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2026年3月3日火曜日

働き方に対しての意識を変えないと。


いつから学校の「働き方」は問題になったのか

働き方の問題が現場で話題になり始めたのは、2016年ごろだったと思います。 それ以前は、働き方が問われることはほとんどありませんでした。タイムカードすら存在せず、遅くまで仕事をして注意されることなど一度もなかった時代です。記録がないのですから、自分がどれだけ残業しているかを気にする習慣もありませんでした。

子ども達が下校し、会議が終わって、ホッとする。 それからお茶を飲みながら、クラスの様子や子どもたちのことを同僚と語り合い、自分のペースで事務処理を進める。仕事が終わってから帰りたい職員もいれば、残って仕事を続けたい職員もいる。夕方の職員室には、比較的ゆったりとした時間が流れていました。

変わる職員室と、過去の記憶

教育委員会が時間外勤務の実態把握と縮減に本腰を入れ始めたのは、2020年ごろではないでしょうか。各学校へ統計数値が送付され、会議の場でも具体的な改善が求められるようになりました。

つまり、2020年以前から教員をしている人たちは、旧来の「ゆったりとした」タイムスケジュールを体で覚えているのです。日中が過密スケジュールだからこそ、夕方以降は少しリラックスして、のんびり自分のペースで仕事をしたいという気持ちになるのも理解できます。

また、終業時間が「16時45分」という点も影響しています。春から秋にかけてはまだ外が明るく、「まだ時間がある」という心理的な要因から、ついつい学校に残って仕事をしてしまうのです。


時間を意識する仕組みと、AIによる業務効率化

しかし、解決策は確かにあります。

一つは、「先生たちに時間を意識してもらうこと」です。 私は学校を異動するたびに、職員室でチャイムが鳴るように設定してきました。16時45分、17時45分、18時45分、そして最後は20時。音で時間を区切ることで、意識は確実に変わります。

もう一つは、「最新ツールによる業務効率化」です。 今は、テストをスキャンするだけで自動で誤答を見つけ、点数集計までしてくれるシステムがあります。週案も5分で作れます。さらに、保護者へのお手紙の文面、企画書、指導案の作成などは、AIが強力にサポートしてくれます。工夫次第で、仕事は大幅に効率化できるのです。

ベテランと管理職が背中を見せる

こうした改革は、40代、50代の中堅・ベテラン教員が先頭に立って実践しなければ、職員室の雰囲気は決して変わりません。そして言うまでもなく、校長自身がそのトップに立つべきです。

毎年4月になっても教員不足が解消されないという深刻な事態を防ぐためにも、働き方の改善は、今すぐ取り組むべき「急務」なのです。

2026年3月2日月曜日

仕事の進め方について、考えていたのは、こんなこと。

皆さんは、日々の仕事の進め方でどんなことに気を付けていますか?

学校現場は、年度末から年度初めにかけてが一番忙しい時期ですよね。担任は通知表だけでなく指導要録を書かなければなりませんし、新しい学年の学級編成の準備もあります。子どもたちの引き継ぎ業務も必要です。他にも、処理しきれていないテストやプリントなどが残っているかもしれません。

そんな多忙な中で、僕は仕事を進める上で「2つのこと」を大切にしていました。


一つ目は、「目の前の仕事を一つひとつ確実に終わらせること」です。
学校には細々とした案件が多く、並行して進めなければならない仕事も山のようにあります。人員に余裕があれば手分けもできますが、現実にはなかなかそうはいきません。だからといって、マルチタスク風にいくつもの仕事を同時進行していると、どうしても抜け漏れが生じやすくなります。だからこそ、必ず一つひとつを完結させながら仕事を進めることが大切だと考えてきました。

二つ目は、「15分を1単位として考えること」です。 15分間というのは、人が確実に集中できる時間の単位だと思います。たとえば、30分かかる仕事は「2単位分の仕事」と考えます。その日の終業時間までに「あと何単位分の時間があるか」を逆算し、どの程度の業務を処理できるか算段をつけて、必ず時間内に終わらせるようにしていました。 もちろん、この進め方にはTODOリストが欠かせません。さらに、経験を重ねて「1単位(15分)で自分がどの程度の業務を処理できるか」を把握しておくことも重要です。

今はAIを活用できる時代になり、大幅な業務の時短が可能になっています。テストの採点処理や週案の作成なども、おそらく5分、10分の仕事になりつつあるでしょう。そのため、私の過去のやり方自体はもう参考にならない部分もあるかもしれません。ですが、「時間の使い方」や「仕事の手順を組み立てること」の重要性については、今の時代の先生方にもぜひ考えてみていただきたいなと思っています。

2026年2月22日日曜日

定時退勤のメリット・学ぶ側の心理を知る重要性

定時退勤の最大のメリットは、自分のための時間を作れることです。それだけで心身ともにリラックスできますし、学校の出来事や子どもたちのことを一旦忘れる時間を持つことを強くお勧めします。オンオフの切り替えがしっかりできれば、日々の辛い気持ちも少しずつ軽減されていくはずです。

