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2026年4月23日木曜日

授業以外の業務ってなんですか。


授業に関する業務:学級担任の重圧
学級担任は、日々の授業において以下のような多岐にわたる業務を(多くの場合、全教科分)こなしています。

  1. 授業の準備 授業の目的の明確化、教材研究、授業展開の構想。さらに、補助資料やプレゼン用のデータ作成、授業中に使用するプリントやフォーマットの用意などを行います。

  2. 授業の実践 実際の指導を行います。

  3. 授業後の処理 児童たちの評価のまとめ、小テストの実施と採点。ドリルや授業中に使ったプリントの回収・処理・評価記録の作成、そして提出物の確認と評価を行います。

従来、学級担任は自分のクラスの全授業を担うため、1時間の授業ごとにこれだけの業務が発生していました。教科担任制を部分的にでも導入すれば、同じ内容の授業を複数のクラスで行うことができるため、特に「1. 授業の準備」にかかる時間は大幅に削減できます。では、なぜ担任の負担は減らないのでしょうか。それは、「授業に関係しない業務」が膨大だからです。

授業以外の業務:肥大化する校務分掌と担任業務 学校組織には「校務分掌(事務分掌)」があります。本来は、基本的な分掌(教務、総務、経理、行事、視聴覚、図書など)と、学年・学級の業務(担任業務)だけで回っていたはずですが、時代とともに新しい課題が次々と追加され、組織だけが肥大化しています。

現在、一人の学級担任が抱える役割は以下のようになります。

  • 学年・学級運営: クラス運営に加え、学年部会への参加。さらに日本の場合は、休み時間、給食時間、掃除の指導といった生活面の指導も「担任の業務」として重くのしかかっています。

  • 各種研究会: 教科(国語、算数など)の研究会に加え、教科外(道徳、英語、特別活動など)の研究会。

  • 各種委員会・担当業務: 児童指導部、特別支援教育部、いじめ防止対策協議会、人権教育協議会など。


例えば、ある担任の先生は「5年担任」をしながら、「国語専任」「図書担当」「教務」「児童指導」「特別支援」「いじめ防止」「人権」を一人で兼任することになります。 その結果、書写展や文集の指導・事務手続きを行い、教務として職員会議の資料をまとめ、図書担当として読書感想文を取りまとめます。各種会議や人権教育の研修にも必ず参加し、支援が必要な児童がいれば個別の資料を作成して全体へ周知しなければなりません。 これに加えて、教育実習や初任者研修の師範授業、登下校指導のための資料作成や実地指導なども重なります。さらに各学校で行われる「授業研究会」のために指導案を作成し、他の教員に授業を見てもらい協議する会まであります。

大雑把に書き出しても、学級担任がどれほど常軌を逸した量の業務を抱えているかがお分かりいただけると思います。

現状の課題と今後の展望 「授業研究が日本の教育の要だ」と主張する学者もいますが、そこに費やしている膨大な時間と労力に見合うほど、授業改善に直結した例を私はほとんど見たことがありません。

これまで、日本の学校は「足し算」ばかりをしてきました。組織図を見れば、次々に新しい業務を継ぎ足してきたことが分かります。人員が増えない状況下で業務だけを増やせば、現場が破綻するのは必然です。 現状を打破するためには、ともかく人員を増やすことが不可欠です。それに加え、AI活用を阻む様々な制約を早期に撤廃し、AIの力で効率化できる業務を次々と見つけていかない限り、先生たちが本来の「授業」に力を注げる状況にはなりません。

「コスパが良いから」「先生たちが身を粉にして頑張ってくれるから」という方法論に依存し続ければ、学校の先生になろうという志望者は今後減るばかりだと思います。

2026年4月19日日曜日

残業させ放題。そんな言われ方をしても平気なのか。文科省。

 

教員の労働環境をめぐる議論の中で、現在最も耳目を集めているのは「残業代が支払われない」という問題です。基本給自体に大きな差がない以上、この残業代の未払いが民間企業との間に大きな生涯賃金の格差を生んでいることは、以前にも指摘した通りです。

教員の給与は、基本給のみで比較すれば極端に低いわけではありません。昨今の日本全体の賃金低迷を背景に、現在でこそ欧米に比べ低い水準となっていますが、かつての日本の教員給与は世界的にも高水準でした。1974年の人材確保法制定によって給与が引き上げられ、教員志願者が増加した時代があったのです。1980年代には大幅なベースアップがあり、期末手当とは別にまとまった「差額」が支給された記憶もあります。

しかし一方で、1971年には給特法が制定され、当時の月8時間分の残業代に相当する「教職調整額(給料月額の4%)」が一律支給される仕組みが作られました。当時から制度の欠陥は指摘されていましたが、当面の収入増があったことで、問題が顕在化しなかったという経緯があります。

学校現場において、教員同士が給与の話をすることは稀です。例外的に話題となったのは、三位一体の改革等で義務教育費国庫負担金が2分の1から3分の1に減額された時でした。自治体の財政難から校長・教頭ら管理職の給与がカットされ、一般教員と教頭の給与の「逆転現象」が起きたのです。これが教員の管理職離れを引き起こす一因となりました。

教員がお金の話を避けるのは、現在の待遇に満足しているからではありません。教員もまた、自身の時間と専門技術を提供する対価として賃金を得る一人の労働者です。しかし、「教員は聖職者である」という認識が、労働者としての権利主張を阻む罠として機能しています。「子どもたちのため」という大義名分が、無償労働を正当化する呪文となってしまっているのです。

特に、現代の若手教員にとって給与と残業代は死活問題です。初任者の多くが、大学卒業時点で500万円近い奨学金や教育ローンの返済義務を負っています。これは日本の相対的な貧困化を示すものでもありますが、多額の負債を抱える彼らにとって、適切な対価が支払われない現状は極めて切実です。

