このブログを検索

2025年7月21日月曜日

通知表と評価の話をもう少し

 学校間の格差が実際には存在していても、それが、通知表に反映されていないことは、書きました。もう少し具体的に。

小学校では、出版社が出しているテストを買っています。なぜ、そうなっているのかは分かりません。40年以上前にも、すでにテストは購入していました。不思議ですよね。一番肝心な部分の学習状況を把握するものを出版社に任せているわけですから。疑問に思って、購入を辞めようといったこともあります。しかし、それに賛成してくれる人はいませんでした。

あの出版社が出しているテストって、必ず教科書に書かれていることが理解できていれば、必ず100点が取れるようになっているはずなのです。僕は、そんなに詳しく分析したことはありませんが、出版社によって、ある程度難易度が異なっていると言われます。そうはいっても、どの出版社のテストでも、それほどの差があるとは言えないと思います。

学校間格差は、テストの処理の仕方にも表れます。学習に対して熱心な学校であれば、この程度の問題はかなりできてしまうのです。算数などは顕著で高学年になっても、平均点が98点くらいなことも珍しくありません。そうであれば、少なくともテストで計測できている分に関しては、クラスの大半にAをつけてよいはずなのです。しかし、実際には、Aの基準を上げていく傾向が強いと思います。逆に、学習面で低い学校では、平均が80点ということも多く見られます。そうすると80点でもAという評価になってしまうわけです。同じテストを購入していれば、この様な現実も見えてくると思います。

ですから、通知表でつけられている評価、もっと言えば、指導要録につけられている評価だって、実態をしっかりとあらわしているものだとは言えないと思います。それに、昨日も書きましたが、日本にはなぜか留年という発想がありません。ですから、1をつけられても、それに対する解決手段がないまま、進級してしまうわけです。個に応じた教育の必要性がいまさらながら言われていますが、それを実現するための予算や人材、教材の開発がされていないという現実があります。

評価は大事です。でも、現実には、いろいろな問題が解決されていないという現実を振り返るべきではないでしょうか。

0 件のコメント:

コメントを投稿

働き方に対しての意識を変えないと。

いつから学校の「働き方」は問題になったのか 働き方の問題が現場で話題になり始めたのは、2016年ごろだったと思います。 それ以前は、働き方が問われることはほとんどありませんでした。タイムカードすら存在せず、遅くまで仕事をして注意されることなど一度もなかった時代です。記録がないので...