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2026年1月1日木曜日

元教員ですが、疑問です。水泳やらなくちゃだめですか。


  年末だから、巨大なとび箱に挑戦する番組をやっていました。ああいうのを見ると、子どもって、ひたすら高いとび箱を飛びたがるんですよね。以前は、小学校にもロイター板がありましたから、それも使いたがる子がいました。

 小学校の体育では、今では、ロイター板など使ってはいないと思いますが、基本的には、とび箱は空中での姿勢をきれいに保つことが大切だったと思います。まあ、それ以前に器械運動など、小学校で教えるべきなのでしょうか。

 一番大切なのは、運動の楽しさを感じさせることではないでしょうか。

 そして、友達と協力して活動する楽しさを感じることも大切だと思います。

 もちろん、保健学習の内容も大切ですが、体育の一部ではなく、別枠でもよいと思います。性教育や健康教育を教える時間を別枠で撮るべきではないでしょうか。

 そう考えると、今の体育の内容って、どうなのかなって考えてしまいます。まず、水泳なんてやっている国はないですよ。きっと。プールを作って、利用している時間は、一人当たり10時間程度です。水泳のためにかかっているお金って膨大だと思います。1回7万くらいかかるはずなんです。浄水用の装置もあるので、夏の間7万の水だけで済むように思いませんか。全然違います。

 まず、6年生が入ります。その後、5年生が入ります。水深はかわらないので、お金はかかりません。しかし、次に4年生が入ります。ここで、水深を下げます。3年生が続けて入ります。ここは水深を変えません。次に、2年生や1年生が入ると、水深は50cmくらいまで下がります。次に高学年が入るとき、また、1mまで戻します。これを何回も繰り返しますから、高学年が入るたびに3万5千円かかります。ローテーションの組み方や学級数によっても変わりますが、どう考えても30万以上のお金がかかっています。もちろん、プールを使い始める前には、清掃も必要です。外部委託する学校も増えていますから、その経費も必要です。また、施設管理としてプールの塗り替えや外に見えないように目隠しなども考えると、膨大な費用が掛かることが分かります。ちなみに、プール全体を防水塗装するだけで、300万以上かかると思います。今は、塗装ではなくコーティングしていると思います。こちらは500万くらい費用がかかるんです。

 


さらに、水泳指導でのリスクもあります。だいたい、先生たちは水泳指導のプロではありませんし、子ども達の数に対して、先生の数が少ないのは言うまでもありません。学校の水泳学習で泳げるようになることは難しいと思います。

 それに、水泳については、少なくとも、都市部では、スイミングスクールが普及し、水泳をする機会が多くあるので、学校は水泳学習から撤退してもよいのではないかと思います。どうですか?

 

 

2025年12月29日月曜日

元校長が考えたこと。まだ、明るいのに帰っていいですか。


 


 教員の勤務時間は、始業時間は8時から。終業時間は16時半までになります。冬の季節は、16時半でも、暗い時期もありますが、春から、秋にかけての16時半は、結構明るいんですね。それに、世間の人たちはまだ働いている時間だと思うと、まだ仕事をしなくちゃいけない感覚になるんです。でも実際は、8時から始まる仕事なので、ちゃんと7時間45分働いているわけです。休憩時間を含むと8時間30分、仕事をしています。ですから、明るく経って、終業時間が来たら、仕事を終えることができます。それに、教員は、残業をしない前提で、給与体系が決まっているので、よく話題になるように、すべてがサービス残業になります。残業手当がないからです。

 朝、早くから働き、夕方は早く帰ることができるのは、働き方としては、とてもよいと思います。ライブに行こうと、スポーツ観戦をしようと、カフェでコーヒーを飲みながらスマホを見ようと、友達と飲もうと、すべて時間は自由であるはずなのです。でも、そういう時間の使い方をしているという声はあまり聞きません。別に早く帰る人がいても、そのことを批判するようなことはないと思いますが、どうも、明るい中帰宅するのが後ろめたくなるのではないでしょうか。別に、空が早く暗くなる時期は、早く帰るわけでもないので、太陽の位置と仕事を終わらせる時間に関係性があるのか、どうかははっきりしませんが…。

 教員採用試験のことが話題になります。なかなか先生になってくれないと。以前も書きましたが、夏休みをとれることをアピールするのと同じように、終業時間が早いことも、本当はアピールできることだと思います。都市部には、山ほどのエンターテインメントがあります。それらを十分楽しむことができる勤務時間であることは、アピールするに足りる魅力だと思います。ペットや友人のと過ごすこともよいでしょうし、何かを学ぶことに時間を使ってもよいと思います。スポーツジムに行けば、様々な体験ができます。外国語を習得し、キャリアアップを図るのもよいと思います。

 先生の勤務時間は、とても魅力的だと思います。そうできるように、定時退勤が基本になることが大切です。そして、そのことは仕事の魅力の一部になるはずです。

 

2025年12月25日木曜日

いろいろ問題があるけれど、根本的なことは何だろう

 

