2026年6月13日土曜日

金利の議論の裏にある、若者の「500万円の重み」

金利のことが話題になると、決まって奨学金の返済問題が取り上げられます。 僕が学生だった70年代から80年代の頃は、周囲で奨学金を使っているという話は聞いたことがありませんでした。当時の奨学金といえば、ごく一部の成績優秀な学生が受けるもので、自分には縁のないものだと思い込んでいたのです。

変化を感じたのは10年ほど前のことです。知人が「奨学金を500万円借りていて、今も返済している」と聞き、愕然としました。社会に出た途端に500万円の借金を背負う。これを自力で貯めようと思えば、どれほど大変なことか。確かにこの20年は超低金利ですから、利息は微々たるものかもしれません。しかし、500万円という元本の大きさそのものが、若者にとって重い負担であることに変わりはありません。

その後、教育の現場でも何人もの若い先生から「実は私も奨学金を借りていました」という話を聞くようになりました。中には、総額600万円という先生もいました。 仮に無利子で20年返済だとしても、毎月約2万5,000円が給与から引き落とされ続けます。

月2万5,000円。一見すると「払えない額ではない」と感じるかもしれません。しかし、若い世代の生活設計は想像以上にシビアです。 仮に初任給を20万円(手取りにすれば16万〜17万円程度)とします。独り暮らしで家賃に8万円、光熱費や食費、通信費に6万円を費やすと、手元に残るのはわずか数万円。そこから交際費や衣服代を捻出し、さらに2万5,000円の奨学金を返済すれば、手元に残るお金はほぼ「ゼロ」になってしまいます。

先生として参考にしたい教育書を買う、授業で使うちょっとした文房具を自費で購入する。そんな自己投資さえままならない状況が、現場で生まれているのです。友達とお茶を飲みに行くことすら、ためらってしまうかもしれません。

現在、大学生の約50%が何らかの奨学金を利用しているといいます。これが今の日本の現実だと思うと、言葉を失います。完全な昭和世代の人間としては、当時とのあまりのギャップに驚きを隠せません。

すでに借り終えて返済している世代への救済は、現実的には難しいのかもしれません。しかし、本気で「少子化対策」や「人への投資」を掲げるのであれば、これからの若者、そして今まさに苦しんでいる世代を政治の力で救う方法を考えてほしいと切に願います。


若い先生たちが経済的なゆとりを持ち、心に余裕を持って教壇に立てるような制度や救済策。そんな未来を描ける政治を期待してしまうのですが、やはりこれは現実的ではないのでしょうか。

皆さんは、どう思いますか。

2026年6月11日木曜日

学校行事を続けていけるんでしょうか。


学校行事には、運動会、遠足、宿泊体験学習、社会科見学、学習発表会、球技大会など、様々なものがあります。これらを教育活動の中にうまく位置づけられれば、極めて高い効果をもたらすことは否定できません。

例えば年間を通した見通しとして、春の運動会で「学級の連帯感」を育て、秋の校外学習では班行動を通して「自主性や協力を尊ぶ姿勢」を養う。そして3学期の合唱や学習発表会で「1年間の集大成としてのまとまり」をつくり、振り返りへとつなげていく――。このように、春に立てた学校教育目標や学級目標を行事と連動させることで、子どもたちの確かな成長を促すことができます。特に、子どもたちに「学級の一員であること」を強く意識させられる行事は、学級担任にとって非常に有効な手立てです。

しかし、ここに大きなジレンマが生じます。学校行事に力を入れようとすればするほど、圧倒的に「時間」が足りないのです。

かつては年間カリキュラムの中に100時間程度の「余剰時間」を確保できていましたが、現在の教育課程ではそれがほぼ消滅しています。例えば校外学習一つをとっても、グループ分け、役割分担、ルールの決定、事前オリエンテーション、持ち物確認、そして現地での活動プランの立案など、質の高い学びにするためには最低でも5時間程度は必要です。

これらを「特別活動(特活)」の時間で補おうとすることには無理があります。特活は年間35時間しかなく、児童会・生徒会の話し合いや、生活上の必須カリキュラムを消化するだけで手一杯だからです。では「総合的な学習の時間」はどうかといえば、すでに外国語(英語)活動に35時間が割り振られていたり、情報教育の充実が求められていたりと、行事の準備に回す余地はありません。

余剰時間もなく、特活や総合も使えない。その結果、事前の指導や準備の時間が満足に取れず、ただ「行って帰ってくるだけ」の行事になりかねないのが厳しい現実です。これでは、本来の教育効果を生む学習とは言えなくなってしまいます。

もちろん、「行事を全体的に縮小し、学校は教科の教科学習に専念すべきだ」という割り切った考え方もあるのかもしれません。しかし、子どもたちにとって学校生活の潤いや楽しみ、生涯の思い出となる行事を切り捨ててよいのだろうか、という思いも交錯します。

