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2025年9月25日木曜日

すべてを戦力にすることができるのか

 教員不足が切実な問題になっている状況がもう何年も続いています。

これって、本当に深刻だと思うんです。小学校は、教員の配当の定数が低いですから、一人の割合が大きく全体に影響するんですよね。校長をやっているときは、ともかく、少しでも先生たちが楽になるように工夫することばかり考えていました。楽って言い方は正しくないかもしれませんせんが、楽をすることは間違えではないと思うんです。余裕があることは、大切ですし、今までの働き方や時間の使い方は、本当に無茶苦茶ですから。

余裕があることで、授業のことや子ども達のことを考えることもできますし、様子をしっかりと見る気持ちの余裕もできます。

担任としては、授業をどう進めるかを考える余裕があることは、とても大切にすべきです。事務処理だって、ちゃんと勤務時間内に収まるようにすべきなんです。だって、今の給与の在り方は、勤務時間で仕事が終わることを前提にしているんですから。給与だって、いつの間にか、OECDの中で、低い部類に入ってしまっています。僕が勤め始めたころは、日本の教員の給与って、比較的高かったような気がするのですが…。

話がそれました。教員不足で、雇用できる先生を捕まえることができない現状では、今いる先生達で、うまく回していかなければならないわけです。ところが、新採用の先生が多かったり、体調やメンタルが十分に整っている先生ばかりではないという状況があったり、産休や育休の代替さえ、見つからず、頭を抱えたりすることがたくさんあります。なかなか、配当人数とそれをもとにした戦力が一致しないということさえ起きています。もちろん、そういう時に何らかのアイディアを出すのが校長だと思うのですが…。

難しいことは百も承知で書けば、職員に少しでも負担をかけないように、無理をしないで済むように考えなければいけないと思うのです。その責任は校長が背負うべきだと思います。

校長って、考えるだけなんです。考えることだけが仕事なんです。僕は、そう思っていました。自分手では何一つ実現することができない立場です。だって、校長は先生ではないんですから。

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