 教育に関する様々な課題をどうすればよいかを考えることが必要です。

 日本の教育と欧米諸国の教育の中で、一番異なっていることは何でしょう。

 特活です。給食、清掃などが教育活動だと考えられているのは、日本だけです。例えば、清掃ですが、子ども達がやるなどという国はありません。業者が入り、学校内の清掃を行っています。給食についても、先生が指導したり、監督したりするという国はありません。

 戦後、学校教育に潤沢に予算をかけることができない中で、子ども達の手を利用することを是として、清掃などは行われたのでしょう。もしくは、文化的な事柄なのかもしれません。予算をかけずに教育活動を行うための様々な工夫をしてきたのだと思います。一人の先生がすべてを教えるというのも、人件費を抑えるためには、とても効率的な方法なのだと思います。実際、他の欧米諸国と比較して、日本の教育予算はOECE加盟国の中で平均的な数値です。しかし、現在の日本は、それなりに豊かな国であることを考えると、イギリスやアメリカなどに大きく差をつけられていることは疑問視せざる得ません。

 教科担任制への移行ですら、教員の人数を大幅に増やすという選択肢をとって異なことなどからも、教育のためのコストはなるべくカットしたいという意識が見えます。

 まあ、政治家にとっては教育は票にならないことだととらえているんでしょうね。子どもが小学校や中学校を卒業してしまったら、親の関心は急速に低下します。教育について、市民が考えるのは、自分の子ども達のその時期だけなわけです。

 また、これまで政府が気にしてきたOECEの学力状況の調査でも、常に上位をとってきてしまったことなどが、課題なのかもしれません。コストをかけなくても、目標を達成してきたのは、先生たちの授業力の高さにあるわけです。まあ、文科省は現場がダメだから的発言をするような気がしますが、ダメな政策であっても、実現してきたのh現場です。

 先生は、授業をする人であり、子ども達の学力を高めるための人です。給食を配ったり、掃除をさせたりすることが美徳のように取り上げられていますが、それは、先生の仕事ではないはずです。

 そして、教科担任制を実施するなら、しっかりとした制度設計を行うことをまず考えてほしいものです。



2025年12月23日火曜日

心の病


  他の職種より、学校の先生がメンタルな面でお休みに入ってしまうことが多いと、言われています。全国統計でもそれははっきりしていますが、実感として、メンタルの不調を訴え、お休みに入る例を多く見聞きします。

 小学校は、学級担任制を基盤としていますから、メンタルの不調を訴える先生が多く出るのも理解できます。学級担任制は、初任の先生だろうが、ベテランの先生だろうが、関係なく、学級全体に対しての責任をもつことになります。その重圧は、かなり重く、学級経営が上手くいっていないときには、教室に向かう廊下や階段が遠く感じます。

 その重圧を小さくするために、チーム学年・学級経営などというものも出てきているのだと思います。ですが、どのような形をとっても、今の体制では、メンタルの不調を訴える先生は減らないような気がします。

 もともと、学校という権威を利用し、その権威を背景に先生たちは学級経営をしてきたわけです。先生の言っていることは絶対とは言いませんが、先生が言うことは子ども達の考えの指針となるものだったはずです。ところが、今の子ども達にとって、権威を背景にしての指導は通用しなくなっていると思います。子ども達も多くの情報に触れています。塾に通っている子供も多いですし、楽しい授業や分かりやすい授業をすることが、とても大切になっていると思います。そういうことができないと、授業に集中できない子供が増え、学級を制御できなくなるのです。



 学校運営をする中で、低学年から、高学年まで、いろいろな視点を持たなければいけませんが、どの先生をどこに配置するかが大きなポイントになると思います。低学年から、授業を楽しませることができなければいけませんが、段階により、楽しませる手法や方法が異なっています。それを考え、学校運営をすることが、まずは大事になると思います。

2025年12月22日月曜日

会議をする必要があるのか。

  

 学校は会議が大好きです。ともかく、会議をするわけです。会議をいくつかに分類しましょう。

〇職員会議 これは、学校教育法施行規則に書かれているので、まあ、やるんでしょうね。ただ、形骸化している気がします。一つは、事前会議を実施していたり、パターン化している行事の説明など、会議と言っても、話し合うようなことはほとんどありません。

〇運営委員会・教務会・主幹会 運営委員会とか、企画会とか言われるもので、職員会議の事前会議のような性質を持っています。教務会とか、主幹会の形で行われることもあります。事前会議だと、意見が言いやすいし、そこで、修正ができるようにという意図で行われるものです。教務会や主幹会は、校長、副校長、主幹で行うもので、職員会議に乗らないような話も、出てきますし、幹部会議的な性質なんでしょうな。

〇学年研 小学校では、担任+その学年に割り当てられた専科の先生で行うことが多いですね。この会議は、長くなりやすいですね。話す内容が明確でないときも多いんです。おしゃべりをしているわけではないのですが、子どものことを話したり、教科の進度を話したり、行事の分担をしたりと、内容が豊富だと言えるかも。若手にとっては、様々な対処法を学ぶ機会なのですが、ベテランには、ああ、あれね。という感じの会議でもあります。

〇いじめ関連 これは、文科省、教育委員会が命じている会議です。いじめを防止するために、その要素がありそうなことを話したり、実際にいじめについて、経過報告をしたります。

