確か、30年前の学習指導要領の家庭の際に、図工をなくしたらという話が出ていたような記憶があります。
そろばんや毛筆の話もよく出されますよね。必要なのか。そこに使われている時間が、一定の教育効果を持っているのか。東洋経済のオンライン版でも取り扱っています。
もちろん、そろばんや毛筆、図工や音楽、体育なども、どれだけ必要なのか本当に議論されているのかなと疑問に思うことはないでしょうか。
体育だって、何のために、器械運動などやるのか、よくわかりません。跳び箱やマットなどをやめてしまえば、怪我をする率だって飛躍的に低下すると思います。
東洋経済の記事には、文科省は引き算ができないと書かれています。本当に、そうだと思います。足し算で行政を進めるのなんて、簡単だと思います。やめることは、文科省じゃなくたって大変なんです。学校を運営していても、やめるという提案をするのは、とても苦しいし、嫌な思いもします。それでも、学校が成り立っていくためには、やめること、引き算をすることが必要なんです。
日本の社会は、学校でやっているということに関心を持ちすぎていると思います。各企業や業界団体など、学校が扱わなくなったら困ると思っている組織が多すぎるのです。別に、学校で水泳をやらなくても、今の時代、水泳が廃ってしまうとは思えません。学校で、そろばんをやらないから、誰もそろばんをやらないということはないと思います。もし、学校でやらないから、そのことが原因で衰退するようなものであるならば、無くなってしまうのも時間の問題だったのだと思います。
今一度、学校がやるべきことは何かを問うべきです。そして、現場の声を聴くべきだと思います。
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