そしてもう一つお勧めしたいのが、文化的なことやスポーツなど「何かを学ぶ時間を作る」ことです。これは単なるリフレッシュの目的だけでなく、「自分が学ぶ側に回る」という点に大きな価値があります。 例えば、トレーニング中にトレーナーから的確な一言をかけられると、それだけで内容が大きく改善することがあります。自分だけでは気づかない点を指摘される効果です。私たちは普段、常に「教える側」にいるため、どのような指導が本当に効果的なのかを客観的に実感しにくくなっています。だからこそ、自分が学習者の立場に立ってアドバイスを受ける経験が不可欠なのです。

また、指導者によって指摘の仕方や技術的な説明の仕方は千差万別です。「どう教えられると理解しやすいか」を自分自身で体感することは、日々の授業や生徒指導の引き出しを増やすことに直結します。

さらに、自分自身が「上達する喜び」を再確認することも非常に大切です。子どもたちは誰もが「上達したい」「理解したい」と望んでいます。彼らに諦めさせることなく、少しでも前進している事実を伝えてあげることは大きな意味を持ちます。学年が上がるにつれて学習に諦めを抱く子どもを出さないためにも、まずは先生自身が学ぶ側になり、励まされ、褒められる経験を味わってほしいと思います。

朝が早い職業なのですから、一般の人よりも早く帰宅できるのは当然の権利です。この環境をチャンスと捉え、ぜひ定時に帰り、ご自身の時間を最大限に有効活用してください。

2026年2月18日水曜日

教員採用試験って、どうなっていくのかな

ネットニュースなどで、様々な地域の来年度の教員採用試験に関する情報が出始めています。

教員採用試験は、この40数年間に大きく変容してきました。僕が採用試験を受けたのは1981年です。この年は、試験内容が大きく変わった年でした。実技試験が実施されるようになったのです。記憶が定かではありませんが、オルガンでの弾き語りや水泳、器械運動などが試験科目にあったような気がします。いくつかの自治体を受験したのですが、どこも同じような試験内容でした。

ちょうどこの頃、前時代の大量採用が終わり、採用者数が「激減」したのだと思います。採用枠が狭き門になったからこそ、一人ひとりをじっくり見る実技試験を実施できるようになったわけです。僕の上の世代はまさに大量採用時代で、地方まで教育委員会の人が学生の勧誘(あいさつ回り)に来ていたこともあったようです。

その後、1990年代になると教員採用がほぼなくなり、採用数が極端に少ない「氷河期」を迎えます。今の50代の先生方は、本当に大変だったと思います。臨任(臨時的任用教員)を何年も続けながら、採用試験に挑戦し続けた方も多かったはずです。

それが、2000年を過ぎたあたりから再び状況が変わってきます。第2の大量採用時代の到来です。当時のベビーブーム世代が一斉に定年退職を迎えたことから始まりました。さらに、35人学級への移行に伴う教員の需要増も拍車をかけています。

これまでにも何度か触れてきましたが、SNSで広まった教員のブラックな働き方のイメージや、民間企業の好景気、少子化による若者の減少などが重なり、現在に至るわけです。

現在の採用試験ですが、各教育委員会はともかく「受験者を集めること」に腐心しています。一歩間違えれば定員割れを起こしかねない状況ですからね。今後は実質的に、一次試験(筆記)が無くなっていく流れになるのかもしれません。

でも、本当にそれでもいいのかなぁと思います。「先生としての最低限の学力が保証されなくてもいいのだろうか」「ペーパーテストの結果なんて関係ない、という声もあるかもしれないけれど…」と。 ただ、現場で教員が「1人不足する」ことのダメージがあまりにも大きい現状を考えると、多少なりとも目をつぶって人数を確保しなければならないのも事実です。ここは非常に大きなジレンマですね。

でも、試験のハードルを下げるような小手先の対策よりも、本当は「教員という仕事がこれだけ魅力のある職場なんだよ」とわかってもらうことの方が、ずっと大切だと僕は思っています。

2026年2月12日木曜日

これからの先生たちの働き方について考えてみたい


これからの先生たちの働き方について考えてみたいと思います。

先生の仕事の中核は「授業」です。何よりも優先すべきは授業です。 今後、AIの導入によって授業の形は大きく変わるでしょう。しかし、「AIを活用するための基礎力」を育てるという本質は、何ら変わるものではありません。

「読む力」「書く力」。これらはAI活用の授業になっても不可欠です。AIへの指示(プロンプト)が音声であれキーボードであれ、的確に入力するためには言語的な基礎力が求められるからです。また、そもそも「問いを立てる(疑問を持つ)力」も必要であり、そのためには基礎知識も欠かせません。 これらは現在の授業でも重視していることです。つまり、AI時代になっても「授業をしっかり行う」という重要性は変わらないのです。

子どもたちが疑問を持ち、それを解決しようとすること。 今まで以上にこうした姿勢が必要になります。授業では子どもたちにしっかりと考えさせ、その手段としてAIを使わせていくべきでしょう。