〇特別支援関連 特別に支援を必要としている子供について、情報共有をしたり、現状を報告したり、対応を報告したりする会議です。全体でやることもありますし、該当者だけで実施することもあります。担任+学年+教務主任+児童指導選任+養護教諭などで実施していることがおおかもしれません。

〇行事関連委員会 入学式・運動会・学習発表会・卒業式などについて、話し合うために実施することがあります。最近は、あまりやらなくなっているような気もしますが。

〇これ以外に研究会というのがあります。授業研究と称して、研究授業・指導案検討などをやっている学校も多い気がいます。

〇複数校での研究会 小学校同士、小中学校での合同研究会が年に何回か実施されることもあります。

〇上記以外にも、教科研究・領域研究・児童指導等に関する会議など、まだ、何種類かの会議を抱えています。

 問題は1週間は5日間しかないことです。上記のような会議を当てはめていくと、毎日会議をやっていても、おかしくない状況があるのです。実際には、これらの会議をやらなくても、学校は十分に運営されていくのです。でも、そうならないのは、常に、前例踏襲が大好きな学校の体質的問題でしょう。

 でも、これらを改善していかないと時間が足りないということになります。

 もう一点。会議の運営の仕方が悪いということも言えます。目的が明確ではない。プレゼンがしっかりできていないなど、問題点は山積みです。


2025年12月21日日曜日

学校は保育園か?

  

イメージキャラクターを作ってみました。ココアちゃんです。


 学校の開門時間を7時にする自治体があると報じられています。すでに、放課後については学校施設を利用して、子ども達を夜まで預かるシステムができています。こちらの方は、初めに、子ども達を集団遊びができるような機会を増やすと言って始めたものが、純然と預かり機能になってきています。僕の記憶が正しければ、たぶん30年近く経っていると思います。朝の預かりシステムも、固定化してくれば、それなりにコストがかかるシステムになるでしょうし、場合によっては、学校での対応も求められるようになるかもしれません。

 これらのシステムが学校とは異なるものだということを保護者にしっかり理解してもらえるようにすることがまず大切です。実際、所管している部署が違いますので、本来的には学校と切り離されたものだというのは明白なのですが、同じ施設を利用しているだけに、保護者には、分かりにくいとは思います。行政的には、少子化対策の一環として、大人の都合で、子ども達を預かるシステムが必要だと考えているのでしょう。

 学校が保育機能を持っていると実感させられたのはコロナ禍です。この時期に、学校が子ども達をできるだけアズってほしいという保護者が多くいることが分かった気がします。何もしなくても、学校が預かってくれるだけでいいという声をも多く聞いたと思います。

 


 確かに、学校にいるということは、基本的に安全だということもありますし、食事も提供されますから、保育とみてもおかしくはないのかもしれません。

 本体的には、学校は保育機関ではないのですが、日本社会のシステムが不十分な分、学校という社会的施設に、保育機能まで求めてしまうのかもしれません。学校が本来の機能を取り戻すためには、社会全体の構造が変化しなければならないのだと思います。

2025年12月20日土曜日

現状で教員になりたいと思うのでしょうか?

 


僕が教員採用試験を受けたころは、採用数が減り始めたころでした。僕が採用試験を受けた年から、実技試験が導入され、オルガンを弾きながら歌ったり、水泳をしたり、器械運動をしたりしました。採用数が減り、それだけの内容があっても、採用されたがる学生は試験を受けに来るだろうと教育委員会が考えたわけです。

数年前に実技試験はなくなりました。想像される理由は、ここの市や県は実技試験があるから面倒だよね。実技試験がないところを選ぼう。という学生の動向を考え、順番に実技試験をやめることになったのだと思います。

もう数年前から、徐々に採用しけ権を受ける学生の数は減ってきていたのです。そして、自治体間での競争が激しくなってきていたのだと思います。

小学校の教員免許をとることができる大学は確実に増えています。僕が大学生だったころは、首都圏で各国立大学と10校前後の私立大学での取れただけだったと思います。少なくとも、今はその倍以上の大学で免許をとることができるようになっているのではないでしょうか。

ということは、免許を保有している学生の数は確実に増えているのです。

でも、教員採用試験を受ける学生の数は減る一方なわけです。

仕事を選ぶ基準を考えれば、そうなるのもうなずけます。

賃金・福利厚生・職場の透明度・雰囲気・やりがい・休暇



など、いくつかの要素が考えらえると思います。教員になって十分満たされそうなのは、やりがいかもしれません。しかし、上げた要素の中でやりがいが魅力になっているとしたら、やはり採用試験を受けることは難しいかもしれません。教員免許をとるためには、教育実習を3週間なり、4週間行っています。ですから、少しは、学校の雰囲気、今の子ども達の様子などを体感していると思います。先生たちのピリピリした感じや遅くまで仕事をしている様子を知って、なおかつやりがいだけを求めて仕事に就くことを選択するとは、思えません。ましてや、売り手市場だと言われる労働市場で、難しいことではないかと思います。

