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2025年4月1日火曜日

授業研究

 教育基本法に教師は、研究と収用に努めろって、書いてあります。だからでしょうか、研究という名前の業務が学校にはあります。

教育学者の先生たちは、日本の教育水準が高いのは、この授業研究のおかけ毛だといいます。本当でしょうか。授業研究とは、指導案を書き、授業を公開して、多くの先生たちに見てもらい、意見を言ってもらうというものです。指導案とは、授業プランです。ただ、その時の流行を取り入れたものでなければなりません。指導案を作り、それをまず、みんなで読みます。そして、それを改善し、指導案を書き直します。書き直しら物を再度検討し、実際の授業に向かいます。しかし、普段とは違い、その時間のための準備が必要になります。もちろん、その授業の時間までの授業をも普段とは違い、十分に準備をします。準備も最近は、padなどを利用しますから、以前よりだいぶ準備が軽減されていますが、それでも、その時間までと、その時間に使う教材は、入念に準備しなければなりません。

だいたい、一つの研究授業のために、指導案作り、教材づくり、検討会と合わせれば、10時間では済まない時間を要します。

こうれが、港南だけならば、その程度ですが、行政単位の、たとえば、区だとか、市だとか、県だと、地域ブロック、全国とレベルというか、範囲が広くなればなるほど、かかわる人間の数も多くなり、要する時間も飛躍的に増えていきます。確かに、授業のことを考えることは、大事です。しかし、普段、いつも同じように授業をすることはできません。かなり、特殊な状況だといえるでしょう。

先生たちに、かける時間だけのメリットがあるかといえば、多くの場合、コストパフォーマンスが悪い作業になると思います。

もちろん、そこで、名前を売って、指導主事になりたいとか、管理職になるきっかけにしたいという人もいないわけではありません。特に、大きな研究会で発表することは、そういう人たちには意味があるかもしれません。

もちろん、多くの先生たちは、良い授業ができるようにしたいという気持ちで取り組んでいるとは思いますが、やはり、人に見られることへの意識が強いですから、入念に準備をして、研究授業に向かうという人が多いと思います。

どうなんでしょうね。実際には、普段の授業に反映さえることが少ないのではないかという気がしますけれどね。

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