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2026年2月10日火曜日

【現場の悲鳴】「先生が一人足りない」は、単なる1コマの負担増ではない

■「家庭科」の授業を担任が持つということ  学校現場で「専科の先生が一人配置されない(欠員)」という状況がいかに深刻か、具体的なシミュレーションをしてみたいと思います。

 例えば「家庭科」です。週1.5コマ(2週で3コマ)の配当ですが、実習準備や後片付けが必須の教科です。専科の先生がいれば、複数のクラスを連続して授業することで準備・片付けを効率化できます。  しかし、これを担任が持つとなると話は別です。

  • 空き時間が消滅する

  • 準備・片付けの時間が新たに発生する

  • 慣れない実習手順の確認作業が増える

 結果として、他の教科の準備や採点業務がすべて後回しになります。感覚としては、授業1コマの負担増ではなく、**「3時間分の業務ロス」**が発生するのに等しいのです。

■「月44時間」の残業が生む矛盾  こうした業務のしわ寄せは、すべて時間外勤務に直結します。  よくある勤務実態として、朝30分、放課後1時間半の残業をしたとします。

  • 1日2時間 × 22日 = 月44時間

 これは、労働基準法の原則的上限(月45時間)ギリギリの数字です。しかし、教員の場合は給特法の壁があり、これを「残業」とは呼んでもらえません。

  • 現状: 月額約1万6千円(調整額)のみ支給

  • 本来: 年額約150万円相当の残業代が未払い(試算)

  • 罰則: いくら働かせても管理職への罰則なし

 給特法制定当時(昭和40年代)の「残業月8時間」という前提は、もはや完全に崩壊しています。


■「1兆円」を惜しんで現場を疲弊させるのか
 もし今、教員に正当な残業代を支払うと、国全体で約1兆円が必要になるそうです。国や自治体がこの問題に口をつぐむのは、結局のところ「教員の健康より予算が大事」だからではないでしょうか。

 若手教員の増加に伴う産育休の取得、メンタル不調による休職……。「先生が足りない」というリスクは今後ますます高まります。  「未配置」の穴埋めで現場が倒れてしまう前に、時間外勤務の削減と、給特法の抜本的な見直し(残業代の支払い含む)が急務です。

2026年2月8日日曜日

働き方改革の実態

  働き方改革は進んでいないのが実態じゃないでしょうか。統計的な値では進んでいることになっています。例えば、月の時間外労働時間が減っている。月に45時間以上勤務している人の割合が3割以下になった。これらは、教育委員会を通して、文科省に伝わっているデータです。実際、時間が労働の時間が減少しているのは事実だと思います。働く時間を短くするための努力は、各自していると思うのです。学校の組織としても、午前中5時間を実施し、子ども達の下校時間を少しでも早めようと努力したり、会議をなくしていこうとしたり、校内の授業研究会を止めたりとか、ともかく時間外労働時間を減少させることに取り組んでいると思います。

 しかし、これって、何ら抜本的な改革ではないわけです。教育DXを進めることで、労働時間の短縮を図ることも同時に進んでいます。教育DXの効果は抜群だと思います。例えば、週案の作成時間を極端に短くすることができるようになりました。テストの丸つけも、スキャナで読み込み、画面上での採点を行い、数値処理はアプリにお任せできるようになってきました。図工の評価も、デジカメでプロセスをとり、評価に活用することで、メモだけではわからない部分を見ることができるようになっています。体育でも同じことが言えます。成績の評定なども、ちょっとした記録だけで、解決することができるようになっています。グループウェアの活用も、会議や情報の共有化という点では各自に進んできています。

 50代よりも上の人たちからすれば、これらのことは、非常に働き方改革を進める上で大きな効果を上げていると感じると思います。

 しかし、40代よりも下の先生たちにとっては、これらは、当たり前のことであり、別段驚くようなことではないのです。スマホが普及し、デジタル情報を処理することに慣れている先生たちにとっては、アナログだらけだった教育現場の方が不思議な正解だったかもしれません。通知表に文章での起債が無くなったことで、通知表を作る時間が何十時間も減っていく。すごい改革だと思うのですが、最初から文章での記載がない先生たちにとっては、何ら改革ではなく、通知表は大変な仕事なのです。