賃金が大幅に増やせないなら、夏休みなどを強調すればよいのだと思います。昔は、水泳教室やるなどしていましたが、今はありません。夏休みの宿泊などもなくなっています。連続して夏休みが取れることを強調するだけでも、魅力のある職場になると思います。3週間休める職場は少ないですから、海外旅行などに行くチャンスが持てると言えばいいのではないでしょうか。それだけなら、それほどコストをかけずに売り込むことができます。

おいしいことを言わなければ、学生は来ませんよ。

2025年12月19日金曜日

臨任の先生


 臨任の先生とい言っても、あまりにも幅が広いのです。

一番欲しいのは、経験があり、授業力もある先生です。当然ですよね。家族が転勤で異動するのに伴い、それまで勤めていた地域から移動してきた先生などは、信頼できる人が多いと思います。それから、育休後、育児に力を入れたいと一度やめた先生がとりあえず復帰したいと、臨任を行う場合もあります。そして、最後は、定年退職をした先生です。65歳以上になります。体力的な心配などはあるかもしれませんが、お元気であれば、十分戦力になってくれる可能性があります。

一方、採用試験に落ちて、正規の職員になれなかった人も臨任で詰めることになります。正規の職員だけですべてをカバーできていたころとは違い、必ず臨任の先生が必要になっています。産休・育休・療休は、長期ですので、すべて臨任での対応になります。ですので、臨任の先生に担任をお願いすることも多い言わけです。育休ですが、当然今の時代ですから、女性だけではなく、男性がとることも多くなっています。かなりの数の先生が休みに入るケースもあります。また、療休は、教員が多いとよく書かれています。

未経験で臨任になった場合、初任の先生のようなサポート制度はありません。ベテランと同じ条件で臨任の先生になるわけです。

当然学校としては、実績がある、経験が豊富な先生が来てくれることを期待します。教育委員会からの照会を待っているだけでは、時間もかかりますし、欲しい人材に巡り合えないこともあります。そこで、校長間で情報を供したり、自分のつてをたどって探していきます。特に、早く辞めたけど復帰したいという希望がある先生などは引っ張りだこになるわけです。

どのような先生が臨任をやってくれるかにより、学校全体に大きな影響を与えます。教員は、派遣労働の対象外の職種なので、派遣会社を使うことはできませんが、より多くの免許所有者をデータベースにすることができないのかと思ってしまいます。また、実際にはサポートが必要なケースも多くあります。教育委員会も対応はしているのですが、それでは不十分だと思います。


まあ、こう書いている自分も免許をもって、キャリアもあるのですから、候補になるべきなのでしょうが…。

2025年12月18日木曜日

人事への期待



個人的な感情語を抑え、客観的な事実と論理展開を強調しました。

かつての人事要望において、校長は「算数指導の見識がある人材」「体育指導で職員を牽引できる人材」「教務主任を担える人材」など、学校運営に必要な具体的スキルを持った教員を求めていました。しかし近年では、「授業が成立する教員」「1年間担任を務められる職員」であれば十分とする傾向が強まっています。以前は「最低条件」であったはずの要素が、今や「採用の決め手」となっているのが実情です。

この背景には、大量採用世代の産休・育休取得増や、男性職員の育休取得、さらには病気療養に入る職員の増加があります。これにより欠員が生じ、臨時的任用教員(以下、臨任)であっても担任を任せざるを得ない状況が常態化しています。 本来、学校管理職としては経験の浅い臨任を担任に据えることは避けたいところですが、一校で多数の臨任を雇用せざるを得ない現状では、彼らを担任として配置しなければ人員配置が完了しません。 また、正規職員の中にも、指導力不足により学級崩壊や保護者からの苦情を招く者がおり、担任を任せられないケースが存在します。こうした要因が重なり、冒頭のような「最低限の要望」しか出せない状況に陥っています。

教育委員会は「チーム学年経営」や「ペーパーティーチャーの復帰支援」などの対策を講じていますが、抜本的な解決には至っていません。 小学校における人員不足は深刻です。「過重労働」という評判が人材確保を困難にし、その結果として現場の負担がさらに増すという悪循環が続いています。しかし、こうした状況下でも教員定数の改善に関する議論は進んでおらず、給与引き上げの話も不透明なままです。

現在は、人材育成を論じる以前の段階にあります。まずは最低限の人員を確保すること。そのために、給与等の待遇改善を行い、人材を呼び込む施策こそが急務であると考えます。



2025年12月16日火曜日

学校が全部やるって無理なんじゃないですか

学校の本来の目的は、「人格の形成」と「体系的な学習」を進めることです。そして先生たちは、そのために存在しています。 この2つは決して切り離せるものではありません。日々の学習を通して意欲が育ち、新たな興味関心が芽生える。それが、子どもたちの人格形成において大きな役割を果たします。しかし現在の学校現場は、そうした本来の姿から遠のいてしまっていると言わざるを得ません。 その原因は、学校側の「学校が全部やらなければ」という姿勢と、社会の「学校に任せておけばよい」という意識の双方が絡み合っていることにあるのではないでしょうか。

