2025年3月18日火曜日

卒業式の練習

 小学校の卒業式って、ちょっと変わっているのかもしれません。中にいると感じないのですが、卒業式の在り方についての批判的なコメントも出てくるようになりました。

昔は、3月に入る前あたりから「練習」をしていました。かなりの時間数をかけて、練習を繰り返していました。一番時間をかけているのは歌だと思います。これは、かなり歌いこみます。今、音楽の時数は、年間50時間だったと思います。その時間数では足りなので、いろいろと名目をつけて歌の練習に時間を割り当てています。

学年合同の練習だけでは足りず、教室でも、音楽室でも、練習尾をしています。

コロナ以前でも、だいぶ練習量は減りましたが、コロナをきっかけに規模が縮小され、だいぶ練習時間は減ってきていると思います。

以前は、証書授与だけで、かなり時間をかけていましたから。それこそ、自分が担任をしていたころなどは、かなり細かいことも迄練習をしていました。今は、そこまでやりませんが、それでも、外から見ると異常な部分があるんでしょう。

先生たちは、やはり周りの目が気になるんですよね。校長とか、管理職の目も、他の学年の先生の目も。ベテランになるほど、細かい点までも気にしています。

意味がないという意見の方が正しい気はします。

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