一方で、授業以外の事務作業はDXによって大幅に削減できるはずです。 テストはスキャンして自動採点し、文書作成もAIで大方解決できます。指導案、教材、習熟度確認プリントなどもAIが作成してくれるようになるでしょう。評価業務も、日々のデータ入力さえ行えば、集計・分析はAIが担ってくれます。 ドリルはAIドリルに、行事計画書やしおり作成もAI活用で効率化できます。すでに週案などは専用ソフトでかなり楽になっている実感があります。

こうして事務作業の多くをAIに任せることで、先生は本来の仕事である「授業」に集中できるのではないでしょうか。 全国的な進捗状況は様々ですが、「授業こそが先生の仕事である」ということは間違いありません。 もちろん保護者対応など、他にもやるべき業務はありますが、「先生は授業をする人だ」ということを社会全体で再認識し、そこに集中できる環境をつくることが大切だと思います。

2026年2月8日日曜日

働き方改革の実態

  働き方改革は進んでいないのが実態じゃないでしょうか。統計的な値では進んでいることになっています。例えば、月の時間外労働時間が減っている。月に45時間以上勤務している人の割合が3割以下になった。これらは、教育委員会を通して、文科省に伝わっているデータです。実際、時間が労働の時間が減少しているのは事実だと思います。働く時間を短くするための努力は、各自していると思うのです。学校の組織としても、午前中5時間を実施し、子ども達の下校時間を少しでも早めようと努力したり、会議をなくしていこうとしたり、校内の授業研究会を止めたりとか、ともかく時間外労働時間を減少させることに取り組んでいると思います。

 しかし、これって、何ら抜本的な改革ではないわけです。教育DXを進めることで、労働時間の短縮を図ることも同時に進んでいます。教育DXの効果は抜群だと思います。例えば、週案の作成時間を極端に短くすることができるようになりました。テストの丸つけも、スキャナで読み込み、画面上での採点を行い、数値処理はアプリにお任せできるようになってきました。図工の評価も、デジカメでプロセスをとり、評価に活用することで、メモだけではわからない部分を見ることができるようになっています。体育でも同じことが言えます。成績の評定なども、ちょっとした記録だけで、解決することができるようになっています。グループウェアの活用も、会議や情報の共有化という点では各自に進んできています。

 50代よりも上の人たちからすれば、これらのことは、非常に働き方改革を進める上で大きな効果を上げていると感じると思います。

 しかし、40代よりも下の先生たちにとっては、これらは、当たり前のことであり、別段驚くようなことではないのです。スマホが普及し、デジタル情報を処理することに慣れている先生たちにとっては、アナログだらけだった教育現場の方が不思議な正解だったかもしれません。通知表に文章での起債が無くなったことで、通知表を作る時間が何十時間も減っていく。すごい改革だと思うのですが、最初から文章での記載がない先生たちにとっては、何ら改革ではなく、通知表は大変な仕事なのです。

 働き方改革を進めるためには、定数法の改正が必要です。これまで、何十年もの間、仕事量を増やしたにもかかわらず、教員の定数をまったく増やしてこなかったことのつけが回ってきているのです。もちろん、やっていることややらされていることを減らしていかなければどうにもならない面もあります。

 表面的には働き方改革が進んでいるように見えるかもしれません。しかし、それは、表面的なことだけであり、数値の問題だけなのだと言いたいです。


2026年2月5日木曜日

卒業文集書かなきゃだめですか。

 卒業文集って、年々大変な作業になってきたような気がします。大変がたくさんありすぎます。
 まず、書かせることが大変です。これは、学校によって異なってきます。学校間格差って、実際にあります。全体的に学力が高い学校では、書かせることにそれほど問題はないのです。でも、書かせるのが大変な子どもが何人もいろと、時間も手間もかかってしまいます。一文ずつ、一対一で聞き取りながら、先生が子どもの行った言葉を書き留め、進めたこともあります。そして、先生がまとめて、それを書き写させるという作業になります。パソコンを使わせて書かせたこともあります。その方が、手書きで作るより楽なのは間違えありません。手書きの場合、鉛筆ではなくペンでの清書になります。間違えると、修正テープで修正します。一文書いた後に、気がつけばよいのですが、下記進めてからの修正は、修正テープでは間に合わず、原稿を切ったり、はったりしながらの作業になります。
 書き終わってから、家に持ち帰り、原稿を家庭で見てもらいます。保護者が了解できる内容化をチェックしてもらうわけです。この部分は、書いてほしくないということを見てもらうわけです。
 その次に、他の担任や副校長、校長にも読んでもらい、不適切な表現がないか、差別的な表現がないかをチェックしてもらいます。ここまでの作業を1カ月くらいかけて行っています。
 働き方改革だから、やめようというよりは、作業が煩雑になり、それでも、書き終わってから問題になるようなことが出るようになってしまったことが大きな理由だと思います。不適切な表現が問題視され、回収などの例も出てきました。
 一番問題になりやすいのは、クラスのページかもしれません。クラスの○○ランキングなどがよくありますが、その中に問題になることが隠されていたりするわけです。ですので、クラスのページをなくすということもあるかもしれません。子ども達には悪意がなくても、大人が見た時、問題だということも多くあるわけです。
 そして、一人一人かかる時間に差があることも問題なのでしょう。早く終わる子は、さっさと仕上げてしまいます。その子たちがクラスのページを作っていることが多いのですが、そのことも、問題になると思います。

