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2026年5月26日火曜日

チーム学年担任制でいいですか。

「チーム」という言葉が頻繁に使われ始めて、5、6年が経つと思います。相も変わらず、「予算はないけれど、アイデアは出したから現場で頑張ってね」という国の姿勢は変わっていないように感じられます。

簡単に言ってしまえば、これまで担任1人の力で保ってきた学級経営が、いよいよ保てなくなったということでしょう。東京都が公表している数値では、初任の先生が1年間で約5%(実数では200人以上)も退職しているそうです。これは教員採用試験の倍率が低下している現状を考えても、極めて深刻な数字です。

今の時代、初任者がいきなり単独で担任を持つこと自体、構造的に難しくなっているのだと思います。その大きな要因の一つが「デジタルデバイス」の存在です。

タブレットなどの端末を子どもたちに適切に使わせるためには、使用ルールの徹底が不可欠です。そうでなければ、学習のツールから一瞬でおもちゃへと変貌してしまうからです。今の世代の子どもたちはデジタルデバイスの扱いに慣れています。家庭でも触れる機会が多いですが、そのほとんどは学習のためではなく「お楽しみ(娯楽)」のためです。

慣れ親しんだ「おもちゃ」を学校で与えられ、「授業中に使っていい」と言われれば、最初のお約束を忘れて夢中になってしまう子が出てくるのは当然です。指導者側は、この子どもの心理をしっかりと理解した上で、これはおもちゃではなく「学習のためのツール」なのだという認識を、子どもたちの中に浸透させなければなりません。

これは「先生がその場で注意すればいい」というレベルの話ではありません。そんな簡単なことで約束が守れるなら、最初から問題にはならないのです。繰り返し、繰り返し指導し、子どもたちが心から納得した上で活用できるよう、粘り強く文化を作っていく必要があります。正直なところ、経験の浅い初任の先生に、最初からこれほどの指導技術を求めるのは酷だと言わざるを得ません。今まで以上に、教員に求められる指導技術のハードルが上がっている局面に来ていると感じます。

こうした背景もあってか、中学校から始まったとされる「チーム担任制(学年担任制)」が小学校でも導入され始めています。しかし、これが本当に小学校で機能するのでしょうか。

小学校のシステムは、基本的に「1学級に1人の担任」を前提に作られてきました。先生と子どもたちが密に関わり、時間をかけて一つの学級(集団)を作り上げていくことに価値が置かれてきたのです。

もし1週間ごとに担任が変わるシステムになったらどうなるでしょうか。 金曜日にトラブルが起こったとして、月曜日にはその経緯を深く知らない別の先生が担任になる。あるいは、友達関係で悩んでいる子が「本当に話を聞いてほしい先生」が担任として回ってくるのは1か月後……そんな事態が起きないと言い切れるでしょうか。

保護者は一体、どの先生に連絡や相談をすればよいのでしょうか。特定の人気のある先生に相談が集中してしまうことはないでしょうか。また、「学年全員が担任」という建前の中で、誰が最終的な責任を持って学年をまとめ、運営していくのでしょうか。

疑問は尽きません。このシステムは、一歩間違えれば「責任の所在を曖昧にする」だけになってしまうのではないか。そう危惧せざるを得ません。

みなさんは、この「チーム学年(チーム担任制)」というシステムについて、どのようにお考えになりますか。ぜひご意見をお聞かせください。

2026年5月24日日曜日

教員っていい仕事の面もあるって、思いませんか。


教員は、本当にいい仕事だと思います。決して、今世間で言われるほど敬遠されるばかりの仕事ではないと感じています。

この仕事の性質上、数字で何かを評価されることはほとんどありません。確かに、全国学力・学習状況調査の結果などは数字で出ますが、前年度の時点で学級編成がなされている(=前任者の影響や子どもの実態が多様である)関係上、その数字だけで担任の技量が測れるわけではなく、数字自体が大きな意味を持つことはありません。そのため、学級担任の間で過度に数字を競い合うようなこともあまりないと言えます。

また、「自由度が高いこと」も、仕事としては非常に面白いところです。授業の進め方や学級での活動について、最初から強い制約があるわけではありません。自分で考え、有効だと思う方法で学習を進めることができます。子どもたちの人間関係をよくするためにどんな工夫をすればよいかも、担任の裁量で考え、実行することができます。

もちろん、自由度が高いということは、裏を返せば「正解がない」ということであり、何でも担任一人で抱え込んでしまいがちになる大変さもあります。しかし、だからこそ自分の工夫がピタッとハマり、子どもたちに届いたときの喜びは、何物にも代えがたいものがあります。

