僕の記憶の中では、40年前には、そんなブラックな状況ではなかったのです。学校は。
40年前って、まだ、ガリ版を切っている先生がいる時代です。ちなみに、一般で使われるようなワープロが出てきたのが、1980年代前半です。それまでは、和文タイプだって使われていました。僕も使った記憶があります。そんな時代でも、ブラックな感じはありませんでした。40年間の間に仕事量が増えたんだということです。ただし、このころは、土曜日も授業があり、半日は出勤していました。実際は、半日で帰るわけではなく、午後はたまった仕事をしていたというのが実情だったかもしれません。それでも、ブラックな感じはしていませんでした。
ゆとりと呼ばれる指導要領が失敗だったと言われ、その後に、授業時間が増やされ、指導内容も増えていきました。問題は、この時期に人員を増やすということをしなかったことが大きな問題を生み出したということです。業務量だけが増え、人員が増やされなかった。常識では考えられないようなことをやってしまったのです。
基本的に学校の先生は真面目なんです。融通がきないといってもいいかもしれません。与えられた新しい業務をしっかりとこなしてしまったのです。その上、結果も出してきました。政治家たちは、教育再生だなんて言っていますが、どんなに業務が増えても、それをこなし、目標を達成することができているのは、現場に、努力と能力があったからだと思います。学校は十分に成果を出していることを評価せず、教育再生などといったことを平気で口にする政治家も、このブラックといわれる原因の一つだと思います。
では、どうしたら、ブラックじゃなくなるんでしょう。まず、一つ一つ現場を変えていかなければいけません。朝、定時までにくればいいことを共通認識することから始めるべきです。そして、朝、どれだけの時間が必要なのかを考え、授業の開始時刻を決める。それだけでも、学校の状況は変わります。電話の応対も、始業時刻から始める。メールなどに目を通す時間を確保する。今まで以上に時間を要するようになっていると思います。そうやって、一つ一つのことを考えることから始めたらどうでしょう。
実際に、日々行われていることが様々な問題の上に成り立っていることを認識し、改善する努力が必要だと思います。
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