異常な「ダブルスクール」の常態化 特に都市部で顕著ですが、今の日本では小学校高学年あたりから学校と塾の「ダブルスクール」が常態化しています。私が教員になった頃は、小中学生が塾に通うことはまだ一般的ではありませんでした。 欧米のように、学校外の活動がスポーツや芸術などであれば、学校での学習と重複しないため問題ありません。しかし現在の日本は、完全に「座学の重複」を引き起こしています。子どもたちは、学校にいる時間以上に机に向かって勉強し続けているのです。この異常な状態は、何としても改善すべき課題です。

「先生=何でも屋」からの脱却を これを解消するためには、「学校がすべてを抱え込む」という構造自体を見直す必要があります。 例えば、35人学級の中に学習に集中することが難しい子どもがいた場合、一人の担任ですべて対応するのは不可能です。先生たちは本来「授業を通して体系的な学習を進めるプロ」であり、必ずしも「発達障害や特別な支援を要する児童への対応のプロ」ではありません。そこまで一人の担任に背負わせてしまうからこそ、現場はパンクしてしまうのです。

また、これからの時代、給食や清掃といった時間を子どもたちに任せず、そうした雑務から子どもたち(そして指導する先生たち)を解放することも検討すべきでしょう。さらに、学校行事の大幅な見直しも急務です。イベントの準備や練習に膨大な時間を割くことは、学校の本来の目的から外れています。

繰り返しますが、学校は「全部」をやることはできません。 今まで学校が担ってきた業務を思い切って整理・精選し、先生たちを「授業のプロ」という本来の立ち位置に戻すこと。それこそが、今一番求められている教育改革ではないでしょうか。


2025年12月14日日曜日

朝の時間の設定


 いろいろ言われているけれど、まず疑問なのが朝の時間の設定です。

朝は、自治体によって異なるでしょうが、僕が務めていた市では、8時から8時30分の間に学校ごとに勤務時間の設定ができました。8時に勤務時間を設定すると、就業時間は16時30分になります。大方は8時15分から16時45分という時間設定がされていました。早い時間にせってしないのは、保育園などによってから勤務する職員がいるためでした。実際には、フレックスタイムが認めれるので、保育園などの関係で8時に間に合わない場合の対応は可能になっていました。

さて、朝の時間の何が問題なのでしょう。子ども達の登校時間です。8時10分から8時20分の間に登校しましょうと設定しているとします。ところが、先生たちの出勤時間は8時15分から。そうです。出勤時間の前に子ども達が登校してきてしまうのです。長年、このことは問題にされてきませんでした。子ども達が教室に入る時間が先生たちの勤務時間の枠の外になっていることさえ、問題にしていない学校が存在するわけです。出勤時間が8時15分で、子ども達の登校時間が8時15分だとしても、問題はあるわけです。今は、アプリを使って、出席や欠席の連絡がおこなわれています。それをチェックする時間や連絡を取る時間も必要になります。また、留守番電話を使っている学校が大半だと思いますが、留守番電話を解除する時間だって問題になります。勤務時間の前に留守番電話が解除されれば、電話対応をするわけですが、これが、勤務時間外であるのは問題だと思います。

そうすると、8時に先生が出勤、子ども達は8時15分から登校。というのが、妥当な時間配分だと思います。

先生たちの善意で何かを行うことは正しいとは言えません。

学校は、これまで、先生たちの善意に依存してきました。そのことが学校をブラックだと指摘する原因になっていると思います。

勤務時間と子ども達の動きに矛盾が生じないようにすることが、まず大事だと思います。

2025年12月2日火曜日

働き方改革とやりがいと新しいシステム

 働き方改革といわれて、なんだかんだ、10年近く経っているような気がします。10年物間、どれだけの成果があったんでしょう。確かに、時間外労働に対する意識が高まって、80時間の時間外勤務をする人は少なくなり、45時間の時間外労働をする人の割合も減ってきていると言われています。でも、実際には持ち帰る仕事の量が増えているとも言われています。放課後の時間も増え、事務的なことをサポートしてくれている人員も増やされているし、教員の人数も増やされています。しかし、肝心な授業時数の削減や授業内容の見直し、根本的な教科数の見直しなどには、誰も手を付けてくれません。授業時数に関しては、確かに次期指導要領で改善されると言われていますが、今一つ鮮明ではない気がします。また、1学級の人数も、35人にしたことで、それをさらに減らしてく行くという方向性も見えません。

でも、それだけではなく、働き方を変えるための最大のキーワードが話題になっていないことが問題だと思います。それは、「やりがい」です。やりがいというキーワードが学校での働き方改革の最大の障害だと思います。「こどもたちのためだから」「よい授業をしなくてはならないから」

僕が最後いた学校では、朝、8時前に出勤しても、校庭には何人かの先生がいて、1時間目の体躯の授業の準備をするのが定番となっていました。もちろん、誰に命令されているわけではないのです。でも、必ず「子供たちが楽しく体育ができるように」準備をしているわけです。今どきの朝は、忙しいんです。先生たちは、まずパソコンの電源を入れ、出欠席の連絡が連絡用のアプリに入っていないかを確認します。それから、保護者からの連絡が入力されていないかを見て、返信が必要ならば、朝のうちに返信をします。それだけで、10分やそこらはかかってしまいます。これは、学校によりシステムが異なっているでしょうが、出席、欠席を入力するなり、手で書き込むなりして、ようやくひと段落なわけです。もちろん、保護者からのメッセージにクレームなどがあれば、児童支援選任なり、学年主任なり、場合によっては校長に相談することが必要になってきます。そうなれば、さらに、朝の時間は消費されてしまいます。まあ、この時間自体、朝の勤務時間前に行われるのですから、やはり問題はあります。でも、これらのことをやっておかなけければ、何も進まないのですから、仕方ないとあきらめるわけです。校庭で作業をしていた先生たちは、この作業の時間の前に校庭で準備をしていますから、逆算すれば、30分以上早く仕事を始めていることになります。