教室内のレイアウトや掲示物も、工夫のしどころです。「どんな掲示をすればよいか」「どんな効果を期待しているのか」、それらもすべて自分で考え、自由に教室という空間をデザインすることができます。

こうした工夫は、必ずしもすぐに効果が表れるわけではありません。しかし、数か月が経ったとき、子どもたちの姿に変容が見え、確かな効果を実感できる瞬間があります。

また、担任は教室の中では一人ですが、決して孤立した仕事ではありません。「どうすればクラスがよくなるか」「この授業をどう組み立てるか」を、学年主任や同僚の先生たちと相談し合い、チームとして知恵を出し合える一体感も、この仕事の大きな魅力です。

自由度が高いということは、工夫の仕方がいくらでもあるということです。私は学校以外の職場で働いた経験がないため、他業界との比較は難しい部分もありますが、それでも「先生」という仕事は、自分が考えたことを形にし、同僚と支え合いながら、子どもたちと一緒に学級を作り上げていくことができる、極めてクリエイティブで楽しい仕事であることは間違いありません。

マイナス面を見れば、確かにSNSなどで言われている「ブラック部活」や「長時間の時間外労働」といった指摘も、決して的外れではありません。「やりがい」という言葉を隠れ蓑にして、無理をするのが当たり前になっている現状は、明確に間違っていると思います。

だからこそ、マイナス面だけでなく、この仕事が持つ本来の「よい面」にも同じように光を当てることが大切なのだと思います。

教員という仕事には、まだまだたくさんの魅力があるはずです。この記事を読んでくださった皆さんが思いつく「先生のよい面」があれば、ぜひコメント欄で教えてください。

2026年5月22日金曜日

子ども達が落ち着かなくなってしまう原因は

子どもたちが落ち着かない、先生の話を聞くことができない、立て歩いてしまう子どもがいる――。新学期が始まってしばらく経つと、このような様々な現象が見られるようになっているかもしれません。

話を聞くことができる子を育てることが大切だと、以前書きました。話を聞くことが、まず一番のベースだと思います。授業が抜群に上手な先生でなくても、話を聞くことができるように子どもたちを育てることはできると思います。

もし、落ち着きがない子どもたちがいるクラスがあれば、ぜひ、客観的に観察してみてください。「先生の話は分かりやすいか」「聞かせるためにどのような工夫をしているか」――もし改善できることがあれば、早期に改善すべきです。

教室内の環境(視覚的・聴覚的な刺激)に問題がないかも、重要なチェックポイントです。落ち着きがない子どもがいると、その動きに影響されて周囲の子も落ち着かなくなっていくという、連鎖的な増加が起こることがあります。その場合、きっかけ(起点)となる子が必ずいます。その子がなぜ落ち着かないのか、原因を丁寧に見極めることも有効です。

学級が落ち着かないのには、必ず理由があります。子どもたちは、基本的によい子でいたいと思っていますし、自分のクラスがよいクラスであったほうがよいことも理解しています。落ち着かず、学習も進まないような状態を望む子はいないはずです。原因は必ずどこかにあります。

原因は子どもでしょうか。それとも、先生でしょうか。子ども自身に根本的な原因があるケースは決して多くありません。 例えば、発達障害などで自己制御が難しい場合です。その子の動きが刺激となって全体に影響を与えたり、逆に、周囲のちょっとした刺激に極端に反応してじっとしていられなくなったりする子が、新たな起点になることがあります。

いずれの場合も、学校や家庭だけで対応することは難しいでしょう。専門的なアプローチや療育が必要になるケースだと言えます。保護者と密に協力することはもちろん、児童精神科医、ソーシャルワーカー、そして公認心理師などの専門家の力を借りることが不可欠です。

一方で、子ども以上に原因になり得るのは、指導側の工夫不足です。**何度も書いていますが、「話を聞かせることができているか」「そのための適切な工夫をしているか」が大きな課題になります。

一度うまくいかなくなると、その状態を挽回するのはとても大変です。ですが、諦めることなく、全員が話を聞くことができる状態を作らなければなりません。そのための丁寧なアプローチが必要です。

子どもたちは、落ち着いて学習できる環境を望んでいます。決して、荒れた状態やいい加減な環境を好んでいるわけではありません。子どもの「学びたい」という思いに寄り添うことこそが、学級改善の大きなチャンスになるはずです。

2026年5月3日日曜日

話を聞く姿勢をつくりましょう。

4月になりました。新しい気持ちと期待でいっぱいなのは、子ども達だけではないでしょう。先生たちにとっても、子ども達以上に緊張感と期待感に満ちた時期だと思います。

4月の学校のスケジュールによっても変わってくると思いますが、僕の経験上、個人面談や家庭訪問が一区切りになります。もちろん、どの学校でも予定されているとは限りませんが、その場合でも、5月の連休までが一つの区切りとなるでしょう。

