2025年9月23日火曜日

なぜ、先生になろうと思わないかのを考えた方がいいのではないですか。

 教員採用試験を受けることすらしてもらえないというのが、現実だと思います。

もし、そうであるならば、何故先生になろうと思ってもらえないのかから考えなければならないでしょう。

大学生活の中で、人より多くの時間講義を受け、教育実習を初めとする実習に参加し、得ることができる教員免許。大変ですよね。僕は、教育系の大学だったので、それをとらなければ卒業できませんでしたから、問題はありませんでしたが。それでも、それなりの単位数をとることが必要でした。そこまでして、教員免許を取得したわけです。

でも、教員採用試験を受けてくれない。大学によって大きな差があるようですが、教育系の学部の3割程度しか教員採用試験を受けないという大学もあるようです。

何故なんでしょう。一説にはSNSの影響だと言われています。実際に学校に先生として勤務してやめた人たちのYouTubeやxなどの投稿は影響があると思います。僕は、YouTubeを何本か見ましたが、それが、全面的に正しいとは思いませんでした。SNSだけでなく、メディアの報道も悲惨な状況ばかりを伝えていますし、ドラマなどでも、いい状態を伝えているとは思えません。まあ、現在の状況からすれば、学校現場をよい職場だと、楽しい仕事だと言いにくいところがあるでしょう。

本来先生の仕事は、授業をすることです。最近になり、ようやく雑用の一部がアウトソーイングできるようになってきましたが、本当に、本来業務がおろそかにされているのだと思います。

先生がワックスのかけ方やポリッシャーの使い方を知っている必要があるのでしょうか。プールの水の管理を先生がする必要があるのでしょうか。学校に一方的に送られてくるチラシを子ども達に渡す必要があるのでしょうか。宿題の丸を付け、漢字を治す作業が必要なのでしょうか。それよりも、どうやって授業をするか考える方が大切だと思います。なぜ、先生がいろいろなことをやらなければならくなっているのか。それは、先生がやることが規定されていないからです。授業をするための人だと、分かっていれば、現状が変化していくと思います。

ぜひ、難しい議論だけでなく、一番シンプルなことを話し合ってほしいと思います。

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