これらは、すべて、やりがいがある仕事だから、仕方ないと思われいます。「子供たちのため」という言葉がすべてに優先するのが学校なのです。



新しいシステムは、教育DXだからと言うことになっています。確かに、利便性はあがり、作業効率を高めていると思います。ただ、現場のタイムスケジュールを度外視していると思います。まあ、導入を決める人たちはそんなこと、どうでもいいのでしょうけど。

2025年11月28日金曜日

休息時間について

 休息時間をとらなければならないことは、労基法で定められています。6時間以上の勤務ですから、45分は休息をとらなければなりません。しかし、もともと、この休息時間は、昼休みをとることを前提として考えられたものでしょう。お昼の時間に食事をし、お茶を飲むことを考えたものだと思います。そうだとすると、教員には無理な話なわけです。お昼は食べています。しかし、休息とは程遠いものです。給食の配膳をし、子ども達が整然と食事をすることができるように注意をしているわけです。

たとえば、企業で休息時間に電話番をしていたら、それは休息とは認められません。また、労基法の休息は一斉にとることを前提としています。そうなると、子ども達が完全に下校してから休息時間をとることが自然な形になります。

子ども達の下校が15時なら、15時45分までが休息時間となります。そうすると退勤時間まで、休息が終わって残り1時間なわけです。これって、どうなんでしょう。子ども達が帰ったら、とりあえずその日の提出物を見たり、テストやドリルの採点をしたりしたくなりますよね。それをやっていたら、全然休息じゃないわけです。保護者への電話連絡などもそうです。急送時間に、勝手にやっていることだからという理屈なのでしょうか。校長が命じたわけじゃないから、その時間に仕事をしているのは、先生たちの自発的意志であり、それが、休息時間だと主張するのでしょうか。おかしいですよね。でも、現実の学校では、罷り通る率苦なんですよね。それに、子ども達が下校した後は、何らかの会議が設定されている場合が多く、その時間は、自分の学級に関することや自分が担当している教科について、何もすることができないのです。

授業をする時間 8時15分から14時30分(これ以上早くすることは難しいのでは)

休憩時間 14時30分から15時15分

会議 15時15分から16時15分

事務処理の時間 16時15分から16時45分

14時までに完全下校という学校も出てきていますから、もう少し余裕のある学校もあるかもしれません。一方子ども達の完全下校が15時という学校もあると思います。



いずれにしても、タイトだということと、休憩時間を過ごすにしても、住宅地の中に建てられた学校が多い現状では、学校外で過ごすことがすごく難しいのです。学校にいるなら仕事をしちゃえとなると、実際は、労働時間が45分伸びているだけとなります。

もう少し考えてもらえるといいのですが、どう思いますか。

2025年11月26日水曜日

就学時健康診断を学校に押し付けているのはどうにかならないの

 10月から12月にかけて、就学時健康診断が実施されます。小学校に上がる前年度、幼稚園や保育園の年長さんが受けに来ます。おそらく、どこの自治体でも、その子が入学する予定の学校で実施しているというのが現状だと思います。しかし、本来は、教育委員会が実施するものであり、学校が準備や実施、片付けをするものではないはずです。少なくとも学校保健安全法を読む限り、学校が実施するものではないはずです。実施責任が教育委員会にあるのですから、教育委員会が実施し、その結果を学校に送付するというのが正しい手順なのではないでしょうか。法定検診として1.5歳と3歳の2回、これは、自治体が実施しているのですが、設定されています。決して、学校が実施しなければ実施できないというものではないと思います。各学校に実施させれば確かに費用の面や場所の確保の面から言えば教育委員会は楽ができるのだと思います。人数の多い都市部ではとてもできないというのかもしれません。しかし、実際に1.5や3歳の検診は実施できているのですから、方法はあるはずです。

働き方改革をどの教育委員会も言っています。しかし、就学時健康診断のように学校に業務を押し付けて実施しているものもあるわけです。学校は準備に十分時間をとっています。事前の打ち合わせもしますし、お医者様の日程に合わせ、日程を決める作業もしています。寒ければ、内科検診の際の部屋の温度の調整もします。もちろん、学校にとってのメリットもあります。入学する前に、どのような子が入学してくるのかを見ることができます。ですが、この点については、今は事前に幼稚園や保育園に見学に行くことも多いと思いますので、補うことはできます。

保護者としては、自宅近くの学校はよい検診場所かもしれません。しかし、日程の調整ができないという点で不自由があると思います。両親ともに仕事に行っている場合や、片親の場合なども本来日程の調整ができる方が望ましいと思っていると思います。

