不祥事が起き、その対応を議会や世間が求める。教育委員会は、その圧力を現場にかけ続ける。毎度おなじみの光景が繰り広げられるわけです。基本的に、不祥事は個人の問題なはず。それが、組織の問題だとする意見が罷り通るわけです。これって、おかしいなと思います。個人の犯罪を、組織に原因があるんだからどうにかしろと発言する人たち。それを真に受けて何とか対応しようと頑張ってしまう。現場は、直接的原因でもないのに、責任があるように言われ、委縮するわけです。
さらに、いじめ対策が必要だと言われる。確かにいじめはあってはいけないと思います。つらい思いを子供にさせるのは断じて許されません。その対応は、十分にとるべきであるというのは正論だと思います。しかし、学校は、教室の中は、小さな社会でもあります。その中ですべてのトラブルをなくすことはできません。また、無くすべきではないのだと思います。子ども達は、小さな社会の中で、うまくいかなことや仲良くできないことなど、様々な場面にぶつかて行きます。その経験がとても大切なのだと思います。昔担任をしているとき、子どもに言われたことがあります。「みんな同じようにはできないでしょ。普通の友達と、特別な友達がいていいわけだから。」子ども達も、経験を積むことにより、いろいろな場面でどうすればよいかを学んでいくのだと思います。しかし、今はそういう経験よりも、トラブルを起こさないことが重視されるようになっていると思います。極端な言い方かもしれませんが、自分のパーソナルスペースに他の人がいることが問題になってしまうのではないでしょうか。1mの範囲に誰も入らない。誰も話しかけないような状況が望まれしまいそうな感じがします。
採用試験の倍率は下がり、必要な先生を補充することもできず、人員不足が4月から続いている学校もあります。その対応も教育委員会はできていません。もう、これは、教育委員会という組織の対応力を超えているわけです。
こんな状態で、学校は大丈夫なのでしょうか。対応が可能な状況にあるのでしょうか。夏休みが終わり、子ども達が学校に戻ってきています。
学校が正常な状況になるように、教育委員会も、文科省も、マスコミも考えてほしいと思います。
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