 働き方改革を進めるためには、定数法の改正が必要です。これまで、何十年もの間、仕事量を増やしたにもかかわらず、教員の定数をまったく増やしてこなかったことのつけが回ってきているのです。もちろん、やっていることややらされていることを減らしていかなければどうにもならない面もあります。

 表面的には働き方改革が進んでいるように見えるかもしれません。しかし、それは、表面的なことだけであり、数値の問題だけなのだと言いたいです。


2025年12月21日日曜日

学校は保育園か?

  

イメージキャラクターを作ってみました。ココアちゃんです。


 学校の開門時間を7時にする自治体があると報じられています。すでに、放課後については学校施設を利用して、子ども達を夜まで預かるシステムができています。こちらの方は、初めに、子ども達を集団遊びができるような機会を増やすと言って始めたものが、純然と預かり機能になってきています。僕の記憶が正しければ、たぶん30年近く経っていると思います。朝の預かりシステムも、固定化してくれば、それなりにコストがかかるシステムになるでしょうし、場合によっては、学校での対応も求められるようになるかもしれません。

 これらのシステムが学校とは異なるものだということを保護者にしっかり理解してもらえるようにすることがまず大切です。実際、所管している部署が違いますので、本来的には学校と切り離されたものだというのは明白なのですが、同じ施設を利用しているだけに、保護者には、分かりにくいとは思います。行政的には、少子化対策の一環として、大人の都合で、子ども達を預かるシステムが必要だと考えているのでしょう。

 学校が保育機能を持っていると実感させられたのはコロナ禍です。この時期に、学校が子ども達をできるだけアズってほしいという保護者が多くいることが分かった気がします。何もしなくても、学校が預かってくれるだけでいいという声をも多く聞いたと思います。

 


 確かに、学校にいるということは、基本的に安全だということもありますし、食事も提供されますから、保育とみてもおかしくはないのかもしれません。

 本体的には、学校は保育機関ではないのですが、日本社会のシステムが不十分な分、学校という社会的施設に、保育機能まで求めてしまうのかもしれません。学校が本来の機能を取り戻すためには、社会全体の構造が変化しなければならないのだと思います。

2025年12月18日木曜日

人事への期待



個人的な感情語を抑え、客観的な事実と論理展開を強調しました。

かつての人事要望において、校長は「算数指導の見識がある人材」「体育指導で職員を牽引できる人材」「教務主任を担える人材」など、学校運営に必要な具体的スキルを持った教員を求めていました。しかし近年では、「授業が成立する教員」「1年間担任を務められる職員」であれば十分とする傾向が強まっています。以前は「最低条件」であったはずの要素が、今や「採用の決め手」となっているのが実情です。

この背景には、大量採用世代の産休・育休取得増や、男性職員の育休取得、さらには病気療養に入る職員の増加があります。これにより欠員が生じ、臨時的任用教員(以下、臨任)であっても担任を任せざるを得ない状況が常態化しています。 本来、学校管理職としては経験の浅い臨任を担任に据えることは避けたいところですが、一校で多数の臨任を雇用せざるを得ない現状では、彼らを担任として配置しなければ人員配置が完了しません。 また、正規職員の中にも、指導力不足により学級崩壊や保護者からの苦情を招く者がおり、担任を任せられないケースが存在します。こうした要因が重なり、冒頭のような「最低限の要望」しか出せない状況に陥っています。

教育委員会は「チーム学年経営」や「ペーパーティーチャーの復帰支援」などの対策を講じていますが、抜本的な解決には至っていません。 小学校における人員不足は深刻です。「過重労働」という評判が人材確保を困難にし、その結果として現場の負担がさらに増すという悪循環が続いています。しかし、こうした状況下でも教員定数の改善に関する議論は進んでおらず、給与引き上げの話も不透明なままです。

