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2025年10月30日木曜日

授業を成り立たせる

 授業って難しいですよね。気持ちよく授業ができるなんて、1年間に何回もなかったような気がします。

まず、話を聞いてくれなければなりませんから、話を聞く習慣がクラス全体に身についていますか?

そのためには、話している方の意識が大切だと思います。話すときは、必ず子ども達を見ていること。黒板に板書しながら話すをのやめるだけで、聞く態度はよくなります。結構、時間の問題などもあり、忍耐力を要しますが、僕は大切にしたいと思っていました。

話す速さも、大切です。低学年になればなるほど、話を聞き取る力が低いです。ゆっくり話すことが何より必要だと思います。これも、なかなか、徹底できるようにするのは難しいですが、学年に応じた話す速さを意識してほしいです。

それから、先生に徹すること。これも、学年が上がると素の自分が出やすいのですが、先生という役柄を自分で作って、演じ切ることが大切だと思います。

これらのことができたら、内容です。子ども達が考えることができる問いかけができることが大切です。それは、こうなんじゃないかなと、考えることができるような設問は必要だと思います。

それから、最終地点が明確になっていること。その授業で、何を考えたのか、その結果、どういう結論を出すことができたのかが分かる授業になっているといいと思います。

子ども達が、その時間に集中できるような内容であれば、授業が終わって、満足感を持つことができるのではないでしょうか。

偉そうに書いていますが、なかなか実践するのは難しいですよね。

2025年10月28日火曜日

昭和と平成

 今では、平成生まれの先生の方が、昭和生まれより多いんでしょうか?統計的な資料を確認したことがないので正確には分かりませんが。平成元年に生まれていれば、36歳なのでしょうから、比率的には同数くらいなのかもしれませんね。

平成だから、昭和だからと、別に何の意味もないのですが、どっぷり昭和生まれとしては、去年のテレビドラマ「不適切にもほどがある」を思い出してしまいます。

1986年には、僕は先生をやっていました。あのドラマを見ながら、そうだったなと思うことがたくさんありました。もちろん、誇張されていることはたくさんあったのでしょうが、イメージ的には、あのドラマに出てきたことを納得してみていました。

そう考えると今と昭和とは隔世の感があります。一つ一つの価値観などというよりも、生き方自体に大きな違いがあるのかもしません。その割には、学校が変わっていないような気もします。文科省がひきざんがにがてということを書きましたが、学校自体も、引き算ができないのではないでしょうか。実際には、学校だけで決めれることがたくさんあります。

30年前の指導要領の改定の際、特活は70時間から、35時間に時数を減らされました。当然、クラブや委員会は時数の中に入らなくなったのですから、この時点で辞めてしまうことができたはずです。しかし、実際には、時数に組み込まれていないのに、それらは継続して行われています。これは、学校の本団として残したものです。行事についても、その時数は減らされませんでした。

最近になり、ようやく余剰時数のことは広く理解され、余剰時数がほぼなくなってきていると思います。これについても、学校の判断が誤っていたのに、教育委員会や文科省が、学校の責任でやっていることとして、知らん顔をしていた事柄です。

昭和と平成では、異なった価値観になっています。昭和がよかったなど思っているわけではありませんが、意外と昭和が残ってしまっている気がします。

早く令和のスペックを考えていかなければならないのではないでしょうか。

2025年10月27日月曜日

毛筆やそろばん

 確か、30年前の学習指導要領の家庭の際に、図工をなくしたらという話が出ていたような記憶があります。

そろばんや毛筆の話もよく出されますよね。必要なのか。そこに使われている時間が、一定の教育効果を持っているのか。東洋経済のオンライン版でも取り扱っています。

もちろん、そろばんや毛筆、図工や音楽、体育なども、どれだけ必要なのか本当に議論されているのかなと疑問に思うことはないでしょうか。

体育だって、何のために、器械運動などやるのか、よくわかりません。跳び箱やマットなどをやめてしまえば、怪我をする率だって飛躍的に低下すると思います。

東洋経済の記事には、文科省は引き算ができないと書かれています。本当に、そうだと思います。足し算で行政を進めるのなんて、簡単だと思います。やめることは、文科省じゃなくたって大変なんです。学校を運営していても、やめるという提案をするのは、とても苦しいし、嫌な思いもします。それでも、学校が成り立っていくためには、やめること、引き算をすることが必要なんです。

日本の社会は、学校でやっているということに関心を持ちすぎていると思います。各企業や業界団体など、学校が扱わなくなったら困ると思っている組織が多すぎるのです。別に、学校で水泳をやらなくても、今の時代、水泳が廃ってしまうとは思えません。学校で、そろばんをやらないから、誰もそろばんをやらないということはないと思います。もし、学校でやらないから、そのことが原因で衰退するようなものであるならば、無くなってしまうのも時間の問題だったのだと思います。