この構造的課題を解決するには、管轄省庁である文部科学省の抜本的な意識改革が不可欠です。現在、日本の公財政教育支出はGDP比で2%台にとどまっており、4%程度を維持する欧米諸国に大きく後れを取っています。文部科学省が迅速かつ抜本的な改革に踏み切らない限り、教育現場の崩壊は免れません。学校が再び「明るい未来を創造する場」となることを強く望みます

2026年4月17日金曜日

臨任や非常勤で勤めてくれる人がいなくなったのは

臨任と非常勤の大きな違いと、深刻化する人材不足の現状

学校現場を支える「臨任(臨時的任用教職員)」と「非常勤講師」には、働き方や役割に大きな違いがあります。

臨任(臨時的任用教職員)とは? まず「臨任」ですが、基本的には正規の教職員と同じように扱われます。臨任が必要になるケースは、大きく分けて以下の3つです。

  1. 正規教員の欠員補充 本来は正規の教員で埋まっていなければならない枠が足りず、その分を臨任で埋めるケースです。新規採用者の突然の辞退や、急な退職などによって生じます。現場からすればありえないことなのですが、実際には多くの臨任の先生が4月の最初からこの枠で勤務しています。

  2. 産休・育休の代替 現在、学校現場には35歳以下の若い先生、特に小学校では女性の先生が多く、出産を迎える世代が集中しています。また、少子化対策もあり、男女問わず育休制度が手厚く利用されるようになりました。そのため、代替要員としての臨任の需要が急増しています。 通常、妊娠の報告(大体2、3ヶ月目)を受けると、校長はすぐに教育委員会へ書類を出し「〇月〇日から産休代替が必要」と要請します。しかし、何ヶ月も前から伝えているにもかかわらず、休みに入るギリギリまで代替の先生が決まらないことがざらにあります。

  3. 精神疾患などによる休職の代替 前回も書きましたが、精神疾患による休職者が増えているという現実があります。この場合は突然お休みに入るケースが多く、前もって準備できないため、代替の臨任が見つからない事態が頻発しています。

非常勤講師とは? 一方、「非常勤」は時給制で、週の勤務時間数に上限があります。僕が所属していた自治体では「週29時間が上限」でした。 また、「授業ができるのは全勤務時間の3分の2まで、残りの3分の1は事務処理や教材研究に充てる」という規定もありました(この辺りのルールは地方自治体によって異なるようです)。

週29時間となると、1日あたり約6時間勤務です。6時間労働なら途中に休憩時間を挟む必要がないため、9時出勤なら15時退勤、8時30分出勤なら14時30分退勤となります。この勤務時間では小学校の学級担任を務めるのは物理的に厳しく、そもそも制度上、非常勤の先生は担任になれない決まりになっています。

非常勤の役割も多岐にわたります。育児短時間勤務を利用して早く退勤する先生の「抜けた時間分を埋める」ための配置や、教科担任制のための配置などです。また、教員が病気で休む際も、2週間以上の診断書があれば非常勤講師を雇用することができます。

なぜ学校に人が来ないのか? 以前は、欠員が出ればどんな場合でも、教育委員会の人事担当者が学校へ職員を紹介してくれました。しかし、今はそれがだんだんとできなくなっています。その理由として考えられるのは以下の3点です。

  • 採用試験の不合格者の減少: 今までは試験に不合格だった人が臨任をやるケースが多かったのですが、不合格者自体が極端に少なくなりました。

  • 定年延長と再任用制度: 60歳定年ではなくなり、再任用で65歳まで勤務できるようになったため、「定年後数年は臨任で働こう」というベテラン層がいなくなりました。

  • 待遇の地域格差: 非常勤を希望する人は、東京のように時給面で優遇されている自治体に集中しているのかもしれません。

理由は様々あるにせよ、ともかく「現場に人がいない」というのが切実な現状です。

さらに近年は制度が変わり、臨任や非常勤の先生が同じ学校に長く留まれるようになりました。先生にとっても、働きやすくて評判の良い学校にいられるなら、わざわざ他校へ移る必要はありません。学校側も、優秀な人材を手放したくないので「絶対に他に行かないように」と強く引き留めます。 その結果、各学校間で熾烈な人材の獲得競争が起き、流動性が下がることで、ますます全体の人手不足に拍車がかかる……という悪循環に陥っているのです。

2026年4月14日火曜日

再度、働き方について考えていきたい。

 

働き方の問題を整理してみたいと思います。 なぜ、学校の働き方がこれほどまでに問題になったのでしょう。

  1. メンタル不調を訴える教員が増え、休職に入る人が多く出たから。

  2. 「ブラック企業並み」だと言われ、教員採用試験を受ける人が減ってしまったから。

  3. 臨任や非常勤で勤めてくれる人がいなくなり、学校に欠員が出るようになってしまったから。

  4. 残業手当もなく、どれだけ残業しても給与に反映されないという「不思議な現象」にぶち当たったから。

  5. ICTを活用すればよいと言われているけれど、それがかえって重荷になっている人にとっては、何も改善されていないから。

  6. 保護者対応が複雑・困難になり、それに振り回されて辛い思いをすることが増えたと言われているから。

  7. 授業以外の業務が多すぎ、その対応に時間をとられて、本業であるはずの「授業」に打ち込めない環境があるから。

  8. 不祥事が起こるたびに、その対応として「研修」が追加されるなど、今まで以上に時間を奪われてしまう環境にあるから。

  9. 40代後半からの世代と、40代前半までの世代の間に「働き方に対する意識の断層」があるから。

どうでしょう。この辺りが主な課題でしょうか。探せばもっとあるかもしれませんね。 明日からは、これらの課題を再度見つめ直し、「では、どうすれば改善されるのか」について書いていきたいと思います。

これ以外にも、「こんなことも問題だ!」「これについてはすでに解決済みでは?」など、ご意見がありましたらぜひコメントをください。

2026年4月8日水曜日

勤務時間を保護者に知らせていますか。

 