いずれにしても、法律にあるように教育委員会が実施すべきものは実施すべきです。

2025年11月25日火曜日

授業参観って

 11月あたりも、授業参観が行われやすいかもしれませんね。

一時期、毎月授業参観を実施するとか、一週間オープンスクールにして授業参観ができるようにするとか、授業参観を増やす方向で進んでいました。でも、今は、授業参観の回数が減る傾向にあるような気がします。年間、3回程度なのでしょうか。6月、9月、12月くらいの感覚なのでしょうか。2月あたりもあるかもしれませんね。6月は、もともとは父の日の合わせて実施していた名残ですね。昔は父親参観日のような名称実施していたものです。

授業参観の内容も、回数が多かった時とは違いが見られます。-イベント中心の形になっています。発表会形式のものが増えています。普段の授業の様子を見せることが基本的には大事だと思うのですが、先生たちは、普段の授業を見せても、受けが悪いと思っているようです。

でも、保護者としては、日常どのように授業が進められているのか、クラスの雰囲気がどうなのかというを知りたいのではないかと思います。自分の子どもがどのような態度で授業を受けているのかに関心があると思います。確かに、イベント系の授業参観をした方が受けているように見えるかもしれませんが、それをやると、必要以上に準備に時間がかかりますし、子ども達にも負担をかけると思います。

日頃通りの授業を、普段通りに進めるようにしていれば、授業参観も負担にはならないように思うのですが…。どうなんでしょうね。

2025年11月23日日曜日

刺激が刺激を生み、悪循環が始まる

 ここ数年の傾向として言えるのは、刺激が刺激を生み、悪循環が始まるということです。

発達障害の子どもがいるのは、今では学級編成をする際に当たり前のことになっています。程度の差はあると思います。ADHDの子どもの中には、自分で自分の行動を制御できないケースもあります。そうしようとしていなくても、何かに操られるように動いてしまうというケースを見たことがあります。授業中に大きな声を出してしまう。授業中なのに座っていることができないなど、先生が苦労している場面を何回も見ています。

だからと言って、その子たちをしかりつけるという対処法では、何も解決はしません。

解決法は、刺激を作らないということだと考えています。教室内が落ち着いていることが、大切です。発達障害がある子ども達は、刺激が苦手な子どもが多いと思います。教室内で、不必要な動きが見られたり、大きな音が立てられたりすると、それに誰よりも早く反応してしまうのです。教室が落ち着き、みんなが話を聞いている状態を作ることができれば、発達障害を持っている子供も、普通に授業を受けることができます。教室内が荒れてしまえば、誰よりも反応し、反応したことを先生や周りの子ども達が注意するとよけい状態は悪化します。

思考することが大切、話し合うことが大切というのは当然のことかもしれませんが、それ以前に落ち着いた雰囲気を作り出すことがまず一番重要になると思います。

話を聞かせるときに、静かにしている状況を子ども達に理解させることが大切になります。

教室の外の音が聞こえる状態が静かであると教えてあげるだけで子ども達の態度は変わってくると思います。静かな状態が少しの間でもできれば、静かにしましょうねと声をかけるだけで静かな状態を作ることができるようになります。それが、1分、2分と継続するようになるだけで、教室の雰囲気はよくなると思います。刺激を受ける時間が短ければ、刺激に反応しやすい子も教室で過ごしやすくなると思います。もちろん、他の子たちも、過ごしやすくなるはずです。

そして、子ども同士に注意させるのも止めた方がよいです。子ども同士の上下関係を作り出してしまいますし、変な優越感を持つ子供が生まれてしまいます。

まずは落ち着いた時間を過ごすことができるようにすることが大切だと思います。


2025年11月22日土曜日

東京だけが救われる

 東京都の様々な政策が話題になります。以前から、東京は学校の配置人数でも、周辺都市を簡単に量ができるだけの人件費を割いているわけです。東京の予算規模は、国家レベルです。千葉や埼玉、神奈川などの周辺都道府県とは一桁違うといってもいいと思います。

豊富な財源をもとに、教員の囲い込みも行っています。非常勤講師の時給だけ取り上げても、東京都は経験者に3000円以上の時給を払っています。当然、経験者であれば、東京を中心に考えるでしょう。周辺の政令指定都市はだいたい2500円というのが相場ですからね。

実際、東京都の小学校を見たことがありますが、信じられないほど、様々な機器が揃っています。各階に複合プリンターがあったり、各教室に大型のプロジェクターが設置されていたり。また、企業や大学など、各学校の近くにある教育環境も大きな差があります。様々な企業とタイアップしたり、大学がタイアップしたりなど、大きな差があると思います。

もちろん、初任給に関しても、東京都は諸手当を含めると30万を超えるくらいの金額になるようです。

東京都と常に競争をしていかなければならに周辺3県、さらに、政令指定都市はすべての面で東京にかなうわけがないのです。東京がその気になれば、すべてを東京に持っていかれることになるような気がします。

日本の教育は全国同じように行われていると言われますが、実際は、大きな差があります。関東の中だけを見ていっても、東京都と比較すれば大きな差があります。

人口が多いこと、税制上の問題など、解決できないことばかりですが、実際には東京至上主義になっているような気がします。でも、そんなところだけ地方分権になっていてはいけないのではないでしょうか。東京だけが優遇されている状態に、もっと声を上げたいと思います。

2025年11月11日火曜日

本当にチームっていいの?