現在は、人材育成を論じる以前の段階にあります。まずは最低限の人員を確保すること。そのために、給与等の待遇改善を行い、人材を呼び込む施策こそが急務であると考えます。



2025年11月26日水曜日

就学時健康診断を学校に押し付けているのはどうにかならないの

 10月から12月にかけて、就学時健康診断が実施されます。小学校に上がる前年度、幼稚園や保育園の年長さんが受けに来ます。おそらく、どこの自治体でも、その子が入学する予定の学校で実施しているというのが現状だと思います。しかし、本来は、教育委員会が実施するものであり、学校が準備や実施、片付けをするものではないはずです。少なくとも学校保健安全法を読む限り、学校が実施するものではないはずです。実施責任が教育委員会にあるのですから、教育委員会が実施し、その結果を学校に送付するというのが正しい手順なのではないでしょうか。法定検診として1.5歳と3歳の2回、これは、自治体が実施しているのですが、設定されています。決して、学校が実施しなければ実施できないというものではないと思います。各学校に実施させれば確かに費用の面や場所の確保の面から言えば教育委員会は楽ができるのだと思います。人数の多い都市部ではとてもできないというのかもしれません。しかし、実際に1.5や3歳の検診は実施できているのですから、方法はあるはずです。

働き方改革をどの教育委員会も言っています。しかし、就学時健康診断のように学校に業務を押し付けて実施しているものもあるわけです。学校は準備に十分時間をとっています。事前の打ち合わせもしますし、お医者様の日程に合わせ、日程を決める作業もしています。寒ければ、内科検診の際の部屋の温度の調整もします。もちろん、学校にとってのメリットもあります。入学する前に、どのような子が入学してくるのかを見ることができます。ですが、この点については、今は事前に幼稚園や保育園に見学に行くことも多いと思いますので、補うことはできます。

保護者としては、自宅近くの学校はよい検診場所かもしれません。しかし、日程の調整ができないという点で不自由があると思います。両親ともに仕事に行っている場合や、片親の場合なども本来日程の調整ができる方が望ましいと思っていると思います。

いずれにしても、法律にあるように教育委員会が実施すべきものは実施すべきです。

2025年6月29日日曜日

人が足りないのを解消できるのでしょうか。

昨年、12月に給与表の改定をしたのだと思います。初任給を上げるためが一番の理由だったと思います。初任給を上げるということは、若手の給与を同じように上げなければなりません。その結果、勤続年数が多いほど、給与を上げないということが起こったわけです。物価だから、給与の引き上げをするという報道がありました。しかし、20代は、1カ月分の給与引き上げをしたのですが、40代以上は、5000円程度の引き上げにとどまることになりました。企業の状況は分かりませんが、教員に関しては、そういう実態がありました。「いまさら転職するわけないから、給与は引き上げない」と考えているんじゃないという声が職員室で聞かれました。

人材不足が著しい中、大企業では、初任給30万という発表が続きました。それに引き換え、教員の初任給は、手取りで20万ちょっとだと思います。そう考えると、やはり教員になってもらうためには、初任給を引き上げるというのも必要な戦略だとは思います。

ですが、ここまで、失った30年といわれる中で、公務員の給与を抑えることに熱心に取り組んできたのは政府です。教員の給与も例外ではありません。僕自身、その中にいましたから、給与って上がらないという感覚があります。バブル以前から仕事をして痛みとすると、本当に、異常な事態が続いていたんだという実感があります。

今まで、就職氷河期などがいい例ですが、就職難の時代ほど、簡単に人材を集めることができたのだと思います。また、就職氷河期の時代は、ちょうど、教員の採用が少なかったじきでもあります。ですから、採用試験のハードルも高く、苦労した人たちも多いと思います。ちなみに、僕が採用試験を受けた時には、実技試験がありました。実技試験を始めた年でした。水泳をしたり、跳び箱運動をやったり、オルガンを弾いたりしました。

今の20代は実技試験が無くなっています。採用試験を受けてくれる人を増やすためです。試験の負担の軽減を図っても、実際には採用試験を受けてくれる人が増えているという様子はないような気がします。もちろん、一つの自治体が実技試験をやれば、そこだけが避けられるというのも事実でしょう。

