日本の学校の特別支援学級の大きな特徴は、児童生徒の「学籍」そのものが一般学級ではなく、特別支援学級にあるということです。
諸外国の多くでは、どの子どもも原則として学籍は一般学級にあり、日常的にも一般学級で学習をしています。日本のように、特別支援学級をベースにして子どもの育成を図るというケースは稀のようです。もちろん、どの国にもそれぞれサポートシステムは存在します。しかし日本の場合は、特別支援学級から一般学級に出向いて「交流及び共同学習」を行う際、基本的にはそこに専門のサポートがつきません。もともと特別支援学級で一日を過ごすことが前提の仕組みになっているため、子どもは特別支援学級の担任と一緒に学習を進めるのが基本だからです。
特別支援学級には、法律上7つの種別(自閉症・情緒障害、知的障害、肢体不自由、病弱、弱視、難聴、言語障害)が定められており、学校現場では対象となる子どもの特性に合わせて学級が設置されます。 例えば、知的障害学級には知的な発達が緩やかな子が在籍しており、学年別の指導というよりは、個々の成長度合いに合わせた個別最適な学習を進めていくことが多くなります。一方、自閉症・情緒障害学級には、ASD(自閉スペクトラム症)やADHD(注意欠如・多動症)などと診断された子が偏在しています。学力自体には問題がなくても、集団生活やコミュニケーションに課題がある場合、この学級で在籍・学習することになります。また、弱視学級などは対象となる児童生徒が地域にいる場合に設置され、視覚を補助する器具などの環境整備や、安全確保への配慮が不可欠となります。
特別支援学級の標準定数は、法令で「8名」と定められています。学年にかかわらず、障害の種別ごとにカウントされるため、例えば同じ種別の子どもが16名いれば、8名ずつで2クラスという計算になります。
現在、日本の特別支援教育における大きな課題となっているのが、「一般学級で過ごす時間」のあり方です。インクルーシブ教育が主流となっている現代において、一般学級での活動を増やすこと自体は望ましい方向性だと言えます。しかし、そこには構造的な問題があります。 一般学級へ交流に行く際、多くは「子ども単独」で向かうことになる点です。もし特別支援学級の担任がその子に付き添って一般学級へ行ってしまえば、特別支援学級に残された他の子どもたちの指導体制が崩れてしまいます。かといって、子どもだけで一般学級へ行かせれば、本来何らかの専門的サポートが必要だからこそ特別支援学級籍になっているにもかかわらず、何の支援もないまま一般学級の集団に置かれることになります。これは現場の大きな矛盾です。国連からは、日本の分離された特別支援教育について「差別的である」との是正勧告を受けています。文部科学省はこれに対し、インクルーシブ教育の推進や交流学習の充実を掲げていますが、現場の体制が追いついていないのが現状です。ここでもやはり、教員定数や人件費というコストの問題が横たわっているように感じられます。 教育を効率性や「コスパ」だけで測ってよいのでしょうか。みなさんは、この現状をどう考えますか。
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