時間を過ごすにしても、住宅地の中に建てられた学校が多い現状では、学校外で過ごすことがすごく難しいのです。学校にいるなら仕事をしちゃえとなると、実際は、労働時間が45分伸びているだけとなります。

もう少し考えてもらえるといいのですが、どう思いますか。

2025年11月26日水曜日

就学時健康診断を学校に押し付けているのはどうにかならないの

 10月から12月にかけて、就学時健康診断が実施されます。小学校に上がる前年度、幼稚園や保育園の年長さんが受けに来ます。おそらく、どこの自治体でも、その子が入学する予定の学校で実施しているというのが現状だと思います。しかし、本来は、教育委員会が実施するものであり、学校が準備や実施、片付けをするものではないはずです。少なくとも学校保健安全法を読む限り、学校が実施するものではないはずです。実施責任が教育委員会にあるのですから、教育委員会が実施し、その結果を学校に送付するというのが正しい手順なのではないでしょうか。法定検診として1.5歳と3歳の2回、これは、自治体が実施しているのですが、設定されています。決して、学校が実施しなければ実施できないというものではないと思います。各学校に実施させれば確かに費用の面や場所の確保の面から言えば教育委員会は楽ができるのだと思います。人数の多い都市部ではとてもできないというのかもしれません。しかし、実際に1.5や3歳の検診は実施できているのですから、方法はあるはずです。

働き方改革をどの教育委員会も言っています。しかし、就学時健康診断のように学校に業務を押し付けて実施しているものもあるわけです。学校は準備に十分時間をとっています。事前の打ち合わせもしますし、お医者様の日程に合わせ、日程を決める作業もしています。寒ければ、内科検診の際の部屋の温度の調整もします。もちろん、学校にとってのメリットもあります。入学する前に、どのような子が入学してくるのかを見ることができます。ですが、この点については、今は事前に幼稚園や保育園に見学に行くことも多いと思いますので、補うことはできます。

保護者としては、自宅近くの学校はよい検診場所かもしれません。しかし、日程の調整ができないという点で不自由があると思います。両親ともに仕事に行っている場合や、片親の場合なども本来日程の調整ができる方が望ましいと思っていると思います。

いずれにしても、法律にあるように教育委員会が実施すべきものは実施すべきです。

2025年11月25日火曜日

授業参観って

 11月あたりも、授業参観が行われやすいかもしれませんね。

一時期、毎月授業参観を実施するとか、一週間オープンスクールにして授業参観ができるようにするとか、授業参観を増やす方向で進んでいました。でも、今は、授業参観の回数が減る傾向にあるような気がします。年間、3回程度なのでしょうか。6月、9月、12月くらいの感覚なのでしょうか。2月あたりもあるかもしれませんね。6月は、もともとは父の日の合わせて実施していた名残ですね。昔は父親参観日のような名称実施していたものです。

授業参観の内容も、回数が多かった時とは違いが見られます。-イベント中心の形になっています。発表会形式のものが増えています。普段の授業の様子を見せることが基本的には大事だと思うのですが、先生たちは、普段の授業を見せても、受けが悪いと思っているようです。

でも、保護者としては、日常どのように授業が進められているのか、クラスの雰囲気がどうなのかというを知りたいのではないかと思います。自分の子どもがどのような態度で授業を受けているのかに関心があると思います。確かに、イベント系の授業参観をした方が受けているように見えるかもしれませんが、それをやると、必要以上に準備に時間がかかりますし、子ども達にも負担をかけると思います。

日頃通りの授業を、普段通りに進めるようにしていれば、授業参観も負担にはならないように思うのですが…。どうなんでしょうね。

2025年11月23日日曜日

刺激が刺激を生み、悪循環が始まる

 ここ数年の傾向として言えるのは、刺激が刺激を生み、悪循環が始まるということです。

発達障害の子どもがいるのは、今では学級編成をする際に当たり前のことになっています。程度の差はあると思います。ADHDの子どもの中には、自分で自分の行動を制御できないケースもあります。そうしようとしていなくても、何かに操られるように動いてしまうというケースを見たことがあります。授業中に大きな声を出してしまう。授業中なのに座っていることができないなど、先生が苦労している場面を何回も見ています。

