空き時間という言葉は、あまり良い言葉だとは思いません。授業がない時間を空き時間という表現にしてしまったのは、昔の感覚なのでしょう。確かに、小学校の1週間の事業時数は、今文高学年になると28時間前後あります。学級担任制であれば、この時間のうち24時間前後授業をすることになってしまいます。週に4時間程度は「空き時間」ができるわけです。しかし、実際に「空いている』訳はなく、その時間にテストの採点をしたり、授業の下準備をしたり、学校関係の事務処理をしたり、時間的には、全く足りるわけではないのです。でも、先生の仕事は授業をすることだと考えるから「空き時間」という表現ができてしまうわけです。実際に、「空き時間なら、ほかのクラスのサポートをしてほしい」などといわれ、荒れているクラスのサポートを頼まれたり、教室にいられなくなった子供の面倒を見てほしいと頼まれたりすることも学校によっては、ざらにあることです。
空き時間という表現は、実際に空いているわけではないのですから、他の人たちが配慮しなければならないと思います。今、少しは人員が増えてきているので、うまく配置すれば、担任の授業時数も週に22時間程度に抑えることができるようになっています。一日に1時間は空きができ、多少なりとも、事務処理などを進めることができるようになっています。しかし、空きだという感覚になると、書いたように、他の仕事を回されてしまうのです。けっして、空きだからのんびりお茶を飲んでいるわけではありません。もちろん、お茶を飲むことも大切だと思います。ゆっかり考えをまとめる時間も必要ですし、その間に、打ち合わせができる場合も少なくありません。ですから、空きも大切な時間であることは間違えありません。新人やキャリの少ない先生がベテランの普段の授業を見せてもらうなど、やることは山ほどあります。だからこそ、「空き時間」という表現はやめた方がいいなと思います。
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