スタートの時期に当たる4月。必ずやらなければならないのは、「話を聞く姿勢」を作ることです。先生が前に立ち、動きを止めたら、全員が話を聞く意思を見せることができるようになることが大切です。

どんなに素敵な話をしても、どんなに大切なことを伝えようとしても、子ども達の側に「話を聞く」という意思がなければ伝わりません。子ども達に話を聞くことの大切さを伝えることも必要ですが、まずは、先生が教室の前に立ち、子どもたち全員が先生の方を向いて、話を聞く態勢をとれるようにすることが何より重要です。

もちろん、そうするためには、しなければならないことがあるでしょう。 まず、話し始めるタイミングをはっきりと分かるようにすることです。先生が黒板の前に立ち、動きを止める。そうした行動で、先生が何かを話す時だということを教えます。また、話をするときは、先生自身が子ども達をしっかりと見ること。子どもたち全員が話を聞くことができると判断するまで、話し始めないことも伝えておきましょう。

初めの頃は、定位置以外では話さないようにする工夫も有効です。特に、板書をしながら話をするのは避けましょう。板書しているときは子ども達に背を向けていますから、その状態で話をしてしまうと、全員が話を聞いているかどうか確認できません。

声の大きさも大切です。子どもたち全員が教室内にいるとき、先生の声がどう聞こえているのかを確認しましょう。声質によって、声の響きや通り方に差が出ます。一番後ろの子どもにまで、しっかりと声を届けることは絶対条件です。しかし、大きすぎる声もよくありません。大きい声には限界がありますし、言葉がきつく感じられてしまうこともあるからです。

話す「速さ」も、わかりやすい話し方の重要なテクニックです。小学生の場合、低学年の聞き取る力はまだかなり低いと考えておいてよいと思います。子ども達がしっかり聞き取れる速さで話をしなければなりません。**一方で、高学年に対して全く同じ話し方をするわけにはいきません。**それぞれの学年にとって、適切な速さはどれくらいなのかを理解する必要があります。

こうやって文章にすると簡単なのですが、時間が少ない時、あわてているとき、子ども達が落ち着かない様子の時などに、話し方に気を付けるのはなかなか難しいものです。

もし、これを初任の先生や若手の先生が読んでくれていればいいなと思っています。 続きがまだありますので、また明日書いてみたいと思います。

読んでくださっている方々、ありがとうございます。 もしよければ、どんな方が読んでくださっているのか、コメント欄で教えていただけると幸いです。


話を聞く姿勢を作りましょうⅡ

 

■ 低学年の子どもには「話す速さ」に要注意 

子どもたちに話をするときは、「話す速さ」を意識しなければなりません。特に低学年の子どもは、耳から入った音の情報を脳で処理する能力がまだ十分に発達していません。人間の聴覚の素晴らしいところは、必要な音だけを拾い上げて脳に伝えられる点です。以前、聴覚障害のある子どもたちを教える先生から、「補聴器は音を単純に大きくするため、必要のない雑音まで大きく聞こえてしまう」という話を伺ったことがあります。実は、小学校低学年の子どもたちもそれと似ていて、必要な音だけを上手に拾い上げることがまだ十分にできないと言われています。そのため、大人の話すスピードが速すぎると、理解への大きな障害になってしまうのです。まずは、十分にゆっくりと話すことが必要です。もちろん、速さだけの問題ではありません。周りの雑音が極力遮断されている環境をつくることも、子どもたちが話を聞き取りやすくなる重要なポイントです。

■ 1回の指示は短く!「1文を長くしない」工夫 次に気をつけてほしいのは、「1文を長くしないこと」です。話の中に、いくつもの指示が詰め込まれていることがよくあります。例えば、「休み時間になったら校庭に出ます。チャイムが鳴るまでは遊んでいてよいですが、鳴ったら鉄棒の前に集まり、班ごとに分かれます。校庭に出るときには赤白帽を持っていってください。」といった具合です。指示を出す側としては伝えたいことばかりですが、1回の話に複数の指示内容を盛り込むのは避けるべきです。どうしても複数の指示を出したい場合は、話した後に黒板に書くなどの視覚的なフォローが欠かせません。指示に限らず、子どもたちに何かを理解させたい場合は、図表や具体的なイラストなどを用いることも非常に効果的です。