だからと言って、その子たちをしかりつけるという対処法では、何も解決はしません。

解決法は、刺激を作らないということだと考えています。教室内が落ち着いていることが、大切です。発達障害がある子ども達は、刺激が苦手な子どもが多いと思います。教室内で、不必要な動きが見られたり、大きな音が立てられたりすると、それに誰よりも早く反応してしまうのです。教室が落ち着き、みんなが話を聞いている状態を作ることができれば、発達障害を持っている子供も、普通に授業を受けることができます。教室内が荒れてしまえば、誰よりも反応し、反応したことを先生や周りの子ども達が注意するとよけい状態は悪化します。

思考することが大切、話し合うことが大切というのは当然のことかもしれませんが、それ以前に落ち着いた雰囲気を作り出すことがまず一番重要になると思います。

話を聞かせるときに、静かにしている状況を子ども達に理解させることが大切になります。

教室の外の音が聞こえる状態が静かであると教えてあげるだけで子ども達の態度は変わってくると思います。静かな状態が少しの間でもできれば、静かにしましょうねと声をかけるだけで静かな状態を作ることができるようになります。それが、1分、2分と継続するようになるだけで、教室の雰囲気はよくなると思います。刺激を受ける時間が短ければ、刺激に反応しやすい子も教室で過ごしやすくなると思います。もちろん、他の子たちも、過ごしやすくなるはずです。

そして、子ども同士に注意させるのも止めた方がよいです。子ども同士の上下関係を作り出してしまいますし、変な優越感を持つ子供が生まれてしまいます。

まずは落ち着いた時間を過ごすことができるようにすることが大切だと思います。


2025年11月22日土曜日

東京だけが救われる

 東京都の様々な政策が話題になります。以前から、東京は学校の配置人数でも、周辺都市を簡単に量ができるだけの人件費を割いているわけです。東京の予算規模は、国家レベルです。千葉や埼玉、神奈川などの周辺都道府県とは一桁違うといってもいいと思います。

豊富な財源をもとに、教員の囲い込みも行っています。非常勤講師の時給だけ取り上げても、東京都は経験者に3000円以上の時給を払っています。当然、経験者であれば、東京を中心に考えるでしょう。周辺の政令指定都市はだいたい2500円というのが相場ですからね。

実際、東京都の小学校を見たことがありますが、信じられないほど、様々な機器が揃っています。各階に複合プリンターがあったり、各教室に大型のプロジェクターが設置されていたり。また、企業や大学など、各学校の近くにある教育環境も大きな差があります。様々な企業とタイアップしたり、大学がタイアップしたりなど、大きな差があると思います。

もちろん、初任給に関しても、東京都は諸手当を含めると30万を超えるくらいの金額になるようです。

東京都と常に競争をしていかなければならに周辺3県、さらに、政令指定都市はすべての面で東京にかなうわけがないのです。東京がその気になれば、すべてを東京に持っていかれることになるような気がします。

日本の教育は全国同じように行われていると言われますが、実際は、大きな差があります。関東の中だけを見ていっても、東京都と比較すれば大きな差があります。

人口が多いこと、税制上の問題など、解決できないことばかりですが、実際には東京至上主義になっているような気がします。でも、そんなところだけ地方分権になっていてはいけないのではないでしょうか。東京だけが優遇されている状態に、もっと声を上げたいと思います。

2025年11月11日火曜日

本当にチームっていいの?

 小学校の学級担任制の特徴は、独立性が高いことだと思います。よく言えば、担任がしっかり考え、学級づくりに取り組んでいれば、それなりの成果を得ることができるわけです。悪く言えば、独善的になりやすい、学級担任の態度で、いくらでも学級を変えることができてしまうわけです。担任の力量がはっきりと出て、学級間の差がはっきりと見えてしまいます。

初任の先生も多くなり、単独で学級担任です、十分なことができません。ということも言えず、この厳しい状況を打開するために、考え出した方法がチームという発想なのでしょう。言えば、連帯責任制になったということだと思います。これまでの基本は、自分の失敗は自分で責任を取れでした。それが、学年全体の責任に変わってきたのかもしれません。

教科分担制も、うまくいかなければ、本当に大変です。特に、あの先生の授業はとか、指導の方法がという話が広まると、学年全体が責任を問われるわけです。

毎回書いていますが、システムを変えるならば、必要な人員をしっかりと補充すべきです。それなくして、何かを進めることは、現場に不必要な負担をかけるだけです。



2025年11月9日日曜日

学級担任制解体する気が本当にあるのか?

