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2025年6月14日土曜日

給料の問題なのか

 働かせ放題の温床は、給特法にあるのは間違えないでしょう。基本的に、公務員ですから人件費も予算の枠内で納めなければなりません。教員の「訳の分からない」残業にも給与を出していったら、いったいいくらかかるか分からない、と、感じている財務省や文科省には、それを推し進めることはできないでしょう。

ただ、お金の問題は、実は、表面的なものではないかと思うのです。それ以上に、「やりがい」ということの方が問題のような気がします。先生は、子ども達のことを第一に考え、子ども達のためならば、できるだけのことをするものだと、刷り込まれている方が問題なのではないでしょうか。最近はさすが出てきませんが、「聖職」などといわれていた時代もあります。その歴史があるからでしょうか、お金のことって職員の間では話題にならないような気がします。もちろん、給料が高いに越したことはありませんが、そのことが話題に出ることはないような気がします。日教組自体が給与闘争をして問いことも聞いたことはあまりありません。労働組合なのに、給料や労働環境にあまり熱心に取り組んできたとは言えない気がします。「やりがい」は、とても危険な言葉だと思います。それでも、これまでは、「やりがい」があるんだから、頑張れるという風潮が職員の中にはあったのではないでしょうか。

今でも、実際には土曜日や日曜日に学校に来ている職員がいます。仕事が終わらないからだけでなく、自分が考えていることを実現させるために、教材づくりや授業準備をするために学校で休日も働いているわけです。これらは、まさに「やりがい」マジックのなせるものだと思います。ライフワークバランスが言われ始めたのもつい最近のことだと思います。「やりがい」に浸食されている先生たちにライフワークバランスなどといっても響くものがないような気がします。

働き方を考えることは、大切なことです。しかし、仕事をすることで理想を実現できると感じている「やりがい」世代には考えようがないのかもしれません。自分の時間をたっぷり楽しむことを体感していかないと駄目なような気がします。ですから、単に給料の引き上げを実現しても、改善はされないでしょう。

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