■ 「間」の取り方と、視覚的な補助道具の活用 「間の取り方」もよく指摘されるポイントです。「間の取り方」もよく指摘されるポイントです。間をとることには、重要な部分を強調する効果があります。また、子どもたちの理解度を判断したり、話すペースを調整したり、内容を繰り返したりするためにも大切な時間です。適切な間をとることで、言葉が子どもたちの心に印象深く残るため、上手に活用してほしい技術です。

よく実践される方法ですが、時計の模型を使って「長い針がここに来たら、こうします」と視覚的に示すなど、話す際の補助的な教具を導入することも大切ですね。

■ 学年始めに押さえたい「聞く姿勢」の育て方 「話を聞く姿勢」を育てることは、学年始めに取り組むべき最重要課題の一つです。「これから先生が話しますよ」という合図を子どもたちに理解させる。そして先生自身も、声の大きさや表情、話す速さ、間の取り方などに気を配り、子どもたちが「理解できる話し方」を心がける。まずは、この基本となる部分をしっかりと押さえていくのがよいのではないでしょうか。

教室の中で、先生が気を付けなければいけないことって。

 

子どもたちの座席は、基本的には机を一つひとつ離して配置するのがよいでしょう。1クラスの児童数が最大35名の場合、横に7列、縦に5列のレイアウトが基本になります。机を2つ繋げた配置は集中力が途切れやすくなるため、一人ひとりが自分のパーソナルスペースを確保できる独立型のほうがメリットは大きいです。活動内容に応じて、その都度レイアウトを工夫するとよいでしょう。

教室における先生の立ち位置は、基本的に黒板の前です。そこで重要になるのが「子どもたち全体をどの程度見渡せているか」です。実は、一番前の席は先生が立っていると死角になりやすく、意外と視野に入りません。先生の身長にもよりますが、最も視界に入りやすいのは前から2〜3列目あたりです。

続いて、横の視野についてです。先ほどの「7列×5列」の配置は横に広いため、両端の席の子が視野から外れやすくなります。教員としての経験を積むにつれて自然と視野は広がり、クラス全体を無理なく見渡せるようになります。それができるようになれば、顔の向きに関わらず「先生はいつもみんなを見ているよ」と態度で示せるようになります。とはいえ、最初から完璧にこなすのは難しいため、まずは一人ひとりの顔を見ながら、視線を合わせて話す習慣をつけることが大切です。子どもは先生と目が合うことで「見られている」と自覚し、自然と話に集中するようになります。

また、学級経営においては荷物の整理整頓も重要です。小さな机の引き出しに何を入れるのか、ロッカーや教科書ボックスはどう使うのか、タブレット端末はどのように保管するのか。学校によっては、これらについて全学年共通のルールが定められていることも多いでしょう。全員に徹底させるのは根気のいる作業ですが、基本的なルールは一つずつ丁寧に確認していく必要があります。

決まったルールを守るのが得意な子もいれば、苦手な子もいます。しかし、習慣化してしまえば必ずできるようになりますので、ここは焦らず丁寧に指導し、定着させていきたいですね。

2026年5月1日金曜日

最近思っていることですが……。

最近思っていることですが……。

生成AIがさらに精度を高めたとき、果たして学校は生き残れるのでしょうか。そして「先生」という職業は残るのでしょうか。少なくとも、「知識を教え、学習を進める」という従来の学校の機能は、あまり意味をなさなくなってくるはずです。 子どもたちは今後、自分専用のパートナーである生成AIとともに学習を進めるようになるでしょう。自分の考えをAIに伝え、そこで対話的な授業が行われます。生じた疑問に対しても、自分の考えを仮説として持ち、先生や友達ではなくAIとのやり取りを通して解決していく。おそらくその方が、これまでの教室での一斉学習よりも個々の思考を深めることができ、結果的により質の高い学習活動が実現できるのだと思います。

学習とは、本来パーソナルなものです。自ら考えることから始まり、対話によって考えを深めていく。そうした理想的な形を実現できるのが、生成AIを活用した学習です。生成AIは日々進化しており、今考えていることも1年経てば古くなってしまうでしょう。すでにこうした学習様式を試行している学校も多くあるはずです。現場での検証を待つ必要はあるかもしれませんが、学習形態が根本から変化していくことは間違いありません。


一方で、だからこそ「実体験」の大切さがより一層重視されるようになるでしょう。鉛筆で字を書くことや、クレパスで絵を描くこと。工作でのりを使い、手についたベタベタを拭き取ることの心地悪さと大切さ。みんなでボールゲームを楽しみ、共同作業の意義を体感すること。そして、休み時間の何気ないおしゃべり。学校生活におけるさまざまな瞬間での実体験は、子どもたちの成長に決して欠かすことのできない要素として残るはずです。