 小学校の学級担任制の特徴は、独立性が高いことだと思います。よく言えば、担任がしっかり考え、学級づくりに取り組んでいれば、それなりの成果を得ることができるわけです。悪く言えば、独善的になりやすい、学級担任の態度で、いくらでも学級を変えることができてしまうわけです。担任の力量がはっきりと出て、学級間の差がはっきりと見えてしまいます。

初任の先生も多くなり、単独で学級担任です、十分なことができません。ということも言えず、この厳しい状況を打開するために、考え出した方法がチームという発想なのでしょう。言えば、連帯責任制になったということだと思います。これまでの基本は、自分の失敗は自分で責任を取れでした。それが、学年全体の責任に変わってきたのかもしれません。

教科分担制も、うまくいかなければ、本当に大変です。特に、あの先生の授業はとか、指導の方法がという話が広まると、学年全体が責任を問われるわけです。

毎回書いていますが、システムを変えるならば、必要な人員をしっかりと補充すべきです。それなくして、何かを進めることは、現場に不必要な負担をかけるだけです。



2025年11月9日日曜日

学級担任制解体する気が本当にあるのか?

 学級担任制は、学制発布からずっと継続している制度です。ですから、基本的にはこの制度を基盤として学校が運営されているわけで、突然「チーム学年」とか「チーム担任制」「教科担任制」などと言われても、実行できるだけの基盤などあるわけがないのです。

それに、中学校と比べても教員の配当数は少ないので、中学校並みに教科担任制が実行できるわけがありません。ぎちぎちの時間割を組むことになってしまうのは、ともかく人員数の割り当てが厳しく決まってしまっているという現状があるからです。

文科省だって、そんなこと分かっているでしょう。現場の小学校が苦しくなると分かったうえで実施している、確信犯的な政策だと言えます。現場が実際に混乱しても、大変な思いをしても、そんなこと気にするそぶりもなく行っているとしか思えません。


そして学校も、それを分かっていながら頑張って対応してしまうから無理が生じるわけです。まあ、学校が直接文科省になにかを訴える機会もないですし、都合の良い学校だけを視察する政治家や官僚ばかりなんでしょうから、どうすることもできません。もちろん、教育委員会だって中央集権型の文科省のやり方に抵抗することはできないのでしょう。

ともかく、学級担任制を解体するならば、きちんと制度的に対応すべきです。やってみたい校長が自分の学校で進め、それがなし崩し的に広がるようなやり方はダメだと思います。

これまで文科省は、現場の頑張りだけを期待して様々な政策を実施してきています。そして、日本の先生たちはそこで踏ん張ってきたのです。もう、それも限界です。これまでは先生たちのレベルの高さがあったからここまで保ってきたのです。でも、過酷な状況下で、今ではそのレベルも落ちてきていると思います。ここまで業務内容を無限に増やしてきたツケが、完全に回ってきているのではないでしょうか。

2025年11月6日木曜日

落ち着かないクラスになることも、今は珍しくないのかも

 授業中、突然大声を出す子がいたり、教室を徘徊する子供がいたり、暴力を振るい始める子がいたりするという話をよく聞きます。教室の中に、落ち着きが見られず、先生として全体をコントロールできない状況があるわけです。

この様な状況は、発達障害を持っている子供がいるからと、よく言われるのですが、確かに、原因の一つだと思います。しかし、それが主体る原因なのかというと、違うような気がします。発達障害に関しては、様々な説がありますが、クラスの1割前後いると言われています。しかし、すべてのクラスが、初めに書いたような状況になるわけではありません。

では、何が原因なのでしょう。僕が思うには、刺激しあっているのかどうかが大きな問題ではないかと思うのです。周囲が落ち着いた雰囲気で、相互に刺激しあったりしなければ、騒ぎ出す子どもが出なくなると思います。誰も刺激しなければ、多くの子どもは落ち着いて教室で過ごすことができます。

でも、制御するという名のもとに、高圧的に出ることも、問題があります。先生が圧を強め、全体を制御しているように見えるクラスは、その担任が持っている間はいいのですが、学年が変わり、柔らかい雰囲気の担任になると、制御できなくなり、学年全体が崩壊する危険があります。技術ではなく、恐怖で抑えることは、絶対に避けなければなりません。昭和の方法は、令和では通用しなくなっているのです。

全体が落ち着いた雰囲気のクラスにすることがまずは大事です。

まあ、35人もいる段階では本当に技術がないと難しいのかもしれません。文科省は、35人までにしてやったというかもしれませんが、この人数は、多すぎると思います。

働き方に対しての意識を変えないと。

いつから学校の「働き方」は問題になったのか 働き方の問題が現場で話題になり始めたのは、2016年ごろだったと思います。 それ以前は、働き方が問われることはほとんどありませんでした。タイムカードすら存在せず、遅くまで仕事をして注意されることなど一度もなかった時代です。記録がないので...