教員免許を取得するための大学も増え、初任給も上げ、採用試験の煩雑さをなくした。これだけのことをしても、今年の採用試験の倍率が上がらい。これが事実です。では、どんな手を打てばよいのでしょう。初任者研修を進めるために、初任者のためのサポートのための先生を雇用しています。しかし、毎日いてくれるわけではなく、週に1日だけ、いてくれる程度なのです。こういう直接担任をするのではない職種なら、定年で辞めた人でも、やってくれる可能性はあります。思い切って一人に一人指導教官をつけ、複数で1クラスを見るという手も打てるのではないかと思います。

それから、思い切った手としては、夏休みです。夏休みをしっかりとれる仕事だと謳ってしまえばよいと思います。長期の休暇が取れる職種として、魅力が出るのではないでしょうか。夏季休暇を10日つけるとか。そうすれば年休(有給休暇)と合わせれば2週間以上休みを取ることができます。これならば、人件費が増えることはないので、実行可能だと思います。世間的にも、学校の先生をこれだけ優遇しているとアピールできることになると思います。

そこまでしないと人が集まらないという実態を訴えるべきです。

2025年6月21日土曜日

目標よりも、実行と評価を

 学校にはたくさんの目標があります。まず学校教育目標。市の教育委員会が出した教育目標。もちろん、文科省が示す目標的なもの。学校教育目標のもと作られる瞠目、図書、総合学習、情報教育、情操教育、環境教育、学校保健目標、学校給食目標、まあ、それぞれの分野で目標を作れと言われるわけです。でも、こんなに目標があって、その上に学年目標、学級目標まで。子ども達だって、先生だって、覚えているわけないじゃないですか。それぞれの部署が、自分のところは大切だからと思うのでしょうか。ともかく目標的なものが山とあります。学校が多忙化する要因の一つは、そういう各部署ごとにいろいろといってくる教育委員会の姿勢にあると思います。もちろん、教育委員会にいろいろ言ってくる文科省の責任であることは、間違いありません。それから、目標でいえば、公立学校という立場の危うさでしょうか。基本的に、公立学校ですから、どこの学校に行っても、同質の教育が受けられるはずです。また、公立学校として、日本全国津々浦々、同じ教育目標であるはずなのです。各学校ごとの特性や特質を生かしてといいますが、まず、基準となる学校教育の指導要領が示されているわけですから、目標だけが、各学校で異なっていることが不思議でたまりません。少なくとも、教育委員会単位で、示される目標は同じではないのでしょうか。異なった目標を立てる必要性がよくわかりません。第一、近隣の学校と学区が明確に線引きされ、学校間での競争があるわけでもありません。国によっては、学区が廃止され、児童数に応じて教育予算が異なることもあるようです。その場合は、学校間で競争が発生するのかもしれません。隣の学校よりも優れている点を強調したいでしょうし、特性を伸ばしたいと思うかもしれません。しかし、そのような競争もありません。また、目標を立てるということは、実行した後に、効果測定があるべきなのです。しかし、その点もされていない現状があるのではないでしょうか。一時期数値化することに意味があるという論調の時代がありましたが、それも、なんとなく消えています。目標を立てるなら、しっかりと、評価するべきだと思います。保護者へのアンケートをとったりしていますが、そのアンケートも学校単位ではなく、教育委員会単位でアンケートを十すべきだと思います。少なくとも、学校への満足度の比較をすることはできるのではないでしょうか。目標を持つことはいいことだと思います。学級目標を作り、それを実現した姿を子供たちに考えさせ、実現するための手順を明確に示すことができれば、少なくとも、学級崩壊を招くことはないと思います。また、先生達にも、達成すべき姿を明確に示し、そのために、どのようなことをしていかなければならなかを議論してもらうことには意味があると思います。

2025年6月14日土曜日

給料の問題なのか

 働かせ放題の温床は、給特法にあるのは間違えないでしょう。基本的に、公務員ですから人件費も予算の枠内で納めなければなりません。教員の「訳の分からない」残業にも給与を出していったら、いったいいくらかかるか分からない、と、感じている財務省や文科省には、それを推し進めることはできないでしょう。