今一度、学校がやるべきことは何かを問うべきです。そして、現場の声を聴くべきだと思います。

2025年10月26日日曜日

本当に一人一人に応じた授業ができるのかなぁ

 発達障害という言葉が定着して、かなりの年数が経ちました。先生達にも、保護者にも、この言葉が定着し、様々な対応がとられるようになってきています。医療的な措置がとられ、カウンセリングや療育が一般的になっているのかもしれません。

今考えると、担任をしていた時に持っていた子供の何人かは、発達障害だったんだと思います。まだ、その頃は、発達障害という言葉一般的ではありませんでしたから、かなり高圧的に対応したこともあったと、反省してしまいます。

落ち着かない、興味や関心に偏りがある。固まってしまい、教室から出ることができない。思い当たることは山ほどあります。

今では、薬を飲むことで、安定する子やクールダウンすることで、落ち着く子もいることが分かっています。ただ、すべての子どもがそういう措置を受けているわけではありません。これだけ、発達障害が一般化していても、療育を受けることや薬を飲ませることに抵抗感を示す保護者も少なくありません。

確かに、家庭では、それほど問題行動が起きるわけではないのだと思います。家庭内では、嫌なことや関心を持てないことを強制されることはないからです。ですから、突然、怒り出したり、大声を出したり、暴力的な行為が見られたりすることは、少ないと思います。基本的に、おとなしい子も多いですから、家庭では、それほど保護者を困らせることはないのでしょう。

それから、よく聞くのは、「私もそんな子供でしたから、大丈夫です。」という言葉です。よく父親から言われます。大人になる過程で、社会的な適応ができるケースも多くあるということなのだと思います。ですが、学校では、それでは済まない現実があります。

文科省や教育委員会が言うように、一人一人に応じた教育を提供することができるのが、一番大切であるのは言うまでもありません。しかし、そのためには、現在の状況では無理だと思います。それなりのコストをかけなければできないことを現場はしっかりと主張すべきだと思います。やれと言われてできることと、やれと言われてもできないことがあることを、みんなで共有すべきです。

2025年10月24日金曜日

運動会なのに天気が悪い

 秋の運動会の季節ですよね。10月末の週末に運動会を計画していた学校も多いと思います。

それにしても、天気を相手の運動会。今までの常識が通用しない天候に、計画段階から頭を悩ませている先生も多いと思います。

僕が若いころは、春の小運動会、秋の大運動会と、2回運動会をやっていました。それがだんだん整理され、運動会は1回になったんですね。

それにしても、気候がこれだけ変わってしまうと、行事の持ち方自体を考えなくてはいけなくなってきますね。

まず、外での行事ですが、4月、5月、10月の3カ月ができる限界なのではないかと思います。どの行事もそうですが、その日だけではなく、事前の準備や練習なども含めての行事ですので、6月から0月までの暑さは、外での行事ができる状態ではないと思います。

4月に行事を組むのは、可能だと思いますが、忙しない気がもします。運動会だけではなく、遠足系の行事や宿泊関係の行事も4月は難しいかもしれません。5月は、頭の部分の連休があるので、実質的な日数が減ってしまいます。そこがネックですね。それに、6月近くなるとかなりの暑さを感じる日があります。熱中症への対策など、考えることが増えることを思うと、やはり、難しいのかもしれません。

宿泊系の行事も難しくなってきましたね。クマが出没したり、蜂が飛んでいたり、できることが限られてきています。

運動会も、宿泊系の行事も、本当は、やる意味があるのかから考える必要があると思います。様々な条件が変わってきているのに、それを考慮に入れることなく、今まで通り実施していくのは難しいことだと思います。

学校がやるべきことを縮小することが今必要だと思います。大きな行事をどうするのかを社会全体の共通の話題にできれば、学校の在り方を変える大きなきっかけにできるはずなのですが。

2025年10月18日土曜日

子ども達が話を聞いてくれない

 学級崩壊の原因の一つは、子ども達が話を聞いてくれない状況ですよね。

学級ができた時が、一番効果的ですが、まず、話を聞かせることができるようにすることが大切です。

4月や9月のようにスタート時点では、子ども達は必ず話を聞きます。どんな先生か分かりませんし、先生がどういう出方をしてくるのかは分からないので、とりあえず話を聞くわけです。この時が一番のチャンスです。この時、先生の話は分かりやすいと思わせなければいけません。

ゆっくり、あまり大きな声にならないように気を付けて、話をすることが大切です。また、指示を出した時、それが、分かりやすいことが大切です。できれば、一回の話の中で、いくつも支持が出ているのは避けたいものです。一指示、一行動とはできないかもしれませんが、一回の話の中で指示が複数あると、混乱してしまう子供が出てきます。ですから、そういう子供に照準を合わせて、指示は簡潔に、分かりやすく、さらに、複数の指示をまとめて言わないことが必要です。低学年などであれば、黒板に板書することも効果的かもしれません。

