しかし、これは氷山の一角に過ぎません。実際には、休職や病気休暇を取得していなくても、心を病んだ状態で教壇に立っている先生方はいるはずです。そう考えると、統計の数値以上に、苦痛を感じながら仕事をしている教員が多いことが推察されます。
では、一体何が原因なのでしょうか。考えられる要因を3つ挙げてみましょう。
1.「子どもたちのため」という言葉の呪縛と、終わりのない業務 あらゆる作業や授業準備、話し合いが、「すべては子どもたちのためだから」という言葉で片付けられてしまう傾向があります。一般企業の残業は目標が明確なことが多いですが、教員の業務は必ずしもそうではありません。 授業の準備がそのよい例です。ただ授業で使う物を準備すればよいわけではなく、資料を作り、授業の流れを構想し、他学級との調整をするなど、やり始めればきりがありません。 昨今のDXの流れの中で、テスト用紙をスキャナで読み込んでパソコン上で処理し、スプレッドシートに自動転記されるなど、業務は進めやすくなっています。テストの採点や評価のように「きりのよいところまで進めれば済む仕事」は楽になりました。しかし、先ほどの授業準備のように、経験や知識が必要で、なおかつ「自分が満足するまで終わらない仕事」が現場にはまだまだ多く存在します。
2.職員室、子ども、保護者…複雑な人間関係のストレス 職員室の人間関係には独特の難しさがあります。教員は若手だろうとベテランだろうと、基本的に立場は同じです。若手でも授業や学級経営が上手な先生がいる一方で、ベテランだからといって全く問題がないわけではなく、毎年のように学級に課題を抱える教員もいます。(若手の方が不祥事を起こす割合は高いそうですが、必ずしも若手だけというわけではありません)。
そして、人間関係で最も悩まされるのは、やはり子どもとの関係です。一人ひとり異なる子どもたちと円滑な関係を築けなければ、学級経営は成り立ちません。 加えて、子どもの反応に敏感な保護者の存在もあります。世間では「モンスターペアレント」などと言われたりもしますが、僕が見てきた限りでは、教員側の保護者への対応(初期対応など)が悪いと思うことのほうが多かったです。保護者の言うことが無茶苦茶で、先生が一方的にかわいそうというシーンは見たことがありません。とはいえ、子どもや保護者との関係をうまく築けないことは、教員にとって計り知れないストレスになります。3.「学級担任制」という密室と孤立 基本である学級担任制は、担任一人にすべてを委ねる形になります。担任がうまく学級をマネジメントできなければ、そこで行き詰まってしまいます。 いわゆる「学級崩壊」と呼ばれるカオス状態に一度陥ってしまうと、他の先生を応援に入れたり、保護者に教室に入ってもらったりしても、どうすることもできません。多くの場合、担任を交代させる以外に手の打ちようがなくなると思います。一度そのような状態になれば、精神的にかなりつらい状況に追い込まれます。「組織的なサポート」という手はよく打たれますが、それが根本的な改善につながるケースは少ないというのが実感です。
これらの要因が重なり、心の状態を維持できなくなってしまった結果、精神疾患を発症してしまうのだと思います。


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