ずっと気になっている言葉があります。それは「勝ち組」「負け組」という言葉です。 1990年代後半、いわゆるバブル崩壊のころから使われ始めたと記憶していますが、日本社会が「一億総中流」という幻想から目覚めた時期と重なるのかもしれません。
「自分の子どもを、必ず勝ち組にしなければならない」 「それができなければ、親としての失敗だ」いつしか親たちがそう考えるようになり、教育に対する捉え方は大きく転換しました。かつて信じられていた「終身雇用」が崩壊し、就職すらままならない「就職氷河期」の到来が、親の不安心理を極限まで高めたと言えます。その結果、教育投資の余力がある都市部の中間層以上の家庭を中心に、子どもを確実に「勝ち組」へ引き上げようとする意識が強まりました。
この現象は、年々過熱しています。都市部の私立中学受験の熱狂や、幼児期の早期教育などはその最たる例でしょう。ここには、親の「自分の理想通りに子育てをしたい」という思い以上に、周囲の環境やコミュニティの言動に左右されてしまう現実があります。ここ数年「社会の分断」が盛んに議論されますが、目立たないところにある「教育に対する姿勢の違い」も、間違いなく深刻な分断の一つです。 実際、同級生の6割が中学受験の準備をする地域がある一方で、受験する子どもがほぼ皆無という学校もあります。これは「地元の公立中学校が良いから受験しない」というわけではなく、親の意識や経済力の差がそのまま表れているに過ぎません。
以前のブログでも触れましたが、中学受験には学習塾代だけで3年間で約350万円かかると言われています。さらに受験料や入学金、私立の学費も必要です。高い経済力を持つ層が集まる地域でなければ、そもそも受験が話題にすら上らないのが現実なのです。
今の社会で、何が「勝ち組」なのかは誰にも分かりません。 だからこそ、親たちは「合格」という明確な結果が出る中学受験に強く惹かれ、そこにすがるように熱心に取り組むのではないでしょうか。


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