子どもによっては、単純すぎると、次はどうするかを知りたがるかもしれません。そういう子供に照準を合わせると、ついてこれない子どもがいますから、それは、避けた方がよいと思います。

子どもが質問をした時、一対一で答えないことも大切です。教室は子どもがたくさんいます。ですから、一人がした質問を全体で共有し、全体にその回答を伝えることが大切です。けして、一人、一人に答えないようにしましょう。

それから、話し方に気を付けましょう。低学年になるほど、拾える言葉の数は少ないです。ゆっくり、話をする習慣をつけましょう。その方が、確実に一人一人に言葉が伝わっていきます。

そういう積み重ねが、話を聞く子供を育てていくことになると思います。

なぜ、話を聞いてくれないのか、原因を考えましょう。

2025年10月15日水曜日

みんな大丈夫ですか。

 先生たちみんな大丈夫ですか。3学期制の学校では、1カ月半が経過し2学期の後半に向かっています。2学期制の学校は後期が始まりました。

すごく心配しているのは、子ども達の権利がとても強く認められ、先生たちが気分的に追い込まれていないかということです。余計な心配かもしれませんが、だんだんと子どもを叱ることが難しくなっているのではないかと感じています。

先生が怖い顔をしたというだけで、保護者から連絡が来たりしていないですか。

先生の怒り方が怖くて、自分が怒られていなくても、不登校になった子供が出たりしていませんか。

怒るという方法は確かに有効な手段だとは言えないかもしれません。ましてや大きな声を出したり、音をたてたりなどは、今時としては、よい方法ではないでしょう。しかし、様々な手立ての一つであることも事実です。

先生達から、一つ一つ武器が取り上げられていくと、手立てをたくさん持っている先生ならよいのですが、まだ、それほど手立てがない先生にとっては厳しい部分があるような気がします。

これから、もっと、規制される部分が出てくると思います。子ども達が先に何かを言い始めると先生たちが反論できないことも出てくるような気がしています。

そうなっても、大丈夫な技術を手に入れておくことが大切だと思います。頑張りましょう。

2025年10月9日木曜日

自分の時間は大切

 働き方については、様々な議論がされています。民間企業でどのように進んでいるかは分かりませんが、学校では、確実に進めることが元られていると思います。実際、教育委員会は、全職員の時間外勤務の状況を把握しています。何時間働いたか、どれだけ、時間外勤務をしているのか。各学校の平均を出し、校長にプレッシャーをかけています。

ただ、学校の問題は校長です。それぞれの校長の考え方によって、働き方について異なった見解が出てしまうわけです。学校という単位は小さいですので、学校の中でのことを校長が把握することは簡単です。ただ、その校長の考えがそれぞれ異なっているわけですから、なかなか、大きな単位で見た時に、統一されたものになるとは言えないと思います。特に、現在管理職になっている世代は、厳しい働き方の状況を経験している職員が多く、頑張って働くことをよしと思っている管理職が多いと思います。自分の経験をよしと思ってしまうのは、仕方ないかもしれません。特に、研究をすることを求められていた人は、それを良い経験だと思ってしまうのではないでしょうか。確かに、研究などをしていると、充実感があるのかもしれません。日本の教育の基盤だと言われ、それに素直に従ってきた世代は、当然、これからも続けたいと思っていると思います。

しかし、本当にそうなのかは明確なデータがあるわけではないのです。大学の先生たちが、日本の教育の特色をまとめた時に、諸外国にはないものとして、現場の研究姿勢を評価しただけなのではないでしょうか。

そして、今の学年主体のチーム対応というのも、実際には先生達を苦しめていると思います。チーム対応ができるだけの人的対応もせず、今までの予算の中でできることをやれと言われているわけですから。自分一人で進めてしまえばよいことまで、チームで対応ということが多くあると思います。

自分の時間を削っても、チームのため、学校のために働くことが今の時代よいことなのかは考えるべきです。自分の時間は大切です。前にも書きましたが、アウトプットだけでは、苦しくなる一方です。インプットも大事ですし、学校外の人間関係も大切にすべきです。そういう、心の余裕をなくしてしまうと、切羽詰まってくると思います。

働き方に対しての意識を変えないと。

いつから学校の「働き方」は問題になったのか 働き方の問題が現場で話題になり始めたのは、2016年ごろだったと思います。 それ以前は、働き方が問われることはほとんどありませんでした。タイムカードすら存在せず、遅くまで仕事をして注意されることなど一度もなかった時代です。記録がないので...