先生たちの勤務時間は地域によって異なりますが、7時間45分、もしくは8時間の場合が多いでしょう。これに休憩時間が含まれるため、実質的な拘束時間は8時間30分から8時間45分になります。拘束時間に差があるのは、休憩時間が45分なのか、1時間なのかによって変わってくるためです。

朝の始業時間も、地域で統一されている場合もあれば、学校ごとに異なる場合もあります。おそらく、8時から8時30分の間に設定している学校がほとんどではないでしょうか。

勤務時間について特に気になるのは、「保護者に先生たちの勤務時間をきちんと知らせているか」ということです。どんな形でもよいので、例えば「8時から16時30分」が勤務時間であれば、それをしっかりと保護者に伝える必要があります。保護者の多くも企業で働いているため、先生たちにも勤務時間があるということはすぐに理解してもらえるはずです。

そして同時に、電話対応の受付時間も先生たちの勤務時間に合わせていることを明示する必要があります。これをしておかないと、「仕事中に電話できないのだから、遅い時間でも対応してほしい」ということになってしまいます。警察や病院などは24時間体制で勤務を割り振っていますが、学校にそのような機能はありません。ですから、「勤務時間と電話対応はこの時間帯です」ということを、しっかりと知らせる必要があるのです。

次は、先生たちの意識の問題です。勤務時間など関係なく仕事をしてよい時代は終わりました。いくら外が明るくても、勤務時間を超えて仕事をする必要はないのです。さまざまな工夫をして、時間外労働をしないで済むようにしなければなりません。

文科省は、残業代を支払うことを避けている節があります。そんなに嫌ならば財源ごとすべて地方自治体に任せればよいのに、未だに教員給与の3分の1を負担しています。それが残業手当を支払わない口実につながっているのなら、いっそ全額を地方自治体に委譲すべきです。そうしないと、誰も本気で時間外勤務について考えようとしないでしょう。

新年度になり、勤務時間が早まった学校もあると思います。先生方は気を付けましょう。勤務時間が早まったのなら、必ず退勤時間を守らないと、あっという間に時間外勤務の時間が増えてしまいます。

まず、学校が今すぐできることは、保護者に先生たちの勤務時間を知らせることではないでしょうか。

2026年3月30日月曜日

アプリとグループウェアの活用


様々な場面でタブレット端末などが普及し、学校現場でもここ数年の間に、専用のアプリが使われることが当たり前になってきました。 保護者からの出欠連絡、学校からの文書配信、そして校内での出欠席管理など、その用途は多岐にわたります。

アプリを導入したことで最も大きく変わったのは、「情報の流れ」です。今までは「保護者と担任」「担任と養護教諭」といった、いわば1対1の閉じた形でのやり取りが中心でした。しかし今は、「保護者と全教員」「全教員と養護教諭」というように、オープンな情報共有へと変化してきています。

兄弟のうち1人が休みなのか、2人とも休みなのか。休みの理由は家庭の事情なのか、感染症なのか。今までは、保護者や養護教諭、あるいは他のクラスの担任にわざわざ確認して回らなければならなかったことが、今ではアプリ上の情報を確認するだけで済むようになりました。

これは管理職の視点からも、非常に大きな変化だと言えます。今までは、担任等によって「まとめられた報告」だけが手元に届いていましたが、今では保護者からの一次情報や、担任と保護者のやり取りの過程などを、自分で直接確認できるようになりました。 情報が校内で相互に共有され、それぞれの立場から多角的に状況を見ることができるからです。何日か続けて休んでいる児童に対し、何人もの先生が気づき、関連する情報を出し合えること。そして校長自身が、子どもたちの状況を解像度高く把握できることは、学校運営において極めて重要だと感じています。

こうした連絡・コミュニケーション用のアプリに加えて、やはり「グループウェア」もこれからの学校には欠かすことができません。 グループウェアの導入により、「定例会議自体をなくす」「会議の内容を事前に共有する」「会議の結果だけを示す」「教員間の連絡をシステム上で行う」「提出物を管理する」「特別教室や専科の授業予定を修正・共有する」といったことがスムーズにできるようになりました。 特に、会議や打ち合わせを行わずにグループウェア上で処理することで、現場の先生方が有効に活用できる時間が増えたことは、最大の成果だと思います。

ただし、情報共有アプリにしても、グループウェアやメールにしても、「全員が確実にそれを見ていること」が大前提となります。「自分は見なくてもいいのではないか」という人が一部でもいると、システムとして成り立ちません。導入当初とは異なり、今はそうした意識のズレも少なくなっているとは思いますが、やはり毎朝、情報を確認して共有するための時間をしっかりと確保し、お互いが共通理解を持てるようにしてほしいと願っています。

2026年3月24日火曜日

学校は、保育はできないのですが…。

学校の本来の役割とは何か 学校に求められる役割が、本来の目的から大きく広がってしまっていることが現在の課題だと感じています。 もともと学校は、文字を覚え、言葉を獲得する「学習の場」です。1872年の学制発布から、その基本的な役割は変わっていません。しかし現実には、それ以上のことが求められるようになっています。

変化する働き方と「預かり」への期待 戦後の「専業主婦」モデルが少数派となり、今は共働きやシングルを問わず、誰もが働くスタイルがスタンダードです。リモートワークなど働き方は多様化しましたが、時間になれば仕事に集中しなければならない点に変わりはありません。

ここで生じているのが、保護者の中に芽生えた「学校に子どもを預かってもらう」という意識です。 以前にも書きましたが、日本の学校教育がいくら全方位型であっても、学校に「保育機能」はありません。コロナ禍で一番問題になったのが「学校が預かってくれないこと」だった点に、保護者側と学校側の認識の大きな乖離が現れていたと言えます。

