振り返ってみれば、僕がパソコンを使い始めたのは1980年。そして、携帯電話やインターネットに触れ始めたのは1992年頃のことでした。この約45年の間に数多くの新しい技術が生まれ、それに伴って子ども達の「当たり前の範囲」も大きく広がってきました。
たとえば、1983年に登場したファミコン。僕自身も子ども達に混ざって夢中でプレイした記憶がありますが、現在の40代はまさにこのファミコンと共に育ってきた世代です。また、当初は接続が難しかったインターネットも、Windows 95の発売を機に一気に普及しました。現在の30代にとっては、インターネット環境が整っているのが「当たり前」の世代です。
1980年以降、どの時代に生まれたかによって、新しい技術に対する経験値や「何が当たり前か」の基準は大きく異なります。この前提の違いは、決して無視できないものです。生まれた時からAIが存在する子ども達と、これから新しい技術として「学習しよう」とする大人とでは、AIに対する意識に決定的な差が生まれます。まだ全貌が見えないAIに対して、大人たちは恐れや戸惑いを感じているのが実情ではないでしょうか。
しかし、出遅れてしまった大人たちが今やらなければならないのは、とにかく早くAIに触れ、対話してみることです。
これからの学校は、AIを大いに活用していく場に変わっていくでしょう。だからこそ、先生一人ひとりが「教育現場でどうAIを使うべきか」を主体的に考えていかなければなりません。すでにAIを活用している先生方には笑われてしまうかもしれませんが、これからの学校教育のあり方について、僕は少なからず危惧を抱いています。


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