ただ、お金の問題は、実は、表面的なものではないかと思うのです。それ以上に、「やりがい」ということの方が問題のような気がします。先生は、子ども達のことを第一に考え、子ども達のためならば、できるだけのことをするものだと、刷り込まれている方が問題なのではないでしょうか。最近はさすが出てきませんが、「聖職」などといわれていた時代もあります。その歴史があるからでしょうか、お金のことって職員の間では話題にならないような気がします。もちろん、給料が高いに越したことはありませんが、そのことが話題に出ることはないような気がします。日教組自体が給与闘争をして問いことも聞いたことはあまりありません。労働組合なのに、給料や労働環境にあまり熱心に取り組んできたとは言えない気がします。「やりがい」は、とても危険な言葉だと思います。それでも、これまでは、「やりがい」があるんだから、頑張れるという風潮が職員の中にはあったのではないでしょうか。

今でも、実際には土曜日や日曜日に学校に来ている職員がいます。仕事が終わらないからだけでなく、自分が考えていることを実現させるために、教材づくりや授業準備をするために学校で休日も働いているわけです。これらは、まさに「やりがい」マジックのなせるものだと思います。ライフワークバランスが言われ始めたのもつい最近のことだと思います。「やりがい」に浸食されている先生たちにライフワークバランスなどといっても響くものがないような気がします。

働き方を考えることは、大切なことです。しかし、仕事をすることで理想を実現できると感じている「やりがい」世代には考えようがないのかもしれません。自分の時間をたっぷり楽しむことを体感していかないと駄目なような気がします。ですから、単に給料の引き上げを実現しても、改善はされないでしょう。

2025年6月11日水曜日

現場を知ってもらうために

働き方改革の議論をする前に、文科省に入ったら、2年間学校現場で仕事をすることを義務化したらどうでしょう。

教育問題って、誰でも参加することができるテーマなんですよね。だって、国民の全員が、経験していることなんですから、教育については一言、二言、三言、話すことができるわけです。でも、学校の現状を実感できるのはその場にいたことがある人だけだと思うんです。国によっては、教育に関わる人は、全員学校での教員経験がある人という条件が付いているという話を聞いたことがあります。この国は、全く違いますよね。様々な会議や委員会の席に、現場からは数人出ているだけだと思います。有識者ということで、畑違いの人が参加していたり、メディアで話題になっている人が出ていたり、あとは、学者さんばかり。実際の学校の様子を理解sているとはとても思えません。

コンビニやファストフード、チェーン店化しているレストランなどに就職すると、3年間程度は、店舗の店長や副店長を経験しなければならないということを聞いたことがあります。文科省に入ったら、学校現場で経験を積むことで、現場の課題や問題などを実感できるようになるのではないかと思うんです。まあ、担任をやれとまでは言いません。免許法の関係もありますから、難しいと思います。せめて、校長を2年間やってみるというのがいいのではないでしょうか。確かに、文科省から教育委員会に出向している人もいます。教育委員会の課長級で、様々な場面の視察をする機会もありますし、学校の職員の声も聴く機会があると思います。しかし、それでは不十分だと思います。何が学校で起こっているのか実際に一緒に働かなければ分からないのではないでしょうか。

学校は、視察があるといえば、その場しのぎでも格好をつけます。悪く見えるようなことはしません。それはそうですよね。だから、問題がないと見えるかもしれませんが、実際には小さな出来事がたくさん起きているわけです。

本当に困っていること、悩んでいること、それらを実感できるような仕組みを作ることはとても大切なのではないでしょうか。

働き方に対しての意識を変えないと。

いつから学校の「働き方」は問題になったのか 働き方の問題が現場で話題になり始めたのは、2016年ごろだったと思います。 それ以前は、働き方が問われることはほとんどありませんでした。タイムカードすら存在せず、遅くまで仕事をして注意されることなど一度もなかった時代です。記録がないので...