放課後の整備と、残された「朝」の課題 放課後の問題に関しては、かなり整備が進んできました。これは児童福祉法に基づく福祉関係の部局(青少年育成局など)の管轄であり、教育委員会が管轄する学校とは、同じ場所であっても異なる施策として動いています。

そこで最後に残されているのが「朝」の問題です。 「もっと早くから学校を開けてほしい」という保護者の声は分かります。しかし、これを行政や学校に何とかしてもらうのではなく、企業側がフレックスタイムを導入・活用しやすくするなど、社会全体での子育て支援が必要ではないでしょうか。

教育や行政の枠組みだけでなく、企業側の「働きやすい環境づくり」こそが、今求められているのだと思います。

2026年3月14日土曜日

教員の間の人間関係ってどうなんですか。

 人間関係の話に入る前に、採用試験についてはこれまでも何回か書いてきました。 僕は1982年に教員になりました。教員採用試験に「実技試験」が導入された年です。

■ 1980年代:採用減と実技試験の導入 それまでは採用枠が広かったのですが、少しずつ採用数が減り、実技試験が導入されるようになりました。

■ 1990年代~2000年代:採用超氷河期 この時期は、一番採用がなかった時代です。「当面は採用0でも問題はないけれど、後々の年齢構成を考えると0という訳にはいかない」という話が出るほどでした。1994年ごろだったと思いますが、実際に4月の新規採用者が「一桁」だった都市もあるくらいです。採用試験の倍率も10倍を超えていました。

■ 2010年代:大量退職と採用枠の拡大 大量採用されたベビーブーマー世代の先生たちが、一斉に退職し始めた頃です。

ここから、教員の出身大学も大きく変わっていきました。 僕の頃は都市部であっても、まだ地元の国立大学の卒業生が半数くらいいました。僕自身は私立大の出身なのですが、以前は国大出身の先生が多くいたものです。しかし今は、地元の国大卒業生が「0」という学校も少なくありません。

地方になれば、現在でも教員の大半は地元の国大出身者というところが多いはずです。ですので、大学の先輩・後輩関係は未だにあるのではないでしょうか。 その辺りの実情は僕にはわかりませんが、人間関係が濃厚な地方と、希薄になりやすい都市部とでは、職員室の雰囲気にも大きな差があるかもしれません

■ 飲み会から見る、職員室の人間関係 基本的に、今の教員同士で飲みに行くとか、食事に行くということは少ないと思います。それでも、人数の多い若い子たちは月に1回くらい食事に行ったりすることはあるようです。

昔は「野郎会」(男子だけで飲みに行く)なんていうものもありました。行事の後や研究授業の後などにも飲みに行く機会がありましたが、今はほとんどない気がします。 ハラスメントへの配慮もありますし、昔ほど人間関係が濃厚ではないからかもしれません。やっても、5月の歓送迎会と12月の忘年会くらいでしょうか。それも強制ではないので、全員が参加するわけではありません。 前回も書いた通り、年代間の差が大きく、感覚のずれも大きいのです。その辺りも現在の人間関係に影響しているのでしょう。

まあ、仕事にプライベートを持ち込む必要はないので、その程度のドライな人間関係でも問題はないと思います。ただ、ちょっとした愚痴を言ったり、相談したりできる相手は、やっぱり必要ですよね。

2026年3月5日木曜日

すべての学年を担任できるのが「良い先生」なのですか。

すべての学年を担任できるのが「良い先生」なのか?

担任を担うことが小学校の先生の基本であるというのは、チーム担任制だろうが教科担任制であろうが、あまり変わりはないと考えています。担任として学級の基盤を作り、子どもたちが学習に集中できる基礎を作っていくことは、やはりとても大事なことです。

私自身、教員時代は1年生から6年生まで、どの学年も複数回担任を経験してきました。自分が現場にいた頃は、「すべての学年を担任できるのがよい教員だ」と信じていました。

ですが、校長として学校全体を俯瞰するようになった時、その考えは少し違うのではないかと思うようになりました。1年生と6年生とでは、担任に求められるスキルや視点が「全く」異なっているからです。

1年生と高学年、求められる役割の大きな違い

1年生の担任として最も気を付けるべきことは、子どもたちの日々の細かな変化に気づくことです。1年生は、体調や精神的な変化があっても、それを十分に言葉で伝えることができません。心のありようが身体的な変調として表れることもよくあります。

また、視野が狭かったり、聴力がまだ十分に発達していなかったりするため、早口で話をしても伝わらないことがあります。保育園や幼稚園からの良い習慣を引き継ぎつつ、学校で「初めて」身につけるべき習慣を教えるなど、低学年特有の発達段階を深く理解した指導が求められます。

一方、高学年になると、子ども達は身体的にも精神的にも大きな変化の時期を迎えます。思春期の入り口に立つ子もいれば、まだそうでない子もおり、成長の個人差が非常に大きくなります。

大人に対して反発心が芽生えたり、大人のウソを見抜けるようになったりする、とてもセンシティブで不安定になりやすい時期です。コミュニケーション能力の差も顕著になり、一人ひとりに合わせたより複雑な対応が必要になってきます。

これからの時代に合った「担任の在り方」とは

運動会などを見ていると実感しますが、小学校の6年間という期間は、子どもの成長にとってあまりにも長い時間です。

だからこそ、低学年を担任する先生と、高学年を担任する先生をある程度「固定化」する方が理にかなっているのではないでしょうか。「1年から3年まで」「4年から6年まで」と担当範囲が決まっていれば、教員はその年代の専門性をより深く磨くことができ、業務も効率的に進めることができます。

以前の記事でも触れたかもしれませんが、アメリカやイギリスでは学年を固定し、その学年を専門に担任する方式が一般的です。(逆に北欧などでは、同じ担任が6年間持ち上がる方式が多いようですが、これも一つの専門性の形と言えます)。