そうはいっても、学校や先生の存在意義は確実に変わっていきます。しかし現状では、何一つと言っていいほど検証が進んでいません。そもそも鉛筆を使うことに意味があるのか。手書きで漢字が書ける必要があるのか。外国語を学習する意味は残るのか。数多くの疑問符が浮かびます。 だからこそ、これからの教育のために、早い段階での検証が不可欠なのです。教育に関する先進的な研究を推し進めることは大切です。国としてもしっかりと予算をつけ、国立大学の附属学校などで実験的に生成AIを活用した授業を行い、その実践結果を広く社会へ伝えるべきではないでしょうか。

2026年4月28日火曜日

指示をシンプルに

 新しい学年になり、1か月。うまくいっていることもあれば、思った以上に苦戦していることもあるでしょう。 今、子ども達の様子はどうでしょうか。教室は整然としていますか? 先生の話を聞く態度は、しっかり身についてきているでしょうか。

タブレット等のICT端末を利用した授業をするにしても、基本的に「先生からの指示」が理解されなければ授業は成り立ちません。ツールの問題ではなく、基礎となるものが何であるかが重要なのです。

以前にも書きましたが、一番の基礎となるのは「話を聞くことができるかどうか」です。そのためのトレーニングがどの程度進んでいるかが、今後の大きなカギを握ります。

もちろん、「子ども達が楽しく学習できれば、自然とそうなる」という意見もあるでしょう。魅力的な授業ができる先生であれば、たしかに自然と話を聞く姿勢は育っていきます。しかし現実問題として、子ども達が楽しいと感じる授業を“毎時間”できる先生はそう多くはありません。 毎回楽しい授業をするのが難しいのであれば、せめて「整然とした教室環境を整える」ことに努めることが大切だと思います。

その意味で、ゴールデンウィーク明けは大きなチャンスです。 話し方を工夫し、子ども達にとって分かりやすい指示を出すよう努めるだけでも、教室の雰囲気は変わってきます。この機を逃すと、次は夏休み明けまで、なかなか良いきっかけが訪れません。

もちろん、それぞれの学校の状況は違います。先生の指示が通りやすい環境もあれば、そうではない環境があることも重々承知しています。どの学校でも全く同じアプローチが通用するとは思いません。 しかし、「分かりやすい指示を出すよう心掛ける」だけでも、状況は確実に変わってくるはずです。

落ち着きがない子が騒いでしまうのは、「指示が不明確な時」や、「これから行うことの順序(見通し)が分かりにくい時」です。また、そういった子ども達は、周りの子の言動にものすごく影響を受けます。周囲の言動すべてが刺激になり、落ち着かない要因になってしまうのです。

ですから、指示はなるべく全体に向けて、シンプルに出すように心がけてみてください。 「自分が何をすればいいのか」という指示さえしっかり分かれば、あえてそれに反して動きたいと思う子は、そう多くはないはずです。

2026年4月15日水曜日

メンタル不調を訴える教員が増え、休職に入る人が多く出た

文部科学省が昨年12月に公表したデータによると、メンタル不調を訴えて休職する教員が増加しています。精神疾患による休職者は全教職員の0.77%に上り、休職には至らないものの「1ヶ月以上の病気休暇」を取得した人を合わせると、その数は1万3,310人に達します。さらに、復職できずにそのまま退職に至るケースが約2割を占めており、これは民間企業で精神疾患により休職した職員の倍以上の割合になるそうです。

しかし、これは氷山の一角に過ぎません。実際には、休職や病気休暇を取得していなくても、心を病んだ状態で教壇に立っている先生方はいるはずです。そう考えると、統計の数値以上に、苦痛を感じながら仕事をしている教員が多いことが推察されます。

では、一体何が原因なのでしょうか。考えられる要因を3つ挙げてみましょう。

1.「子どもたちのため」という言葉の呪縛と、終わりのない業務 あらゆる作業や授業準備、話し合いが、「すべては子どもたちのためだから」という言葉で片付けられてしまう傾向があります。一般企業の残業は目標が明確なことが多いですが、教員の業務は必ずしもそうではありません。 授業の準備がそのよい例です。ただ授業で使う物を準備すればよいわけではなく、資料を作り、授業の流れを構想し、他学級との調整をするなど、やり始めればきりがありません。 昨今のDXの流れの中で、テスト用紙をスキャナで読み込んでパソコン上で処理し、スプレッドシートに自動転記されるなど、業務は進めやすくなっています。テストの採点や評価のように「きりのよいところまで進めれば済む仕事」は楽になりました。しかし、先ほどの授業準備のように、経験や知識が必要で、なおかつ「自分が満足するまで終わらない仕事」が現場にはまだまだ多く存在します。

