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2025年12月25日木曜日

いろいろ問題があるけれど、根本的なことは何だろう

 

 教育に関する様々な課題をどうすればよいかを考えることが必要です。

 日本の教育と欧米諸国の教育の中で、一番異なっていることは何でしょう。

 特活です。給食、清掃などが教育活動だと考えられているのは、日本だけです。例えば、清掃ですが、子ども達がやるなどという国はありません。業者が入り、学校内の清掃を行っています。給食についても、先生が指導したり、監督したりするという国はありません。

 戦後、学校教育に潤沢に予算をかけることができない中で、子ども達の手を利用することを是として、清掃などは行われたのでしょう。もしくは、文化的な事柄なのかもしれません。予算をかけずに教育活動を行うための様々な工夫をしてきたのだと思います。一人の先生がすべてを教えるというのも、人件費を抑えるためには、とても効率的な方法なのだと思います。実際、他の欧米諸国と比較して、日本の教育予算はOECE加盟国の中で平均的な数値です。しかし、現在の日本は、それなりに豊かな国であることを考えると、イギリスやアメリカなどに大きく差をつけられていることは疑問視せざる得ません。

 教科担任制への移行ですら、教員の人数を大幅に増やすという選択肢をとって異なことなどからも、教育のためのコストはなるべくカットしたいという意識が見えます。

 まあ、政治家にとっては教育は票にならないことだととらえているんでしょうね。子どもが小学校や中学校を卒業してしまったら、親の関心は急速に低下します。教育について、市民が考えるのは、自分の子ども達のその時期だけなわけです。

 また、これまで政府が気にしてきたOECEの学力状況の調査でも、常に上位をとってきてしまったことなどが、課題なのかもしれません。コストをかけなくても、目標を達成してきたのは、先生たちの授業力の高さにあるわけです。まあ、文科省は現場がダメだから的発言をするような気がしますが、ダメな政策であっても、実現してきたのh現場です。

 先生は、授業をする人であり、子ども達の学力を高めるための人です。給食を配ったり、掃除をさせたりすることが美徳のように取り上げられていますが、それは、先生の仕事ではないはずです。

 そして、教科担任制を実施するなら、しっかりとした制度設計を行うことをまず考えてほしいものです。



2025年5月17日土曜日

クラブ活動

 特別クラブについては書きましたが、それとは別にクラブ活動というのがどこの学校にもあるような気がします。このクラブ活動ですが、実は、指導要領には書かれていないものだと思います。前々回の指導要領書き換えで、クラブ活動の時間は無くなったのです。文科省のやることとしては、珍しく「削除」されたと思ったのですが…。

現場はクラブ活動をなくすことはありませんでした。委員会活動とクラブ活動、いぞれも、現行の指導要領には、その規定が書かれていないと思いますが、それでも、学校は時間割の中にクラブ活動と委員会活動を入れています。確かに、教育委員会の調査などで、クラブ活動と委員会活動の時間をどれだけとっているかという調査項目があったりしますので、必ずしも、学校独自で、独断的に実施しているわけではないと言えます。確かに、委員会活動は月1回、クラブ活動は月2回程度ですので、全体の時間としては、あまり多い時間を割いているわけではないというのが、各学校の判断なのだと思います。子どもが自主性を発揮する場として、大切にしているというのが、存続させている理由なのかもしれません。学校の中で、何かを選択して、子ども達が活動できる数少ない場だというのもわかります。ですが、その姿勢自体に問題点が含まれているような気がします。

学校の基本姿勢は「子供たちのためになることなら」労力を惜しまない、です。

ですから、クラブ活動や委員会活動を継続しているのです。クラブ活動を実施しなくても、特別クラブに関して書いたように、少なくとも、都市部では学校でやっていること以上の敬家のをさせる場が用意されていると思います。また、小学校の先生は、それほど、多様な技能や知識を持っている人ばかりではありませんから、専門的に教えることは難しいものも多いと思います。今は、地域の人たちにボランティアをお願いすることもあります。スポーツに関する経験などを生かしてもらったり、陶芸や絵画など、趣味を生かしてもらっている場面も多くなっています。

ですが、実際は、実施時間も短く、満足のいくようなことができているか疑問です。

2025年5月13日火曜日

そうじ

 アラブ首長国連邦の学校で、日本の掃除をと入れたということが、報道されていました。

掃除に関しては、不明ですが、おそらく寺子屋などの時代から、子ども達が掃除をするということが日常的に行われてきたのではないかと思います。自分で汚したものは、自分で掃除をし、きれいな状態に戻す。日本の文化的な背景を考えれば、自然とおこなわれていたのかもしません。寺子屋自体、寺社などを中心に行われていたのでしょうから、そこから考えると、発送的には自然なことだと思います。

行き過ぎると、子ども達にトイレの掃除をさせた方がよいという意見などが出てきます。実際、ある教育長の時にその話が出され、実験的に何校かで実施したことが記憶にあります。なし崩し的に消えていきましたが…。

欧米の学校では、掃除は、大人がする、清掃業者が入ってすることになっているようです。本来的には子ども達に掃除をさせるのはおかしいと思います。それも、社会的な経験だということになるのかもしれませんが、指導要領には、どこにも掃除をしろだなんて書いてなかったような気がします。日本がまだ経済的に貧しかった時には、必要悪だったかもしれませんが、少なくとも、経済大国といわれるようになってからは、子ども達の掃除の必要性はなかったのではないかと思います。

実際、低学年の子ども達が掃除をしたところで、きれいになるわけではありません。未だに、水で濡らした雑巾で教室や廊下を拭いていますが、あれだって、ワックスを落としているだけで、きれいになるわけではないと思います。

最近は、ようやくワックスは業者に委託できるようになりました。それまでは、ポリッシャーをかけ、ワックスや汚れを剥離し、それから、ワックスをかけるまでを先生が行ってきました。そういう仕事をしているとき、これが先生の仕事なのかと疑問に思っていました。ですから、管理職になった時に、学校用務員にその仕事を割り振った時もあります。拒否されたこともありますが…。その後、業者に業務委託できるように教育委員会が変えてきました。

学校が何をする場所なのかということを考えることも大事です。そして、今の子ども達にできることとできないことがあるのも理解すべきではないでしょうか。

掃除をしているときの怪我も増えていると思います。特に、雑巾がけなどは、その典型です。体を保持できず、顔から床に落ちてしまう子供もいます。

掃除も学習だという考え方は、21世紀の学校にはそぐわない気がします。

働き方に対しての意識を変えないと。

いつから学校の「働き方」は問題になったのか 働き方の問題が現場で話題になり始めたのは、2016年ごろだったと思います。 それ以前は、働き方が問われることはほとんどありませんでした。タイムカードすら存在せず、遅くまで仕事をして注意されることなど一度もなかった時代です。記録がないので...