 今や、卒業アルバムも問題になっていると思います。値段も高いです。アルバムも意外と編集に時間がかかります。全員が同じような枚数で乗せられているのかをチェックしたりするからです。名簿を片手に、誰が何枚写っているとチェックするんです。これも、クレームが付くポイントです。
 そういう時間の使い方をするより、卒業までの時間を思い出に残るものにしようという意図が、アルバムや文集づくりをやめる最大の理由だと思います。
 卒業アルバム、文集、作らなきゃダメですか。

2026年1月24日土曜日

AIに聞けば、授業の組み立てを教えてくれますか。

 


3年生の算数の中に、三角形の単元があります。これを例に考えましょう。

 従来の授業では、ものさしや色紙などを利用して、実物を生かして、学習を進めてきました。この学習の中で、コンパスの利用などもしていったと思います。


 しかし、ipadを利用するようになり、授業自体が変わってきています。ipadを利用した場合、それぞれがどのような作業をしたり、考えたりしたことを簡単に共有することができるようになっています。また、教材を簡単に配布できる点も、先生にとっては、よいと思います。

 AIは、これまで通りの授業の展開も、ipadを利用した場合の授業の展開も考えてくれます。また、どのような資料を用意しておけばよいかも、教えてくれます。それぞれの場面や考え方に応じて、利用法を紹介してくれるのがとても便利だと思います。


 ともかく小学校の先生は、複数教科の授業をしなくてはなりません。それを考えると、AIをサポートに使いながら、授業の準備をすればよいと思います。また、ipadを使った場合や使わなかった場合のメリット、デメリットもはっきりさせることができるのもよいと思います。

2026年1月13日火曜日

cocoa先生が考える。AI使ってみるだけでいいですか。

  cocoa先生です。



 最近は、AIにはまっています。ようやくなんですけどね。とても楽しい体験だと思います。cocoa先生のキャラクターを作ってもらったり、ブログに書いた文章をイラストにしてもらったり、漫画にしてもらったりしています。

  一回では、なかなかイメージ通りにはいきませんが、何回か修正をかけていくと、だいぶ完成度が高くなっていると思います。

 授業にどう使っていけるのかは、まだわかりませんが、事務的な仕事には十分に対応できると思います。おそらく、作文の評価だとか、通知表に記載する文章などは、AIで処理できるでしょうね。もちろん、学級通信なんて言うのも、簡単に処理してくれるでしょうし、統計的な処理もお得意だと思います。

 テストの採点処理もできるんだろうと思います。それだけではなく、日常的な学習の評価も、使い方次第で十分処理してくれるのではないかと思います。

 まあ、ここで、ストップがかかるとすると、個人情報をAIで処理してよいのかということでしょうね。ただ、様々なことを試していかないと、何ができるのか、どうプロンプトを書けばよいのか分かりませんよね。実際に仕事上、こんなことができるというのを実証していかないと授業での利用などできないのではないかと思います。先端にいる人たちに、考えてもらえばよいということなら、それも考え方ですが。でも、せっかく新しいツールを手に入れたわけですから、より多く使っていくことも解決手段だと思います。

2025年12月29日月曜日

元校長が考えたこと。まだ、明るいのに帰っていいですか。


 


 教員の勤務時間は、始業時間は8時から。終業時間は16時半までになります。冬の季節は、16時半でも、暗い時期もありますが、春から、秋にかけての16時半は、結構明るいんですね。それに、世間の人たちはまだ働いている時間だと思うと、まだ仕事をしなくちゃいけない感覚になるんです。でも実際は、8時から始まる仕事なので、ちゃんと7時間45分働いているわけです。休憩時間を含むと8時間30分、仕事をしています。ですから、明るく経って、終業時間が来たら、仕事を終えることができます。それに、教員は、残業をしない前提で、給与体系が決まっているので、よく話題になるように、すべてがサービス残業になります。残業手当がないからです。

 朝、早くから働き、夕方は早く帰ることができるのは、働き方としては、とてもよいと思います。ライブに行こうと、スポーツ観戦をしようと、カフェでコーヒーを飲みながらスマホを見ようと、友達と飲もうと、すべて時間は自由であるはずなのです。でも、そういう時間の使い方をしているという声はあまり聞きません。別に早く帰る人がいても、そのことを批判するようなことはないと思いますが、どうも、明るい中帰宅するのが後ろめたくなるのではないでしょうか。別に、空が早く暗くなる時期は、早く帰るわけでもないので、太陽の位置と仕事を終わらせる時間に関係性があるのか、どうかははっきりしませんが…。