2.職員室、子ども、保護者…複雑な人間関係のストレス 職員室の人間関係には独特の難しさがあります。教員は若手だろうとベテランだろうと、基本的に立場は同じです。若手でも授業や学級経営が上手な先生がいる一方で、ベテランだからといって全く問題がないわけではなく、毎年のように学級に課題を抱える教員もいます。(若手の方が不祥事を起こす割合は高いそうですが、必ずしも若手だけというわけではありません)。

そして、人間関係で最も悩まされるのは、やはり子どもとの関係です。一人ひとり異なる子どもたちと円滑な関係を築けなければ、学級経営は成り立ちません。 加えて、子どもの反応に敏感な保護者の存在もあります。世間では「モンスターペアレント」などと言われたりもしますが、僕が見てきた限りでは、教員側の保護者への対応(初期対応など)が悪いと思うことのほうが多かったです。保護者の言うことが無茶苦茶で、先生が一方的にかわいそうというシーンは見たことがありません。とはいえ、子どもや保護者との関係をうまく築けないことは、教員にとって計り知れないストレスになります。

3.「学級担任制」という密室と孤立 基本である学級担任制は、担任一人にすべてを委ねる形になります。担任がうまく学級をマネジメントできなければ、そこで行き詰まってしまいます。 いわゆる「学級崩壊」と呼ばれるカオス状態に一度陥ってしまうと、他の先生を応援に入れたり、保護者に教室に入ってもらったりしても、どうすることもできません。多くの場合、担任を交代させる以外に手の打ちようがなくなると思います。一度そのような状態になれば、精神的にかなりつらい状況に追い込まれます。「組織的なサポート」という手はよく打たれますが、それが根本的な改善につながるケースは少ないというのが実感です。

これらの要因が重なり、心の状態を維持できなくなってしまった結果、精神疾患を発症してしまうのだと思います。

2026年4月4日土曜日

【伝え方の工夫】と【先生としての心構え】

 子ども達に「話を聞くことの大切さ」を教える前に、まずは私たち教員の姿勢について考えてみましょう。実は子ども達自身も、話を聞く大切さはよくわかっています。決して「先生の話を聞かなくてよい」と思っているわけではありません。

授業において、何をすればよいのか、何を考え、話し合えばよいのか。これらはすべて、先生から発せられる言葉によって決まります。だからこそ、先生が明確に、できるだけ短い言葉で指示を伝えることができれば、子ども達の理解は深まり、その後の活動もぐっと活発になります。 どうすれば子ども達にわかりやすく伝わるのか。そのための工夫と努力を惜しまないでください。その姿勢は、必ず新しいクラスでよい結果を生み出すはずです。

そして、若手や初任の先生方にもう一つお伝えしたい重要なことがあります。それは「しっかりと先生になりきってほしい(先生を演じてほしい)」ということです。

経験の浅さや年齢は関係ありません。子ども達にとって、あなたはまぎれもない「先生」です。新しいことを伝え、正しい道を教え、困った時には相談に乗り、優しく声をかけてくれる唯一の存在なのです。 35人の子ども達がいても、教室の中で大人はあなた一人しかいません。特に低学年の子ども達は、自分の思いをうまく言葉にできず、常に先生に様々な判断を委ねてきます。

そんな時、先生はしっかりと子どもの話に耳を傾け、判断し、その結果を明確に伝える必要があります。ただし、即答できない場合は「今は答えられないから、確認してから伝えるね」と誠実に返すことも大切です。他の教員や保護者への確認が必要な事案を安易に判断し、後から訂正するような事態は避けなければなりません。

初めのうちは、「先生という大役を任され、その役を演じている」というくらいの心構えで構いません。自信を持って、子ども達の前に立ってください。

2026年3月30日月曜日

アプリとグループウェアの活用


様々な場面でタブレット端末などが普及し、学校現場でもここ数年の間に、専用のアプリが使われることが当たり前になってきました。 保護者からの出欠連絡、学校からの文書配信、そして校内での出欠席管理など、その用途は多岐にわたります。

アプリを導入したことで最も大きく変わったのは、「情報の流れ」です。今までは「保護者と担任」「担任と養護教諭」といった、いわば1対1の閉じた形でのやり取りが中心でした。しかし今は、「保護者と全教員」「全教員と養護教諭」というように、オープンな情報共有へと変化してきています。