「どの学年でも無理なく持てなければならない」というこれまでの常識は、教員の働き方が問われる今の時代には、少し無理が生じているような気がします。

新年度を前にして、これからの時代に合った「担任の在り方」について、今一度考えてみてはいかがでしょうか。

2026年3月3日火曜日

働き方に対しての意識を変えないと。


いつから学校の「働き方」は問題になったのか

働き方の問題が現場で話題になり始めたのは、2016年ごろだったと思います。 それ以前は、働き方が問われることはほとんどありませんでした。タイムカードすら存在せず、遅くまで仕事をして注意されることなど一度もなかった時代です。記録がないのですから、自分がどれだけ残業しているかを気にする習慣もありませんでした。

子ども達が下校し、会議が終わって、ホッとする。 それからお茶を飲みながら、クラスの様子や子どもたちのことを同僚と語り合い、自分のペースで事務処理を進める。仕事が終わってから帰りたい職員もいれば、残って仕事を続けたい職員もいる。夕方の職員室には、比較的ゆったりとした時間が流れていました。

変わる職員室と、過去の記憶

教育委員会が時間外勤務の実態把握と縮減に本腰を入れ始めたのは、2020年ごろではないでしょうか。各学校へ統計数値が送付され、会議の場でも具体的な改善が求められるようになりました。

つまり、2020年以前から教員をしている人たちは、旧来の「ゆったりとした」タイムスケジュールを体で覚えているのです。日中が過密スケジュールだからこそ、夕方以降は少しリラックスして、のんびり自分のペースで仕事をしたいという気持ちになるのも理解できます。

また、終業時間が「16時45分」という点も影響しています。春から秋にかけてはまだ外が明るく、「まだ時間がある」という心理的な要因から、ついつい学校に残って仕事をしてしまうのです。


時間を意識する仕組みと、AIによる業務効率化

しかし、解決策は確かにあります。

一つは、「先生たちに時間を意識してもらうこと」です。 私は学校を異動するたびに、職員室でチャイムが鳴るように設定してきました。16時45分、17時45分、18時45分、そして最後は20時。音で時間を区切ることで、意識は確実に変わります。

もう一つは、「最新ツールによる業務効率化」です。 今は、テストをスキャンするだけで自動で誤答を見つけ、点数集計までしてくれるシステムがあります。週案も5分で作れます。さらに、保護者へのお手紙の文面、企画書、指導案の作成などは、AIが強力にサポートしてくれます。工夫次第で、仕事は大幅に効率化できるのです。

ベテランと管理職が背中を見せる

こうした改革は、40代、50代の中堅・ベテラン教員が先頭に立って実践しなければ、職員室の雰囲気は決して変わりません。そして言うまでもなく、校長自身がそのトップに立つべきです。

毎年4月になっても教員不足が解消されないという深刻な事態を防ぐためにも、働き方の改善は、今すぐ取り組むべき「急務」なのです。

2026年3月2日月曜日

仕事の進め方について、考えていたのは、こんなこと。

皆さんは、日々の仕事の進め方でどんなことに気を付けていますか?

学校現場は、年度末から年度初めにかけてが一番忙しい時期ですよね。担任は通知表だけでなく指導要録を書かなければなりませんし、新しい学年の学級編成の準備もあります。子どもたちの引き継ぎ業務も必要です。他にも、処理しきれていないテストやプリントなどが残っているかもしれません。

そんな多忙な中で、僕は仕事を進める上で「2つのこと」を大切にしていました。


一つ目は、「目の前の仕事を一つひとつ確実に終わらせること」です。
学校には細々とした案件が多く、並行して進めなければならない仕事も山のようにあります。人員に余裕があれば手分けもできますが、現実にはなかなかそうはいきません。だからといって、マルチタスク風にいくつもの仕事を同時進行していると、どうしても抜け漏れが生じやすくなります。だからこそ、必ず一つひとつを完結させながら仕事を進めることが大切だと考えてきました。

二つ目は、「15分を1単位として考えること」です。 15分間というのは、人が確実に集中できる時間の単位だと思います。たとえば、30分かかる仕事は「2単位分の仕事」と考えます。その日の終業時間までに「あと何単位分の時間があるか」を逆算し、どの程度の業務を処理できるか算段をつけて、必ず時間内に終わらせるようにしていました。 もちろん、この進め方にはTODOリストが欠かせません。さらに、経験を重ねて「1単位(15分)で自分がどの程度の業務を処理できるか」を把握しておくことも重要です。

今はAIを活用できる時代になり、大幅な業務の時短が可能になっています。テストの採点処理や週案の作成なども、おそらく5分、10分の仕事になりつつあるでしょう。そのため、私の過去のやり方自体はもう参考にならない部分もあるかもしれません。ですが、「時間の使い方」や「仕事の手順を組み立てること」の重要性については、今の時代の先生方にもぜひ考えてみていただきたいなと思っています。

2026年2月22日日曜日

定時退勤のメリット・学ぶ側の心理を知る重要性

定時退勤の最大のメリットは、自分のための時間を作れることです。それだけで心身ともにリラックスできますし、学校の出来事や子どもたちのことを一旦忘れる時間を持つことを強くお勧めします。オンオフの切り替えがしっかりできれば、日々の辛い気持ちも少しずつ軽減されていくはずです。

そしてもう一つお勧めしたいのが、文化的なことやスポーツなど「何かを学ぶ時間を作る」ことです。これは単なるリフレッシュの目的だけでなく、「自分が学ぶ側に回る」という点に大きな価値があります。 例えば、トレーニング中にトレーナーから的確な一言をかけられると、それだけで内容が大きく改善することがあります。自分だけでは気づかない点を指摘される効果です。私たちは普段、常に「教える側」にいるため、どのような指導が本当に効果的なのかを客観的に実感しにくくなっています。だからこそ、自分が学習者の立場に立ってアドバイスを受ける経験が不可欠なのです。