 教員採用試験のことが話題になります。なかなか先生になってくれないと。以前も書きましたが、夏休みをとれることをアピールするのと同じように、終業時間が早いことも、本当はアピールできることだと思います。都市部には、山ほどのエンターテインメントがあります。それらを十分楽しむことができる勤務時間であることは、アピールするに足りる魅力だと思います。ペットや友人のと過ごすこともよいでしょうし、何かを学ぶことに時間を使ってもよいと思います。スポーツジムに行けば、様々な体験ができます。外国語を習得し、キャリアアップを図るのもよいと思います。

 先生の勤務時間は、とても魅力的だと思います。そうできるように、定時退勤が基本になることが大切です。そして、そのことは仕事の魅力の一部になるはずです。

 

2025年12月25日木曜日

いろいろ問題があるけれど、根本的なことは何だろう

 

 教育に関する様々な課題をどうすればよいかを考えることが必要です。

 日本の教育と欧米諸国の教育の中で、一番異なっていることは何でしょう。

 特活です。給食、清掃などが教育活動だと考えられているのは、日本だけです。例えば、清掃ですが、子ども達がやるなどという国はありません。業者が入り、学校内の清掃を行っています。給食についても、先生が指導したり、監督したりするという国はありません。

 戦後、学校教育に潤沢に予算をかけることができない中で、子ども達の手を利用することを是として、清掃などは行われたのでしょう。もしくは、文化的な事柄なのかもしれません。予算をかけずに教育活動を行うための様々な工夫をしてきたのだと思います。一人の先生がすべてを教えるというのも、人件費を抑えるためには、とても効率的な方法なのだと思います。実際、他の欧米諸国と比較して、日本の教育予算はOECE加盟国の中で平均的な数値です。しかし、現在の日本は、それなりに豊かな国であることを考えると、イギリスやアメリカなどに大きく差をつけられていることは疑問視せざる得ません。

 教科担任制への移行ですら、教員の人数を大幅に増やすという選択肢をとって異なことなどからも、教育のためのコストはなるべくカットしたいという意識が見えます。

 まあ、政治家にとっては教育は票にならないことだととらえているんでしょうね。子どもが小学校や中学校を卒業してしまったら、親の関心は急速に低下します。教育について、市民が考えるのは、自分の子ども達のその時期だけなわけです。

 また、これまで政府が気にしてきたOECEの学力状況の調査でも、常に上位をとってきてしまったことなどが、課題なのかもしれません。コストをかけなくても、目標を達成してきたのは、先生たちの授業力の高さにあるわけです。まあ、文科省は現場がダメだから的発言をするような気がしますが、ダメな政策であっても、実現してきたのh現場です。

 先生は、授業をする人であり、子ども達の学力を高めるための人です。給食を配ったり、掃除をさせたりすることが美徳のように取り上げられていますが、それは、先生の仕事ではないはずです。

 そして、教科担任制を実施するなら、しっかりとした制度設計を行うことをまず考えてほしいものです。



2025年12月23日火曜日

心の病


  他の職種より、学校の先生がメンタルな面でお休みに入ってしまうことが多いと、言われています。全国統計でもそれははっきりしていますが、実感として、メンタルの不調を訴え、お休みに入る例を多く見聞きします。

 小学校は、学級担任制を基盤としていますから、メンタルの不調を訴える先生が多く出るのも理解できます。学級担任制は、初任の先生だろうが、ベテランの先生だろうが、関係なく、学級全体に対しての責任をもつことになります。その重圧は、かなり重く、学級経営が上手くいっていないときには、教室に向かう廊下や階段が遠く感じます。

 その重圧を小さくするために、チーム学年・学級経営などというものも出てきているのだと思います。ですが、どのような形をとっても、今の体制では、メンタルの不調を訴える先生は減らないような気がします。

 もともと、学校という権威を利用し、その権威を背景に先生たちは学級経営をしてきたわけです。先生の言っていることは絶対とは言いませんが、先生が言うことは子ども達の考えの指針となるものだったはずです。ところが、今の子ども達にとって、権威を背景にしての指導は通用しなくなっていると思います。子ども達も多くの情報に触れています。塾に通っている子供も多いですし、楽しい授業や分かりやすい授業をすることが、とても大切になっていると思います。そういうことができないと、授業に集中できない子供が増え、学級を制御できなくなるのです。



 学校運営をする中で、低学年から、高学年まで、いろいろな視点を持たなければいけませんが、どの先生をどこに配置するかが大きなポイントになると思います。低学年から、授業を楽しませることができなければいけませんが、段階により、楽しませる手法や方法が異なっています。それを考え、学校運営をすることが、まずは大事になると思います。

2025年12月22日月曜日

会議をする必要があるのか。

  

 学校は会議が大好きです。ともかく、会議をするわけです。会議をいくつかに分類しましょう。

〇職員会議 これは、学校教育法施行規則に書かれているので、まあ、やるんでしょうね。ただ、形骸化している気がします。一つは、事前会議を実施していたり、パターン化している行事の説明など、会議と言っても、話し合うようなことはほとんどありません。

