調べると、意外なことに日本の先生の1週間の授業時数は、欧米諸国より少ないようです。それには、いろいろと理由があるようです。
欧米諸国の先生たちは、授業をすることが仕事なわけです。契約の段階で授業をすることが仕事ですとはっきりしているわけです。以前にも書きましたが、先生が掃除や給食などの面倒を見ている国などないようです。また、放課後に会議があるということも少ないようです。
ともかく、しっかり授業さえすれば、それで仕事は終わりになり、フランスなどは、それで、帰宅してよいことになっているようです。夏休みは、授業がないわけですから、当然学校に来ることすらない期間になるようです。
なぜ、こんなことになってしまったのでしょう。一つは戦後、日本経済に余力がなかったことが考えられます。例えば、欧米並みに清掃は業者がやるという形をとれればよかったのに、そのための経費を計上しなかったことが考えられます。昼食についても同様です。そのためのスタッフを雇用するということができなかったのではないでしょうか。
先生の仕事が、授業をすることではなく、学校で起きていることにすべて対応するというのは、本当に豊かな国ではないということの証明ではないでしょうか。自分たちの教室を自らきれいにすると言われれば、とても聞こえがよいです。給食についても、自分たちの力で配食し、協力する場として活用する。食べ物の意味や価値を考えるなどといわれれば、これも、とても高尚なことをしているような気にさせられます。しかし、現実は、そのことが多忙化だったり、休憩時間が取れないことにつながっているわけです。
授業時数が多くても、それに対応することができる仕組みがあればよいのですが、表面的なきれいごとで済ましてしまっている行政の責任は大きいと思います。
週休2日にしたときに、文科省は、学校週5日制という表現を使いました。実際には、教職員の週休2日を実施しなければならなくなっただけなのに、美辞麗句でごまかすような姿勢を見せたことが、いい例だと思います。はっきり、先生も週休2日にしなければならないのですと言ってしまえばよかったのです。そして、先生の仕事は授業をすることだと、明言すべきです。夏休みについても、未だに先生は通常勤務だと言っています。これだって、おかしいと思います。逆に、休みだと言ってしまえば、職業としての魅力も上がるはずなのですが。
言い方を間違えると、社会的批判を受けるからではなく、職業としての在り方をしっかりというべきだと思います。


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