 学級担任制は、学制発布からずっと継続している制度です。ですから、基本的にはこの制度を基盤として学校が運営されているわけで、突然「チーム学年」とか「チーム担任制」「教科担任制」などと言われても、実行できるだけの基盤などあるわけがないのです。

それに、中学校と比べても教員の配当数は少ないので、中学校並みに教科担任制が実行できるわけがありません。ぎちぎちの時間割を組むことになってしまうのは、ともかく人員数の割り当てが厳しく決まってしまっているという現状があるからです。

文科省だって、そんなこと分かっているでしょう。現場の小学校が苦しくなると分かったうえで実施している、確信犯的な政策だと言えます。現場が実際に混乱しても、大変な思いをしても、そんなこと気にするそぶりもなく行っているとしか思えません。


そして学校も、それを分かっていながら頑張って対応してしまうから無理が生じるわけです。まあ、学校が直接文科省になにかを訴える機会もないですし、都合の良い学校だけを視察する政治家や官僚ばかりなんでしょうから、どうすることもできません。もちろん、教育委員会だって中央集権型の文科省のやり方に抵抗することはできないのでしょう。

ともかく、学級担任制を解体するならば、きちんと制度的に対応すべきです。やってみたい校長が自分の学校で進め、それがなし崩し的に広がるようなやり方はダメだと思います。

これまで文科省は、現場の頑張りだけを期待して様々な政策を実施してきています。そして、日本の先生たちはそこで踏ん張ってきたのです。もう、それも限界です。これまでは先生たちのレベルの高さがあったからここまで保ってきたのです。でも、過酷な状況下で、今ではそのレベルも落ちてきていると思います。ここまで業務内容を無限に増やしてきたツケが、完全に回ってきているのではないでしょうか。

2025年11月6日木曜日

落ち着かないクラスになることも、今は珍しくないのかも

 授業中、突然大声を出す子がいたり、教室を徘徊する子供がいたり、暴力を振るい始める子がいたりするという話をよく聞きます。教室の中に、落ち着きが見られず、先生として全体をコントロールできない状況があるわけです。

この様な状況は、発達障害を持っている子供がいるからと、よく言われるのですが、確かに、原因の一つだと思います。しかし、それが主体る原因なのかというと、違うような気がします。発達障害に関しては、様々な説がありますが、クラスの1割前後いると言われています。しかし、すべてのクラスが、初めに書いたような状況になるわけではありません。

では、何が原因なのでしょう。僕が思うには、刺激しあっているのかどうかが大きな問題ではないかと思うのです。周囲が落ち着いた雰囲気で、相互に刺激しあったりしなければ、騒ぎ出す子どもが出なくなると思います。誰も刺激しなければ、多くの子どもは落ち着いて教室で過ごすことができます。

でも、制御するという名のもとに、高圧的に出ることも、問題があります。先生が圧を強め、全体を制御しているように見えるクラスは、その担任が持っている間はいいのですが、学年が変わり、柔らかい雰囲気の担任になると、制御できなくなり、学年全体が崩壊する危険があります。技術ではなく、恐怖で抑えることは、絶対に避けなければなりません。昭和の方法は、令和では通用しなくなっているのです。

全体が落ち着いた雰囲気のクラスにすることがまずは大事です。

まあ、35人もいる段階では本当に技術がないと難しいのかもしれません。文科省は、35人までにしてやったというかもしれませんが、この人数は、多すぎると思います。

2025年11月4日火曜日

真っ黒な体質を白くするためには

 


勤務時間ですが、まず朝の時間から見直すべきだと思います。

そもそも、職員の始業時間が8時15分なのに、子どもたちの登校時間がそれより前というのは、考えてみればおかしくないでしょうか。仕事を始める前に、すでに仕事ができる状態になっていなければならないわけです。せめて始業時間が8時であれば、8時15分登校というのも理解できます。要するに、慣習として「少なくとも15分はサービスで仕事をしろ」と言われているようなものです。ですから、まずはそのことから取り掛かっていかなければいけないと思います。欠席等の電話連絡も8時15分以降にするか、必ずメールにしてもらうなどの対応が必要になるでしょう。メールチェックのためにも、やはり登校時間より始業時間がある程度早く設定されている必要があると思います。