〇運営委員会・教務会・主幹会 運営委員会とか、企画会とか言われるもので、職員会議の事前会議のような性質を持っています。教務会とか、主幹会の形で行われることもあります。事前会議だと、意見が言いやすいし、そこで、修正ができるようにという意図で行われるものです。教務会や主幹会は、校長、副校長、主幹で行うもので、職員会議に乗らないような話も、出てきますし、幹部会議的な性質なんでしょうな。

〇学年研 小学校では、担任+その学年に割り当てられた専科の先生で行うことが多いですね。この会議は、長くなりやすいですね。話す内容が明確でないときも多いんです。おしゃべりをしているわけではないのですが、子どものことを話したり、教科の進度を話したり、行事の分担をしたりと、内容が豊富だと言えるかも。若手にとっては、様々な対処法を学ぶ機会なのですが、ベテランには、ああ、あれね。という感じの会議でもあります。

〇いじめ関連 これは、文科省、教育委員会が命じている会議です。いじめを防止するために、その要素がありそうなことを話したり、実際にいじめについて、経過報告をしたります。

〇特別支援関連 特別に支援を必要としている子供について、情報共有をしたり、現状を報告したり、対応を報告したりする会議です。全体でやることもありますし、該当者だけで実施することもあります。担任+学年+教務主任+児童指導選任+養護教諭などで実施していることがおおかもしれません。

〇行事関連委員会 入学式・運動会・学習発表会・卒業式などについて、話し合うために実施することがあります。最近は、あまりやらなくなっているような気もしますが。

〇これ以外に研究会というのがあります。授業研究と称して、研究授業・指導案検討などをやっている学校も多い気がいます。

〇複数校での研究会 小学校同士、小中学校での合同研究会が年に何回か実施されることもあります。

〇上記以外にも、教科研究・領域研究・児童指導等に関する会議など、まだ、何種類かの会議を抱えています。

 問題は1週間は5日間しかないことです。上記のような会議を当てはめていくと、毎日会議をやっていても、おかしくない状況があるのです。実際には、これらの会議をやらなくても、学校は十分に運営されていくのです。でも、そうならないのは、常に、前例踏襲が大好きな学校の体質的問題でしょう。

 でも、これらを改善していかないと時間が足りないということになります。

 もう一点。会議の運営の仕方が悪いということも言えます。目的が明確ではない。プレゼンがしっかりできていないなど、問題点は山積みです。


2025年12月20日土曜日

現状で教員になりたいと思うのでしょうか?

 


僕が教員採用試験を受けたころは、採用数が減り始めたころでした。僕が採用試験を受けた年から、実技試験が導入され、オルガンを弾きながら歌ったり、水泳をしたり、器械運動をしたりしました。採用数が減り、それだけの内容があっても、採用されたがる学生は試験を受けに来るだろうと教育委員会が考えたわけです。

数年前に実技試験はなくなりました。想像される理由は、ここの市や県は実技試験があるから面倒だよね。実技試験がないところを選ぼう。という学生の動向を考え、順番に実技試験をやめることになったのだと思います。

もう数年前から、徐々に採用しけ権を受ける学生の数は減ってきていたのです。そして、自治体間での競争が激しくなってきていたのだと思います。

小学校の教員免許をとることができる大学は確実に増えています。僕が大学生だったころは、首都圏で各国立大学と10校前後の私立大学での取れただけだったと思います。少なくとも、今はその倍以上の大学で免許をとることができるようになっているのではないでしょうか。

ということは、免許を保有している学生の数は確実に増えているのです。

でも、教員採用試験を受ける学生の数は減る一方なわけです。

仕事を選ぶ基準を考えれば、そうなるのもうなずけます。

賃金・福利厚生・職場の透明度・雰囲気・やりがい・休暇



など、いくつかの要素が考えらえると思います。教員になって十分満たされそうなのは、やりがいかもしれません。しかし、上げた要素の中でやりがいが魅力になっているとしたら、やはり採用試験を受けることは難しいかもしれません。教員免許をとるためには、教育実習を3週間なり、4週間行っています。ですから、少しは、学校の雰囲気、今の子ども達の様子などを体感していると思います。先生たちのピリピリした感じや遅くまで仕事をしている様子を知って、なおかつやりがいだけを求めて仕事に就くことを選択するとは、思えません。ましてや、売り手市場だと言われる労働市場で、難しいことではないかと思います。

賃金が大幅に増やせないなら、夏休みなどを強調すればよいのだと思います。昔は、水泳教室やるなどしていましたが、今はありません。夏休みの宿泊などもなくなっています。連続して夏休みが取れることを強調するだけでも、魅力のある職場になると思います。3週間休める職場は少ないですから、海外旅行などに行くチャンスが持てると言えばいいのではないでしょうか。それだけなら、それほどコストをかけずに売り込むことができます。