また、指導者によって指摘の仕方や技術的な説明の仕方は千差万別です。「どう教えられると理解しやすいか」を自分自身で体感することは、日々の授業や生徒指導の引き出しを増やすことに直結します。

さらに、自分自身が「上達する喜び」を再確認することも非常に大切です。子どもたちは誰もが「上達したい」「理解したい」と望んでいます。彼らに諦めさせることなく、少しでも前進している事実を伝えてあげることは大きな意味を持ちます。学年が上がるにつれて学習に諦めを抱く子どもを出さないためにも、まずは先生自身が学ぶ側になり、励まされ、褒められる経験を味わってほしいと思います。

朝が早い職業なのですから、一般の人よりも早く帰宅できるのは当然の権利です。この環境をチャンスと捉え、ぜひ定時に帰り、ご自身の時間を最大限に有効活用してください。

2026年2月18日水曜日

教員採用試験って、どうなっていくのかな

ネットニュースなどで、様々な地域の来年度の教員採用試験に関する情報が出始めています。

教員採用試験は、この40数年間に大きく変容してきました。僕が採用試験を受けたのは1981年です。この年は、試験内容が大きく変わった年でした。実技試験が実施されるようになったのです。記憶が定かではありませんが、オルガンでの弾き語りや水泳、器械運動などが試験科目にあったような気がします。いくつかの自治体を受験したのですが、どこも同じような試験内容でした。

ちょうどこの頃、前時代の大量採用が終わり、採用者数が「激減」したのだと思います。採用枠が狭き門になったからこそ、一人ひとりをじっくり見る実技試験を実施できるようになったわけです。僕の上の世代はまさに大量採用時代で、地方まで教育委員会の人が学生の勧誘(あいさつ回り)に来ていたこともあったようです。

その後、1990年代になると教員採用がほぼなくなり、採用数が極端に少ない「氷河期」を迎えます。今の50代の先生方は、本当に大変だったと思います。臨任(臨時的任用教員)を何年も続けながら、採用試験に挑戦し続けた方も多かったはずです。

それが、2000年を過ぎたあたりから再び状況が変わってきます。第2の大量採用時代の到来です。当時のベビーブーム世代が一斉に定年退職を迎えたことから始まりました。さらに、35人学級への移行に伴う教員の需要増も拍車をかけています。

これまでにも何度か触れてきましたが、SNSで広まった教員のブラックな働き方のイメージや、民間企業の好景気、少子化による若者の減少などが重なり、現在に至るわけです。

現在の採用試験ですが、各教育委員会はともかく「受験者を集めること」に腐心しています。一歩間違えれば定員割れを起こしかねない状況ですからね。今後は実質的に、一次試験(筆記)が無くなっていく流れになるのかもしれません。

でも、本当にそれでもいいのかなぁと思います。「先生としての最低限の学力が保証されなくてもいいのだろうか」「ペーパーテストの結果なんて関係ない、という声もあるかもしれないけれど…」と。 ただ、現場で教員が「1人不足する」ことのダメージがあまりにも大きい現状を考えると、多少なりとも目をつぶって人数を確保しなければならないのも事実です。ここは非常に大きなジレンマですね。

でも、試験のハードルを下げるような小手先の対策よりも、本当は「教員という仕事がこれだけ魅力のある職場なんだよ」とわかってもらうことの方が、ずっと大切だと僕は思っています。

2026年2月12日木曜日

これからの先生たちの働き方について考えてみたい


これからの先生たちの働き方について考えてみたいと思います。

先生の仕事の中核は「授業」です。何よりも優先すべきは授業です。 今後、AIの導入によって授業の形は大きく変わるでしょう。しかし、「AIを活用するための基礎力」を育てるという本質は、何ら変わるものではありません。

「読む力」「書く力」。これらはAI活用の授業になっても不可欠です。AIへの指示(プロンプト)が音声であれキーボードであれ、的確に入力するためには言語的な基礎力が求められるからです。また、そもそも「問いを立てる(疑問を持つ)力」も必要であり、そのためには基礎知識も欠かせません。 これらは現在の授業でも重視していることです。つまり、AI時代になっても「授業をしっかり行う」という重要性は変わらないのです。

子どもたちが疑問を持ち、それを解決しようとすること。 今まで以上にこうした姿勢が必要になります。授業では子どもたちにしっかりと考えさせ、その手段としてAIを使わせていくべきでしょう。

一方で、授業以外の事務作業はDXによって大幅に削減できるはずです。 テストはスキャンして自動採点し、文書作成もAIで大方解決できます。指導案、教材、習熟度確認プリントなどもAIが作成してくれるようになるでしょう。評価業務も、日々のデータ入力さえ行えば、集計・分析はAIが担ってくれます。 ドリルはAIドリルに、行事計画書やしおり作成もAI活用で効率化できます。すでに週案などは専用ソフトでかなり楽になっている実感があります。

こうして事務作業の多くをAIに任せることで、先生は本来の仕事である「授業」に集中できるのではないでしょうか。 全国的な進捗状況は様々ですが、「授業こそが先生の仕事である」ということは間違いありません。 もちろん保護者対応など、他にもやるべき業務はありますが、「先生は授業をする人だ」ということを社会全体で再認識し、そこに集中できる環境をつくることが大切だと思います。

2026年2月8日日曜日

働き方改革の実態

  働き方改革は進んでいないのが実態じゃないでしょうか。統計的な値では進んでいることになっています。例えば、月の時間外労働時間が減っている。月に45時間以上勤務している人の割合が3割以下になった。これらは、教育委員会を通して、文科省に伝わっているデータです。実際、時間が労働の時間が減少しているのは事実だと思います。働く時間を短くするための努力は、各自していると思うのです。学校の組織としても、午前中5時間を実施し、子ども達の下校時間を少しでも早めようと努力したり、会議をなくしていこうとしたり、校内の授業研究会を止めたりとか、ともかく時間外労働時間を減少させることに取り組んでいると思います。