カリキュラムの過密化が進む現代の学校教育において、私たちはこれからの「学校行事」の在り方と、どう向き合っていくべきなのでしょうか。


たしかに、「宿泊を伴わない日帰りへの短縮」や「運動会の半日開催化」など、現在の学校が行事の精選・スリム化を進めていることが答えの方向性かもしれません。また、文科省が進める時数精選や教員の働き方改革の議論と直結していることです。しかし、物理的な時数枠の構造が変わらない限り、行事の質と教員の労働環境がトレードオフになってしまう現実もあることも意識する必要があると思います。

2026年6月9日火曜日

学校保健委員会の理想と現実

 学校には、法令によって実施が義務付けられている会議がいくつかあります。たとえば「職員会議」は学校教育法施行規則の中に規定されていますし、地域と学校を結ぶ「学校運営協議会(コミュニティ・スクール)」は地方教育行政の組織及び運営に関する法律に規定されています。また、「いじめ防止対策推進法」では、いじめ防止対策を協議する常設の組織(会議)を置くことが義務付けられています。職員会議は昔からお馴染みのものですが、学校運営協議会やいじめ対策の会議は、比較的近年に制定されたものです。

実は、これら以外にも必ず実施しなければならない会議があります。それが「学校保健委員会」です。

学校保健委員会は、学校保健安全法が定める「学校保健に関する組織的活動」を根拠としており、法的に位置づけられた重要な会議です。どの学校にもある「学校保健計画」の内容を全体で検討したり、新しい目標を設定して実践したりするための場として機能してきました。

一般的な年間計画としては、1学期に全体目標に沿って各学級などで「保健安全目標」を作成して発表し、2学期にはその目標に沿った具体的な活動を展開・報告、そして3学期に年間を通しての振り返りを行う、という流れが多いのではないでしょうか。

メンバーとしては、学校医、学校歯科医、学校薬剤師といった保健安全の専門家をはじめ、学校側からは校長、教頭、養護教諭、保健主任などが、さらに児童・生徒の代表や保護者の代表が出席します。それぞれの立場から、その学校の保健安全に関する課題を協議する貴重な場です。

しかしここ数年、地域差はあるものの、PTA組織がない学校が増えてきました。そうなると「誰が保護者代表なのか」という問題が浮上します。これまではPTA組織の中に保健委員会があり、そこの委員さんやPTA会長が出席してくれるのが一般的でした。それが難しくなったことで、保護者の出席を確保することが困難になっています。また、学校医や学校歯科医、学校薬剤師の先生方も本業がお忙しく、日程を合わせて出席してもらうことが地域によっては非常に難しくなっているのが現状です。

学校保健委員会は年に数回程度の開催ですが、計画立案から当日の進行、資料作成、日程調整にいたるまで、そのすべてを養護教諭が一人で抱え込んでいるケースが少なくありません。養護教諭にとって、非常に負担の重い会議だと言えます。大規模校であれば複数配置の場合もありますが、基本的にはどの学校でも養護教諭は「一人職」です。

私自身、教頭や校長という一人職を経験してきたので、自分の仕事を必ず自分自身で進めなければならない孤独感や大変さは少し分かるつもりです。特に学校保健委員会は、校内で深く相談できる同僚がいないまま、養護教諭が1人で背負い込んで進める会議になってしまいがちです。


法的な位置づけがあるとはいえ、これだけ学校現場や地域社会の状況が変わってきた今、これまでの形式のまま学校保健委員会を継続していくことが本当に最善なのでしょうか。形骸化した会議のあり方を、今こそ見直すべき時期に来ているのではないかと思います。皆さんはどう思われますか。

2026年6月7日日曜日

体育の年間90時間をガチで計算したら、運動会をやる余裕がなかった話

運動会を春(5月・6月)に実施する学校が増えていますね。近年は梅雨の時期が読めないことに加え、5月ですでに熱中症警戒アラートを意識しなければならないほどの猛暑に見舞われることもあり、実施の判断やリスク管理の難しさは年々増しているように感じます。

ここで改めて考えてみたいのが、「そもそも運動会は必要なのか」という点です。

私は「運動会はもともと軍事教練の名残りだからやめるべきだ」といった極論を言いたいわけではありません。純粋に「今の学校現場において、運動会にそれだけの教育的効果があるのか」という費用対効果(時間対効果)を問い直したいのです。

もちろん、児童数や校庭の広さは学校ごとに異なるため一概には言えません。しかし、現在の運動会は「午前中のみの半日開催」が主流になり、かつてのように時間をかけてゆとりを持って実施することが難しくなっています。また、地域の人口動態によっては、児童数の急増に伴い校庭にプレハブ校舎を建ててしのいでいる学校も少なくありません。狭くなった校庭で、窮屈な環境のまま、従来のプログラムを無理にこなしているのが現状ではないでしょうか。