おいしいことを言わなければ、学生は来ませんよ。

2025年12月14日日曜日

朝の時間の設定


 いろいろ言われているけれど、まず疑問なのが朝の時間の設定です。

朝は、自治体によって異なるでしょうが、僕が務めていた市では、8時から8時30分の間に学校ごとに勤務時間の設定ができました。8時に勤務時間を設定すると、就業時間は16時30分になります。大方は8時15分から16時45分という時間設定がされていました。早い時間にせってしないのは、保育園などによってから勤務する職員がいるためでした。実際には、フレックスタイムが認めれるので、保育園などの関係で8時に間に合わない場合の対応は可能になっていました。

さて、朝の時間の何が問題なのでしょう。子ども達の登校時間です。8時10分から8時20分の間に登校しましょうと設定しているとします。ところが、先生たちの出勤時間は8時15分から。そうです。出勤時間の前に子ども達が登校してきてしまうのです。長年、このことは問題にされてきませんでした。子ども達が教室に入る時間が先生たちの勤務時間の枠の外になっていることさえ、問題にしていない学校が存在するわけです。出勤時間が8時15分で、子ども達の登校時間が8時15分だとしても、問題はあるわけです。今は、アプリを使って、出席や欠席の連絡がおこなわれています。それをチェックする時間や連絡を取る時間も必要になります。また、留守番電話を使っている学校が大半だと思いますが、留守番電話を解除する時間だって問題になります。勤務時間の前に留守番電話が解除されれば、電話対応をするわけですが、これが、勤務時間外であるのは問題だと思います。

そうすると、8時に先生が出勤、子ども達は8時15分から登校。というのが、妥当な時間配分だと思います。

先生たちの善意で何かを行うことは正しいとは言えません。

学校は、これまで、先生たちの善意に依存してきました。そのことが学校をブラックだと指摘する原因になっていると思います。

勤務時間と子ども達の動きに矛盾が生じないようにすることが、まず大事だと思います。

2025年12月2日火曜日

働き方改革とやりがいと新しいシステム

 働き方改革といわれて、なんだかんだ、10年近く経っているような気がします。10年物間、どれだけの成果があったんでしょう。確かに、時間外労働に対する意識が高まって、80時間の時間外勤務をする人は少なくなり、45時間の時間外労働をする人の割合も減ってきていると言われています。でも、実際には持ち帰る仕事の量が増えているとも言われています。放課後の時間も増え、事務的なことをサポートしてくれている人員も増やされているし、教員の人数も増やされています。しかし、肝心な授業時数の削減や授業内容の見直し、根本的な教科数の見直しなどには、誰も手を付けてくれません。授業時数に関しては、確かに次期指導要領で改善されると言われていますが、今一つ鮮明ではない気がします。また、1学級の人数も、35人にしたことで、それをさらに減らしてく行くという方向性も見えません。

でも、それだけではなく、働き方を変えるための最大のキーワードが話題になっていないことが問題だと思います。それは、「やりがい」です。やりがいというキーワードが学校での働き方改革の最大の障害だと思います。「こどもたちのためだから」「よい授業をしなくてはならないから」

僕が最後いた学校では、朝、8時前に出勤しても、校庭には何人かの先生がいて、1時間目の体躯の授業の準備をするのが定番となっていました。もちろん、誰に命令されているわけではないのです。でも、必ず「子供たちが楽しく体育ができるように」準備をしているわけです。今どきの朝は、忙しいんです。先生たちは、まずパソコンの電源を入れ、出欠席の連絡が連絡用のアプリに入っていないかを確認します。それから、保護者からの連絡が入力されていないかを見て、返信が必要ならば、朝のうちに返信をします。それだけで、10分やそこらはかかってしまいます。これは、学校によりシステムが異なっているでしょうが、出席、欠席を入力するなり、手で書き込むなりして、ようやくひと段落なわけです。もちろん、保護者からのメッセージにクレームなどがあれば、児童支援選任なり、学年主任なり、場合によっては校長に相談することが必要になってきます。そうなれば、さらに、朝の時間は消費されてしまいます。まあ、この時間自体、朝の勤務時間前に行われるのですから、やはり問題はあります。でも、これらのことをやっておかなけければ、何も進まないのですから、仕方ないとあきらめるわけです。校庭で作業をしていた先生たちは、この作業の時間の前に校庭で準備をしていますから、逆算すれば、30分以上早く仕事を始めていることになります。

これらは、すべて、やりがいがある仕事だから、仕方ないと思われいます。「子供たちのため」という言葉がすべてに優先するのが学校なのです。



新しいシステムは、教育DXだからと言うことになっています。確かに、利便性はあがり、作業効率を高めていると思います。ただ、現場のタイムスケジュールを度外視していると思います。まあ、導入を決める人たちはそんなこと、どうでもいいのでしょうけど。