兄弟のうち1人が休みなのか、2人とも休みなのか。休みの理由は家庭の事情なのか、感染症なのか。今までは、保護者や養護教諭、あるいは他のクラスの担任にわざわざ確認して回らなければならなかったことが、今ではアプリ上の情報を確認するだけで済むようになりました。

これは管理職の視点からも、非常に大きな変化だと言えます。今までは、担任等によって「まとめられた報告」だけが手元に届いていましたが、今では保護者からの一次情報や、担任と保護者のやり取りの過程などを、自分で直接確認できるようになりました。 情報が校内で相互に共有され、それぞれの立場から多角的に状況を見ることができるからです。何日か続けて休んでいる児童に対し、何人もの先生が気づき、関連する情報を出し合えること。そして校長自身が、子どもたちの状況を解像度高く把握できることは、学校運営において極めて重要だと感じています。

こうした連絡・コミュニケーション用のアプリに加えて、やはり「グループウェア」もこれからの学校には欠かすことができません。 グループウェアの導入により、「定例会議自体をなくす」「会議の内容を事前に共有する」「会議の結果だけを示す」「教員間の連絡をシステム上で行う」「提出物を管理する」「特別教室や専科の授業予定を修正・共有する」といったことがスムーズにできるようになりました。 特に、会議や打ち合わせを行わずにグループウェア上で処理することで、現場の先生方が有効に活用できる時間が増えたことは、最大の成果だと思います。

ただし、情報共有アプリにしても、グループウェアやメールにしても、「全員が確実にそれを見ていること」が大前提となります。「自分は見なくてもいいのではないか」という人が一部でもいると、システムとして成り立ちません。導入当初とは異なり、今はそうした意識のズレも少なくなっているとは思いますが、やはり毎朝、情報を確認して共有するための時間をしっかりと確保し、お互いが共通理解を持てるようにしてほしいと願っています。

2026年3月29日日曜日

4月が始まります。スタートする前に気持ちを整えて


4月って、特別な月ですよね。他の仕事をしたことがないので、どの仕事でもそうなのかもしれませんが。先生をやっていると、4月はそれまでのことをいったん忘れて、新しい1年を迎える切り替えになる月です。

去年1年がどうだったかということを考えるのも大切ですが、新しい1年をどう迎えるかを考えるのはワクワク、ドキドキするものです。転勤をした年でなければ、少なからず子ども達の様子は分かるのですが、新しいメンバーで始める新しいクラスというのを想像すると、やはり緊張感が漲ってきます。

この時期にすべきことは何でしょう。

まずは、自分のクラスの子どもの名前を覚えることです。名簿を何回か見て、名字だけでよいので覚える。これが基本だと思います。初日から名簿を見ずに名前を呼んであげることができると、子どもとの距離がぐっと近くなりますね。そうはいっても、急に35人の名前を覚えることは難しいと思います。僕は、よく上履きに書かれている名前をさりげなく見て、声をかけていました。何回も名前を呼んでいるうちに、しっかり頭に入ってきます。

それから、ともかく笑顔でいることを心掛けるとよいと思います。前にも書いていますが、基本が笑顔であれば、ちょっと困った顔や曇った顔をするだけでも、子ども達は反応してくれます。常に困った顔や厳しい表情を見せていると、先生の表情に対して反応してくれなくなってしまいます。子ども達は優しい表情を見せてくれる先生が好きですし、そういう先生には積極的に話しかけてくれるものです。

4月のスタートがうまくいくことは、何よりも大切なことです。先生達も、まず自分が理想としているクラスをイメージしてほしいと思います。こんな風な授業がしたいとか、こんな雰囲気のクラスにしたいとか。ともかく良いイメージを頭の中に思い浮かべることが大切です。

そして、そういうイメージのクラスにするという気持ちを持つこと。子ども達は、先生の最初の言葉を待っているはずです。自信をもって、子ども達に向き合ってほしいと思います。



2026年3月5日木曜日

すべての学年を担任できるのが「良い先生」なのですか。

すべての学年を担任できるのが「良い先生」なのか?

担任を担うことが小学校の先生の基本であるというのは、チーム担任制だろうが教科担任制であろうが、あまり変わりはないと考えています。担任として学級の基盤を作り、子どもたちが学習に集中できる基礎を作っていくことは、やはりとても大事なことです。

私自身、教員時代は1年生から6年生まで、どの学年も複数回担任を経験してきました。自分が現場にいた頃は、「すべての学年を担任できるのがよい教員だ」と信じていました。

ですが、校長として学校全体を俯瞰するようになった時、その考えは少し違うのではないかと思うようになりました。1年生と6年生とでは、担任に求められるスキルや視点が「全く」異なっているからです。