さらに深刻なのが、「体育の授業時数」を圧迫しているという現実です。

小学校5・6年生の体育の年間授業時数は「90時間」と定められています。しかし、このうち12時間は「保健」の学習に充てなければならないため、実際に体を動かせるのは「78時間」です。 年間授業週数を35週と考えると、78時間はちょうど「週に2時間(35週×2=70時間)」のペースでギリギリです。

ここからさらに、運動会のための短距離走や表現(ダンス)の練習に12時間程度を費やすと残りは66時間。全体の合同練習や予行演習などで時間をとられれば、残りの時間はさらに減少します。さらにここから、年間約10時間(地域によってはそれ以上)の水泳指導を除くと、残る体育の時間は45時間程度。これは年間を通じて「週に1時間強」しか平時の体育ができない計算になります。

これでは、子どもたちが大好きなサッカーやバスケットボール(ボール運動)、あるいはマット運動や陸上運動などを、指導要領通りにじっくり体験させる時間が極端に少なくなってしまいます。運動会の「見せるための演技」を完成させるために、多様な運動に親しむ機会が奪われているのだとしたら、本末転倒ではないでしょうか。


そう考えると、「運動会という一つの大きな行事にこだわるよりも、普段の体育の授業を充実させるほうが、結果として子どもたちの体力の向上や運動への親しみに資するのではないか」という結論に行き着くのですが、みなさんはどう考えますでしょうか。

そうはいっても、現役時代の私自身、運動会をやめるという決断を下すことができなかったのが現実です。「伝統ある行事をやめる」ことに対する保護者や地域からの反発、それを受け止めるプレッシャーは想像以上に大きいものです。

しかし、前例踏襲の呪縛を解き、本当に「子どもたちの今と未来のためになることは何か」を真摯に考え、学校のカリキュラムをスクラップ・アンド・ビルドしていくこと。それこそが、これからの学校経営に求められる最も必要な姿勢なのだと、今更ながら強く思っています。

2026年6月4日木曜日

教頭職の多忙さを考える:10年前の経験と教育DXがもたらす変化


私が教頭職を務めていたのは10年ほど前までですので、現在の状況とは異なる部分もあるかもしれません。当時は「教頭は校長より早く出勤し、校長より遅く退勤する」という暗黙の了解のような空気がありました。しかし、私はそれを頑なに守る必要はないと考えていたため、自分の仕事が終われば校長より早く帰ることもありました。

教頭の職務内容は自治体や学校によって様々ですが、ここでは私が実際に経験したことをベースに、その一日の流れを振り返ってみます。

当時は朝7時30分前に出勤し、まずは校舎内を巡回して必要な場所の鍵を開けて回りました。学校によっては、校舎の周囲を見回る教頭先生もいると思います。 その後、7時45分ごろからは校長、教頭、教務主任による「朝の打ち合わせ」を行っていました(もちろん、これは勤務時間外の割り振りのない時間です)。ここでは一日のスケジュール確認や、課題の協議を行います。 打ち合わせが終わると、登校してくる子どもたちに挨拶をするために校門に立つか、あるいは電話対応に追われました。現在では、職員室に補助職員が配置されて電話対応を代行してくれたり、欠席連絡の手続きがアプリ化されたりしている学校が多いのではないでしょうか。これにより、朝の電話対応に割かれる時間は大幅に減っているはずです。

また、職員の出勤状況の確認も教頭の重要な仕事です。もし急な欠勤や病休の先生がいれば、その日の補欠授業の手配など、対応策を練るのも教頭の役割となる学校が多いでしょう。

ところで、校長には校長室があり、担任や専科の先生方にはそれぞれの教室があります。しかし、教頭だけは個室がありません。「職員室こそが教頭の教室だ」と言われたこともありますが、様々な書類を扱う特性上、事務スペースはある程度広く確保されるべきだと感じています。

午前中は、突発的なトラブルがなければ基本的に事務ワークに没頭します。教育委員会から届く大量のメールをチェックし、回答が必要なものや提出書類の作成をこなしていきます。午後になり、授業を終えた先生方が職員室に戻ってくると、様々な相談や対応案件が持ち込まれます。そのため、「書類仕事はできるだけ午前中に終わらせておきたい」というのが教頭の本音です。 しかし、いざトラブルが発生すればその対応に追われ、保護者や地域の方々からの相談窓口にもなります。「誰の仕事か分からない業務」は、結果的に「学校の便利屋」である教頭に集約されがちなのが現状です。

