2025年8月8日金曜日

学校には余力がない

 学校には余力がないんです。人員が充足していない学校もあります。たった一人足りないだけで、十分にダメージを受けます。産休や育休のように事前に、それも半年以上前に産休に入る職員がいて、その職員が1年間は最低でも育休をとると教育委員会の人事に報告します。しかし、直前になるまで、人員の照会がないんです。さらに、臨任は難しいので、非常勤でもよいかといわれることがあるのが現状です。非常勤が来ても、非常勤の勤務時間は、8時30分から14時30分まででです。時間給の職員ですから、時間の延長をお願いすることは難しいわけです。ですから、1日勤務時間で働いてくれる臨任の職員とは大きく違います。非常勤の場合、1週間に29時間の勤務になります。そのうち、9時間程度は、事務処理や教材研究の時間にするように、教育委員会からは指導されているわけです。そうすると、18時間程度しか、授業をお願いすることができません。もちろん、それでも十分に戦力にはなるかもしれませんが、何をやってもらえるかというと、おのずと限定されてしまいます。

定数法で小学校は、学級数の1.1倍前後の職員しかいません。1.1倍というのもアバウトな話らしく、いろいろと条件があるようですが。まあ、分かりやすく言えば1.1倍です。それしか、職員が配当されないのは、基本的に学級担任制というコスパの良いシステムを捨てきることができなことが原因です。いろいろきれいごとは言えるかもしませんが、学級担任制は、かつて良い方法だったとしか評価しようがありません。学級担任制では、現状対応することができないわけです。しかし、予算規模は大きくすることができない。じゃあ、教科分担制を取り入れてやればいいんじゃないか。今までだって、現場は何とかやっているのだから、そのままやるって言っちゃえ。的な感じがするのは僕だけでしょうか。

定数が改善され、他の先進諸国並みに25人上限くらいまではやってくれないことには、どうすることもできません。

国防費はトランプの一言で、膨大に膨れ上がることが決まっています。一方学校現場にはお金をかけなくても、成果が出ているんだから。ちょっと給与を増やして、待遇改善をしているっていえばいいんじゃなないかと考えているのでしょう。

そんな状況で、学校には余力がないんです。本当にきつい状態だと思います。

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