1年生と高学年、求められる役割の大きな違い

1年生の担任として最も気を付けるべきことは、子どもたちの日々の細かな変化に気づくことです。1年生は、体調や精神的な変化があっても、それを十分に言葉で伝えることができません。心のありようが身体的な変調として表れることもよくあります。

また、視野が狭かったり、聴力がまだ十分に発達していなかったりするため、早口で話をしても伝わらないことがあります。保育園や幼稚園からの良い習慣を引き継ぎつつ、学校で「初めて」身につけるべき習慣を教えるなど、低学年特有の発達段階を深く理解した指導が求められます。

一方、高学年になると、子ども達は身体的にも精神的にも大きな変化の時期を迎えます。思春期の入り口に立つ子もいれば、まだそうでない子もおり、成長の個人差が非常に大きくなります。

大人に対して反発心が芽生えたり、大人のウソを見抜けるようになったりする、とてもセンシティブで不安定になりやすい時期です。コミュニケーション能力の差も顕著になり、一人ひとりに合わせたより複雑な対応が必要になってきます。

これからの時代に合った「担任の在り方」とは

運動会などを見ていると実感しますが、小学校の6年間という期間は、子どもの成長にとってあまりにも長い時間です。

だからこそ、低学年を担任する先生と、高学年を担任する先生をある程度「固定化」する方が理にかなっているのではないでしょうか。「1年から3年まで」「4年から6年まで」と担当範囲が決まっていれば、教員はその年代の専門性をより深く磨くことができ、業務も効率的に進めることができます。

以前の記事でも触れたかもしれませんが、アメリカやイギリスでは学年を固定し、その学年を専門に担任する方式が一般的です。(逆に北欧などでは、同じ担任が6年間持ち上がる方式が多いようですが、これも一つの専門性の形と言えます)。

「どの学年でも無理なく持てなければならない」というこれまでの常識は、教員の働き方が問われる今の時代には、少し無理が生じているような気がします。

新年度を前にして、これからの時代に合った「担任の在り方」について、今一度考えてみてはいかがでしょうか。

2026年2月21日土曜日

あと1か月。学級担任頑張れ!

 学級担任をもつと、「完璧にクラスをまとめなきゃ」とプレッシャーを感じるかもしれません。でも、最初からすべての先生がうまくいくわけではないんです。子ども達と上手くいかず、一度躓くとなかなか軌道修正できなくて悩む……そんな時期は誰にでもあります。これは、私自身にも上手くいかなかった経験があるからこそ言えることです。


振り返ってみると、子ども達と良い関係性が築けなくなる要因は、「教師が強引に物事を進めようとした時」にあるのだと思います。よく言われがちな「子どもに舐められちゃいけない」と肩肘を張ってしまう感覚が出てきたときは、要注意です。そこで強く出て押し切ろうとしても、良いことは何一つありません。 関係性がぎくしゃくしている時に、上から押さえつけたり強引に進めたりすれば、子ども達の不満はたまる一方です。特に高学年になると、その傾向はより顕著になります。

大切なのは、まずは子ども達の話を丁寧に聞き、よく観察してあげることです。強引な態度や上からの強気な発言は控え、ソフトで柔らかな対応を心がけてみてください。

もし、教室に向かう廊下や階段で「足取りが重い」「行きたくない」と感じるようになったら、それは心がかなりSOSを出している状態です。精神的に追い込まれ、子ども達の前に立っても気力を保てなくなっているサインです。

学級担任制の難しさは、教室という密室に「先生が一人しかいない」という点にあります。困った時に他の先生が応援に来てくれても、最終的には担任自身が子ども達と向き合わなければ、本当の収拾はつきません。 だからこそ、学級が荒れそうになると、つい大きな声を出したり物を叩いて音を立てたりと、「威圧」によってコントロールしようと考えてしまいがちです。その焦る気持ちは、とてもよく分かります。

でも、そんな時こそ、学級担任は「ソフトに、柔らかく、丁寧に」子ども達に接することが不可欠です。何よりもまず、「先生は話を聞いてくれる」「話しやすい」という安心感を子ども達に持ってもらうことが、クラスづくりの第一歩になります。

どうか、精神的にすり減ってしまうことのないよう、自分自身の心を守りながら、目の前の子ども達と向き合っていってくださいね。

教頭職の多忙さを考える:10年前の経験と教育DXがもたらす変化

私が教頭職を務めていたのは10年ほど前までですので、現在の状況とは異なる部分もあるかもしれません。当時は「教頭は校長より早く出勤し、校長より遅く退勤する」という暗黙の了解のような空気がありました。しかし、私はそれを頑なに守る必要はないと考えていたため、自分の仕事が終われば校長より...