 しかし、これって、何ら抜本的な改革ではないわけです。教育DXを進めることで、労働時間の短縮を図ることも同時に進んでいます。教育DXの効果は抜群だと思います。例えば、週案の作成時間を極端に短くすることができるようになりました。テストの丸つけも、スキャナで読み込み、画面上での採点を行い、数値処理はアプリにお任せできるようになってきました。図工の評価も、デジカメでプロセスをとり、評価に活用することで、メモだけではわからない部分を見ることができるようになっています。体育でも同じことが言えます。成績の評定なども、ちょっとした記録だけで、解決することができるようになっています。グループウェアの活用も、会議や情報の共有化という点では各自に進んできています。

 50代よりも上の人たちからすれば、これらのことは、非常に働き方改革を進める上で大きな効果を上げていると感じると思います。

 しかし、40代よりも下の先生たちにとっては、これらは、当たり前のことであり、別段驚くようなことではないのです。スマホが普及し、デジタル情報を処理することに慣れている先生たちにとっては、アナログだらけだった教育現場の方が不思議な正解だったかもしれません。通知表に文章での起債が無くなったことで、通知表を作る時間が何十時間も減っていく。すごい改革だと思うのですが、最初から文章での記載がない先生たちにとっては、何ら改革ではなく、通知表は大変な仕事なのです。

 働き方改革を進めるためには、定数法の改正が必要です。これまで、何十年もの間、仕事量を増やしたにもかかわらず、教員の定数をまったく増やしてこなかったことのつけが回ってきているのです。もちろん、やっていることややらされていることを減らしていかなければどうにもならない面もあります。

 表面的には働き方改革が進んでいるように見えるかもしれません。しかし、それは、表面的なことだけであり、数値の問題だけなのだと言いたいです。


2026年2月5日木曜日

卒業文集書かなきゃだめですか。

 卒業文集って、年々大変な作業になってきたような気がします。大変がたくさんありすぎます。
 まず、書かせることが大変です。これは、学校によって異なってきます。学校間格差って、実際にあります。全体的に学力が高い学校では、書かせることにそれほど問題はないのです。でも、書かせるのが大変な子どもが何人もいろと、時間も手間もかかってしまいます。一文ずつ、一対一で聞き取りながら、先生が子どもの行った言葉を書き留め、進めたこともあります。そして、先生がまとめて、それを書き写させるという作業になります。パソコンを使わせて書かせたこともあります。その方が、手書きで作るより楽なのは間違えありません。手書きの場合、鉛筆ではなくペンでの清書になります。間違えると、修正テープで修正します。一文書いた後に、気がつけばよいのですが、下記進めてからの修正は、修正テープでは間に合わず、原稿を切ったり、はったりしながらの作業になります。
 書き終わってから、家に持ち帰り、原稿を家庭で見てもらいます。保護者が了解できる内容化をチェックしてもらうわけです。この部分は、書いてほしくないということを見てもらうわけです。
 その次に、他の担任や副校長、校長にも読んでもらい、不適切な表現がないか、差別的な表現がないかをチェックしてもらいます。ここまでの作業を1カ月くらいかけて行っています。
 働き方改革だから、やめようというよりは、作業が煩雑になり、それでも、書き終わってから問題になるようなことが出るようになってしまったことが大きな理由だと思います。不適切な表現が問題視され、回収などの例も出てきました。
 一番問題になりやすいのは、クラスのページかもしれません。クラスの○○ランキングなどがよくありますが、その中に問題になることが隠されていたりするわけです。ですので、クラスのページをなくすということもあるかもしれません。子ども達には悪意がなくても、大人が見た時、問題だということも多くあるわけです。
 そして、一人一人かかる時間に差があることも問題なのでしょう。早く終わる子は、さっさと仕上げてしまいます。その子たちがクラスのページを作っていることが多いのですが、そのことも、問題になると思います。

 今や、卒業アルバムも問題になっていると思います。値段も高いです。アルバムも意外と編集に時間がかかります。全員が同じような枚数で乗せられているのかをチェックしたりするからです。名簿を片手に、誰が何枚写っているとチェックするんです。これも、クレームが付くポイントです。
 そういう時間の使い方をするより、卒業までの時間を思い出に残るものにしようという意図が、アルバムや文集づくりをやめる最大の理由だと思います。
 卒業アルバム、文集、作らなきゃダメですか。

2026年1月24日土曜日

AIに聞けば、授業の組み立てを教えてくれますか。

 


3年生の算数の中に、三角形の単元があります。これを例に考えましょう。

 従来の授業では、ものさしや色紙などを利用して、実物を生かして、学習を進めてきました。この学習の中で、コンパスの利用などもしていったと思います。


 しかし、ipadを利用するようになり、授業自体が変わってきています。ipadを利用した場合、それぞれがどのような作業をしたり、考えたりしたことを簡単に共有することができるようになっています。また、教材を簡単に配布できる点も、先生にとっては、よいと思います。

 AIは、これまで通りの授業の展開も、ipadを利用した場合の授業の展開も考えてくれます。また、どのような資料を用意しておけばよいかも、教えてくれます。それぞれの場面や考え方に応じて、利用法を紹介してくれるのがとても便利だと思います。


 ともかく小学校の先生は、複数教科の授業をしなくてはなりません。それを考えると、AIをサポートに使いながら、授業の準備をすればよいと思います。また、ipadを使った場合や使わなかった場合のメリット、デメリットもはっきりさせることができるのもよいと思います。

2026年1月13日火曜日

cocoa先生が考える。AI使ってみるだけでいいですか。

  cocoa先生です。



 最近は、AIにはまっています。ようやくなんですけどね。とても楽しい体験だと思います。cocoa先生のキャラクターを作ってもらったり、ブログに書いた文章をイラストにしてもらったり、漫画にしてもらったりしています。