2025年11月28日金曜日

休息時間について

 休息時間をとらなければならないことは、労基法で定められています。6時間以上の勤務ですから、45分は休息をとらなければなりません。しかし、もともと、この休息時間は、昼休みをとることを前提として考えられたものでしょう。お昼の時間に食事をし、お茶を飲むことを考えたものだと思います。そうだとすると、教員には無理な話なわけです。お昼は食べています。しかし、休息とは程遠いものです。給食の配膳をし、子ども達が整然と食事をすることができるように注意をしているわけです。

たとえば、企業で休息時間に電話番をしていたら、それは休息とは認められません。また、労基法の休息は一斉にとることを前提としています。そうなると、子ども達が完全に下校してから休息時間をとることが自然な形になります。

子ども達の下校が15時なら、15時45分までが休息時間となります。そうすると退勤時間まで、休息が終わって残り1時間なわけです。これって、どうなんでしょう。子ども達が帰ったら、とりあえずその日の提出物を見たり、テストやドリルの採点をしたりしたくなりますよね。それをやっていたら、全然休息じゃないわけです。保護者への電話連絡などもそうです。急送時間に、勝手にやっていることだからという理屈なのでしょうか。校長が命じたわけじゃないから、その時間に仕事をしているのは、先生たちの自発的意志であり、それが、休息時間だと主張するのでしょうか。おかしいですよね。でも、現実の学校では、罷り通る率苦なんですよね。それに、子ども達が下校した後は、何らかの会議が設定されている場合が多く、その時間は、自分の学級に関することや自分が担当している教科について、何もすることができないのです。

授業をする時間 8時15分から14時30分(これ以上早くすることは難しいのでは)

休憩時間 14時30分から15時15分

会議 15時15分から16時15分

事務処理の時間 16時15分から16時45分

14時までに完全下校という学校も出てきていますから、もう少し余裕のある学校もあるかもしれません。一方子ども達の完全下校が15時という学校もあると思います。



いずれにしても、タイトだということと、休憩時間を過ごすにしても、住宅地の中に建てられた学校が多い現状では、学校外で過ごすことがすごく難しいのです。学校にいるなら仕事をしちゃえとなると、実際は、労働時間が45分伸びているだけとなります。

もう少し考えてもらえるといいのですが、どう思いますか。

2025年7月13日日曜日

先生たちの働き方に責任を感じていない管理職がいる事実

 どんな職業でもそうでしょうが、自分がやってきたことがベースになります。今、50代前半から、40代後半の先生たちが今は校長や副校長・教頭になっています。この世代が管理職になり、職員の管理をしているわけですが、この世代は、ここまでハードな働き方をしてきてしまっている世代です。採用された時には教員の採用枠が非常に少なく、教員になっても、同世代がほとんどいないような時期でした。ですから、若いうちからかなりハードワークを強いられてきたのだと思います。また、この世代が先生になったころから、学校の業務が不思議と拡大した時期です。また、保護者からのクレームなども増えてきましたし、コンプライアンスに係るようなことも増えていった時期だと思います。ですから、遅くまで仕事をしていることが自然とそれまでよりも増えていったと思います。

そういう世代が、今管理職として、学校や職員を管理しているわけです。その世代の先生たちは、授業研究などにも熱心に取り組んできました。ですから、授業研究などもとても大切にしたい人たちが多くいます。教育関係の学者さんたちが、日本の教育のアドバンテージは、授業研究にあるなどと発信していた時期でもあると思います。また、教育課程の大転換があった時期でもあります。様々な事柄が、この世代の先生たちの方向性を決めていると思います。ですから、今でも、授業研究を熱心にやることが必要だと考えている管理職は少なくないと思います。実際に、どのような効果を上げているのかなど測定することがないのが教育界ですから、よいと思えば、つき進めていく傾向が強いのです。

しかし、勤務時間の中で、授業研究に関する業務をすることは、ほとんど不可能です。これは、即座に時間外勤務時間を増やしたり、自宅への持ち帰り仕事になることは、自明の理です。

先生たちの仕事は朝早いです。少なくとも8時ごろには出勤しています。ですから、本当ならば、5時前には勤務時間が終わっていなければなりません。早く帰れと言われても、2週間後には、指導案を出さなければならないとなれば、当然、その仕事は家に持ち帰るしかなくなります。それも、どれだけ、そのことに意味があるのか分からない仕事なのです。

150年前から、現在に至るまで、教育に関する決定的なマニュアルはできていません。何をどうすればよいかなど、どんな教育学者でも答えを出すことができていないのです。それなのに、授業研究と称して、一般の先生たちにそれを強いるのは無駄なことではないでしょうか。

自分たちが大変だったから、後輩にもそれをさせるのは、悪循環でしかありません。もっと、現在の流れを感じて、管理職として、働いてほしいものです。

働き方に対しての意識を変えないと。

いつから学校の「働き方」は問題になったのか 働き方の問題が現場で話題になり始めたのは、2016年ごろだったと思います。 それ以前は、働き方が問われることはほとんどありませんでした。タイムカードすら存在せず、遅くまで仕事をして注意されることなど一度もなかった時代です。記録がないので...