ここまで多忙な側面を書いてきましたが、私自身は教頭職の時代に「嫌だな」と思ったことはあまりありませんでした。ある意味では、組織の方針(校長の指示)に沿って実務を実直にこなしていけばよいという側面もあったからです。最終的な責任を負って大きな決断を下す場面は校長より少ないため、その点では心理的に気楽な部分もありました。実際、その後に校長を務めていたときの方が、精神的なプレッシャーや辛さは圧倒的に多かった記憶があります。

昨今、教育DXが進む中で、教頭職の業務イメージも変わりつつあります。自治体によって教頭と事務職員の業務分担(テリトリー)は異なりますが、ICTの活用によって業務自体は以前より効率化され、楽になってきているのではないでしょうか。さらにこれからは、生成AIの活用によって、事務負担はより一層軽減されていくはずです。

巷ではよく「教頭職には就きたくない(管理職忌避)」という声を耳にします。しかし、私は教頭職を決して「辛くて大変すぎる業務」だとは思いません。「校長より遅く帰らなければならない」というのもおかしな話です。今の時代、民間企業でも「課長が残っているから係長が帰れない」という職場は少なくなっているでしょう。

教頭自身が「自分の働き方」への意識を変えることはもちろん、それ以上に、校長の意識改革も強く求められているのではないでしょうか。

2026年6月2日火曜日

保健室登校 保健の先生



ドラマの中で「保健室登校」の場面が描かれていました。実際、保健室登校をする子どもは存在し、多い学校では複数の児童生徒が保健室に集まっているのが実態です。

彼らは「教室には行けないけれど、学校に自分の居場所があれば登校できる」という状況にあります。つまり、保健室が校内で唯一の安心できる居場所になっているのです。学校の状況によっては、空き教室を活用して「特別支援教室(あるいは適応指導教室など)」「校内適応指導教室」「校内フリースペース」「別室」を設け、教室に入りづらい子どもたちを集めている場合もあります。しかし、そうした特別な教室があっても、あえて保健室を選ぶ子どもたちがいるのが現状です。

本来、保健室の第一の役割は身体的な不調への対応です。そのため、かつては自治体によって、看護師免許を持つ人を養護教諭として積極的に採用していた時期もありました。しかし、養護教諭は「教諭」という名称の通り、あくまで教育職員(先生)であり、医療従事者(看護師)ではありません。医療行為ができるわけではなく、その本質的な役割は、子どもたちの心身の健康な発達を促す「健康教育」の実践や、健康維持のための教育活動にあります。また、多くの養護教諭は全校生徒と関わるため、驚くほど多くの子どもたちの名前や特性を把握しています。

子どもたちにとって「保健の先生」は、心身のつらさを感じたときにいつでも助けてくれる存在です。学校経営の視点からも欠かせない存在であり、経験豊富な養護教諭は、校長にとっても大きな安心感をもたらします。この子どもたちや学校全体に与える「安心感」こそが、保健室登校という選択肢を生む背景にあると考えられます。

一方で、保健室登校には学習面での課題があります。養護教諭は教科指導を行うことができません。もちろん、子どもが教室から持参した課題を保健室で自習する様子を見守ることはありますが、教室と同様に新しい単元の学習を進めるのは困難です。さらに、養護教諭は教頭や事務職に匹敵するほどの膨大な事務書類を抱えています。特に年度初めの2ヶ月間は一斉健康診断の対応に追われるため、保健室登校の子どもだけに注力できないという現実的な問題もあります。


保健室登校の子どもが多い学校では、かつて非常勤の養護教諭が追加配置されることもありました。正規の養護教諭が本来業務を進め、非常勤の養護教諭が保健室登校の対応に当たるためです。それほど対応を必要とする子どもが多いという証左でもあります。加えて、現代の学校現場では、熱中症対策、胃腸炎などによる嘔吐処理、食物アレルギーへの緊急対応など、養護教諭の守備範囲は広がる一方です。そのような多忙を極める状況下でも、先生方は子どもたちに優しく笑顔で接し、子どもたちもまた、それを頼りにしています。

なお、日本の「養護教諭」は独自の職種です。海外の「スクールナース(学校看護師)」とは役割や位置づけが大きく異なります。

今日もきっと、全国の保健室で、ちょっとした愚痴をこぼしたり、友達との関係を相談したりしながら、先生の存在に救われている子どもたちがいるはずです。


金利の議論の裏にある、若者の「500万円の重み」

金利のことが話題になると、決まって奨学金の返済問題が取り上げられます。 僕が学生だった70年代から80年代の頃は、周囲で奨学金を使っているという話は聞いたことがありませんでした。当時の奨学金といえば、ごく一部の成績優秀な学生が受けるもので、自分には縁のないものだと思い込んでいたの...