  一回では、なかなかイメージ通りにはいきませんが、何回か修正をかけていくと、だいぶ完成度が高くなっていると思います。

 授業にどう使っていけるのかは、まだわかりませんが、事務的な仕事には十分に対応できると思います。おそらく、作文の評価だとか、通知表に記載する文章などは、AIで処理できるでしょうね。もちろん、学級通信なんて言うのも、簡単に処理してくれるでしょうし、統計的な処理もお得意だと思います。

 テストの採点処理もできるんだろうと思います。それだけではなく、日常的な学習の評価も、使い方次第で十分処理してくれるのではないかと思います。

 まあ、ここで、ストップがかかるとすると、個人情報をAIで処理してよいのかということでしょうね。ただ、様々なことを試していかないと、何ができるのか、どうプロンプトを書けばよいのか分かりませんよね。実際に仕事上、こんなことができるというのを実証していかないと授業での利用などできないのではないかと思います。先端にいる人たちに、考えてもらえばよいということなら、それも考え方ですが。でも、せっかく新しいツールを手に入れたわけですから、より多く使っていくことも解決手段だと思います。

2025年12月29日月曜日

元校長が考えたこと。まだ、明るいのに帰っていいですか。


 


 教員の勤務時間は、始業時間は8時から。終業時間は16時半までになります。冬の季節は、16時半でも、暗い時期もありますが、春から、秋にかけての16時半は、結構明るいんですね。それに、世間の人たちはまだ働いている時間だと思うと、まだ仕事をしなくちゃいけない感覚になるんです。でも実際は、8時から始まる仕事なので、ちゃんと7時間45分働いているわけです。休憩時間を含むと8時間30分、仕事をしています。ですから、明るく経って、終業時間が来たら、仕事を終えることができます。それに、教員は、残業をしない前提で、給与体系が決まっているので、よく話題になるように、すべてがサービス残業になります。残業手当がないからです。

 朝、早くから働き、夕方は早く帰ることができるのは、働き方としては、とてもよいと思います。ライブに行こうと、スポーツ観戦をしようと、カフェでコーヒーを飲みながらスマホを見ようと、友達と飲もうと、すべて時間は自由であるはずなのです。でも、そういう時間の使い方をしているという声はあまり聞きません。別に早く帰る人がいても、そのことを批判するようなことはないと思いますが、どうも、明るい中帰宅するのが後ろめたくなるのではないでしょうか。別に、空が早く暗くなる時期は、早く帰るわけでもないので、太陽の位置と仕事を終わらせる時間に関係性があるのか、どうかははっきりしませんが…。

 教員採用試験のことが話題になります。なかなか先生になってくれないと。以前も書きましたが、夏休みをとれることをアピールするのと同じように、終業時間が早いことも、本当はアピールできることだと思います。都市部には、山ほどのエンターテインメントがあります。それらを十分楽しむことができる勤務時間であることは、アピールするに足りる魅力だと思います。ペットや友人のと過ごすこともよいでしょうし、何かを学ぶことに時間を使ってもよいと思います。スポーツジムに行けば、様々な体験ができます。外国語を習得し、キャリアアップを図るのもよいと思います。

 先生の勤務時間は、とても魅力的だと思います。そうできるように、定時退勤が基本になることが大切です。そして、そのことは仕事の魅力の一部になるはずです。

 

2025年12月25日木曜日

いろいろ問題があるけれど、根本的なことは何だろう

 

 教育に関する様々な課題をどうすればよいかを考えることが必要です。

 日本の教育と欧米諸国の教育の中で、一番異なっていることは何でしょう。

 特活です。給食、清掃などが教育活動だと考えられているのは、日本だけです。例えば、清掃ですが、子ども達がやるなどという国はありません。業者が入り、学校内の清掃を行っています。給食についても、先生が指導したり、監督したりするという国はありません。

 戦後、学校教育に潤沢に予算をかけることができない中で、子ども達の手を利用することを是として、清掃などは行われたのでしょう。もしくは、文化的な事柄なのかもしれません。予算をかけずに教育活動を行うための様々な工夫をしてきたのだと思います。一人の先生がすべてを教えるというのも、人件費を抑えるためには、とても効率的な方法なのだと思います。実際、他の欧米諸国と比較して、日本の教育予算はOECE加盟国の中で平均的な数値です。しかし、現在の日本は、それなりに豊かな国であることを考えると、イギリスやアメリカなどに大きく差をつけられていることは疑問視せざる得ません。

 教科担任制への移行ですら、教員の人数を大幅に増やすという選択肢をとって異なことなどからも、教育のためのコストはなるべくカットしたいという意識が見えます。

 まあ、政治家にとっては教育は票にならないことだととらえているんでしょうね。子どもが小学校や中学校を卒業してしまったら、親の関心は急速に低下します。教育について、市民が考えるのは、自分の子ども達のその時期だけなわけです。

 また、これまで政府が気にしてきたOECEの学力状況の調査でも、常に上位をとってきてしまったことなどが、課題なのかもしれません。コストをかけなくても、目標を達成してきたのは、先生たちの授業力の高さにあるわけです。まあ、文科省は現場がダメだから的発言をするような気がしますが、ダメな政策であっても、実現してきたのh現場です。

 先生は、授業をする人であり、子ども達の学力を高めるための人です。給食を配ったり、掃除をさせたりすることが美徳のように取り上げられていますが、それは、先生の仕事ではないはずです。

 そして、教科担任制を実施するなら、しっかりとした制度設計を行うことをまず考えてほしいものです。



教頭職の多忙さを考える:10年前の経験と教育DXがもたらす変化

私が教頭職を務めていたのは10年ほど前までですので、現在の状況とは異なる部分もあるかもしれません。当時は「教頭は校長より早く出勤し、校長より遅く退勤する」という暗黙の了解のような空気がありました。しかし、私はそれを頑なに守る必要はないと考えていたため、自分の仕事が終われば校長より...