一人一人への教育的配慮が必要。障碍者差別禁止法が施行されて、今教育の世界にもこのことの影響が出てきていると思います。もちろん、一人一人への教育的配慮が必要なのは当然です。僕は、個別支援学級自体が必要ないと思っています。全員が同じ教室で学ぶことに学校教育の基本があるのは自明の理だと思います。ただ、現状では、それが難しいことであるのも間違いありません。35人学級になっても、都市部では、35人という上限で日々を過ごしている子ども達が多くいます。文科省の統計のように全国という単位をつかっていれば、1クラスの平均はもっともっと下がっていきますが、人口密集地帯では、そのような数値にはならないわけです。
一人一人に配慮した学校教育を実施すするためには、上限が25人とか、20人に下がっていかなければ無理があると思います。1クラスの人数をそこまで引き下げ、なおかつ、主たる先生と補助する先生がいて、初めて成り立つような内容だと思います。
少なくとも先進国といわれる国々で30人を超える人数の子どもが1つの教室にいることはないと思います。それだけの予算を教育に割いていかなければ基礎となる条件は整いません。僕が若いころは、教員の給与の国際比較では日本は高い方だったと思います、。もちろん、この30年の間に日本の教員の級は低い方になっています。もっと、教員のなり手がいる時代に、1クラスの人数を減らし、先生をたくさん雇用していれば、なんとかなったはずなのですが、今となっては、手遅れかもしれません。
今では、都市部の学校では1割近い子どもが個別支援学級に通っていることも見られます。個別支援級という枠を別に作り、対応することは望ましいことではありませんが、それをするならば、様々な配慮をすることが条件だと思います。もちろん、発達障害という診断名がついていても、一般級にいる子供たちがいるという現状を考えても、1クラスの人数は減らしていかなければならないはずです。
教育学者や文科省の役人をやっている人たちは、みな、僕なんかよりはるかに勉強が好きな人たちだと思います。そして、人間はみな勉強する存在だと思っているかもしれません。でも、現状は違います。一人一人に対応するためにも、教育の場の在り方をもっと考えていかなければならないはずです。教育にはお金がかかり、とりあえずの収益は0です。でも、それが必ず取り返せるものになるはずだと信じて、お金を投じてほしいと思います。
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