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2026年2月26日木曜日

一人一人に応じた教育、とても大事ですよ。心配なこともあるけれど。

 

一人一人に応じた教育の実現に向けて、文科省は様々なケースを挙げ、学校現場に対応を求めています。各自治体の教育計画も同様の方向性を示しています。 外国籍の子ども、経済的な配慮が必要な子ども、個別支援教室や情緒支援級で学ぶ子ども、発達障害やギフテッドと呼ばれる子ども、不登校やその傾向にある子ども――。どのような子どもに対しても合理的配慮は必要であり、適切に対応すべきです。その理念は、間違いなく「正しい」ものです。

しかし、なぜ今になってこの問題が強く叫ばれるようになったのでしょうか。その発端は、2022年に国連の「障害者権利委員会」から日本が受けた厳しい指摘にあります。国連は、現在の日本の個別支援学級を「分離型の教育」であり、フル・インクルーシブとはかけ離れた制度だと批判しました。

日本の個別支援学級が、世界のインクルーシブ教育の潮流と異なっているという国連の指摘は、もっともな部分があります。ただ、問題の根本は別のところにあります。それは、日本の教育制度が長年「コスパ(費用対効果)」ばかりを重視してきたという事実です。

私たちは、戦後の経済力がない時代に作られた枠組みを、未だに使い続けています。少ない教員に多種多様な業務を押し付けられる「35人学級」や「個別支援学級」のシステムは、お金を出す側からすれば、これほどコスパが良く、ありがたい仕組みはありません。そして皮肉なことに、**現場の教員たちが身を削って「それなりの成果を上げてきてしまったこと」**が、この古い制度を温存させる最大の原因になっているのかもしれません。

さらに、教育予算の財源を「地方交付税交付金」という一般財源に頼っている仕組みにも問題があります。国が教育費として計算した予算であっても、各自治体の財政事情によっては全く別の事業に使われてしまうのが現状です。

「障害者差別解消法」が施行され、誰もが合理的配慮を求められる社会になりました。国として条約を批准し、社会全体で共生を目指す以上、文科省や教育現場だけがその波から逃れることは許されません。

私が危惧しているのは、十分な予算的配慮も、現場を支える「人的な保障」もないまま、理念だけが先行し、学校にさらなる圧力がかかってくる未来です。このままでは現場が破綻してしまうのではないかと、心配でなりません。

2026年2月25日水曜日

「一人一人に応じた教育って、今のままでできますか。


2月も終わろうとしています。学校では今年度のまとめをしつつ、来年度への準備も始まっていることと思います。来年度の準備と言っても、今の時期は校長が次年度の構想を練ったり、教育課程の日程を組んだりすることが中心になるでしょう。

さて、現在文科省が中心となり、「一人一人に応じた教育」を推進することになっています。しかし例のごとく、理念ばかりが先行し、それを実現するための予算の手当てが伴っていないように見受けられます。

確かに、全学年で35人学級が実施されたことは大きな一歩かもしれません。しかし、現場の感覚からすれば35人は依然として多いのが実情です。これだけで「一人一人を見るための条件が整った」とは到底言えません。先進諸国と比較しても、一つの教室にいる子どもの数としては明らかに多い水準にあります。

文科省はよく全国平均を用いて「1学級22人」という数字を挙げます。これならば先進諸国と同等に見えますが、あくまで平均値のトリックです。都市部の学校では35人ぎりぎりの教室がひしめき合っている一方で、過疎化が進む地域では35人が全校児童数というケースもあり、全国平均で語ることにまったく意味はありません。

では、現状からさらに踏み込んで「35人を30人に」できるかといえば、それは不可能に近いと言わざるを得ません。

理由は大きく二つあります。一つは「教員不足」です。これは当面解消のめどが立たない深刻な課題です。

そしてもう一つが「ハードウェア(施設)の問題」です。都市部の学校では、教室の絶対的な不足が起きています。自治体は6年先までの推計児童数に基づき計画を立てますが、一部の地域では予測を超えて児童数が増加し続けています。

さらに首都圏などでは、児童数が飛躍的に増加した時代(1950〜70年代)に建てられた校舎が一斉に建て替えの時期を迎えています。しかし、建設費の高騰に加えて建築基準が変更されているため、「これまで4階建てだった校舎が、建て替えると3階建てにしかできない」といったケースが多発しているのです。児童数が増え、35人学級化などで必要な学級数も増えている中、建て替えすら一筋縄ではいきません。その結果、21世紀の今の時代にあっても、運動場に簡易的なプレハブ校舎を建てて急場を凌ぐ事態となっています。

教員不足も教室不足も、一朝一夕には解決しない中長期的な課題です。そうであればこそ、国はもう少し先を予見し、実効性のある施策を立てるべきだったのではないでしょうか。

このような厳しいハード・ソフトの現状がある中で、果たして本当に「一人一人に応じた教育」など実現できるのでしょうか。

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