こういうことを言うと、「日本人は真面目だから」などという何の根拠もない話が出てきたりします。しかし、まずは「働く時間は始業時間から終業時間までだ」という前提を作るべきです。

せっかくタイムカードのシステムが導入されたのですから。僕が働き始めてから30年以上、出勤簿に判子を押すという仕組みでした。ですから、働いている時間の公式な記録などどこにもなかったのです。これも、現在のブラック体質を作り出している一因かもしれません。僕自身、ずっと勤務時間という意識がありませんでした。それでも比較的早く帰るようにはしていましたが…。タイムカードもない状態で、みんなが働いているから「なんとなく働いてしまう」という体質ができたのでしょうね。そう考えると、やはり40代以上の先生たちには、そうした体質が染み付いているのだと思います。

それから、おかしいと感じたことや思ったことは、誰でも意見として言えるようにすることが大切です。長年やってきていることでも、考え直してみたら「やっぱり変だ」と思うことは他にもあるはずです。

例えば「空き時間」という言い方をしていますが、これもおかしいと思います。自分が授業を持っていない時間は、空き時間ではなくデスクワークをするための時間であるはずです。「空き時間」などという言い方をしているから、別のクラスの支援に行かされたり、補欠に行かされたりするわけです。

確かに、担任をしているときに休むこともありますし、そのカバーをしてもらうことは必要です。お互い様ということなのかもしれませんが、本来は、補欠に入ることができる余剰的な先生が雇用されているべきなはずです。今は、産休前に健診に行くこともできますし、不妊治療で休むこともできます。休みのスタイルも多様化してきているのですから、学校としては、余裕のある人員配置ができる体制にしておくべきなのです。そういうことをすべて現場の裁量権としているのも、本来的におかしいことです。

2025年11月3日月曜日

どうしたらブラックじゃなくなるのか

 僕の記憶の中では、40年前には、そんなブラックな状況ではなかったのです。学校は。

40年前って、まだ、ガリ版を切っている先生がいる時代です。ちなみに、一般で使われるようなワープロが出てきたのが、1980年代前半です。それまでは、和文タイプだって使われていました。僕も使った記憶があります。そんな時代でも、ブラックな感じはありませんでした。40年間の間に仕事量が増えたんだということです。ただし、このころは、土曜日も授業があり、半日は出勤していました。実際は、半日で帰るわけではなく、午後はたまった仕事をしていたというのが実情だったかもしれません。それでも、ブラックな感じはしていませんでした。

ゆとりと呼ばれる指導要領が失敗だったと言われ、その後に、授業時間が増やされ、指導内容も増えていきました。問題は、この時期に人員を増やすということをしなかったことが大きな問題を生み出したということです。業務量だけが増え、人員が増やされなかった。常識では考えられないようなことをやってしまったのです。

基本的に学校の先生は真面目なんです。融通がきないといってもいいかもしれません。与えられた新しい業務をしっかりとこなしてしまったのです。その上、結果も出してきました。政治家たちは、教育再生だなんて言っていますが、どんなに業務が増えても、それをこなし、目標を達成することができているのは、現場に、努力と能力があったからだと思います。学校は十分に成果を出していることを評価せず、教育再生などといったことを平気で口にする政治家も、このブラックといわれる原因の一つだと思います。

では、どうしたら、ブラックじゃなくなるんでしょう。まず、一つ一つ現場を変えていかなければいけません。朝、定時までにくればいいことを共通認識することから始めるべきです。そして、朝、どれだけの時間が必要なのかを考え、授業の開始時刻を決める。それだけでも、学校の状況は変わります。電話の応対も、始業時刻から始める。メールなどに目を通す時間を確保する。今まで以上に時間を要するようになっていると思います。そうやって、一つ一つのことを考えることから始めたらどうでしょう。

実際に、日々行われていることが様々な問題の上に成り立っていることを認識し、改善する努力が必要だと思います。

働き方に対しての意識を変えないと。

いつから学校の「働き方」は問題になったのか 働き方の問題が現場で話題になり始めたのは、2016年ごろだったと思います。 それ以前は、働き方が問われることはほとんどありませんでした。タイムカードすら存在せず、遅くまで仕事をして注意されることなど一度もなかった時代です。記録がないので...