今、子ども達はテレビを見ないと言われています。子ども達だけでなく、若い人たちも同じようにテレビよりもYouTubeやInstagramなどを見る方が多くなっているそうです。たしかに、自分が好きなものや興味のあることだけを見ることができるという点では、マスメディアであるテレビよりも便利で、使いやすいメディアだと言えるでしょう。
映像系のメディアはこの50年余りでものすごく進化しました。今では、誰でも、情報を作り出し、送り出すことさえできます。
こうなってくると、映像メディアがあれば、文字情報はいらなくなるのでしょうか。そうはならないと思います。文字情報は、言語だけで構成されます。映像メディアが具体的で、視覚的なのに対して、言語情報は、抽象性が高い情報です。ですので、短い文章での表現で、多様な情報を送り出すことができます。デジタルであろうと、アナログであろうと関係なく、言語情報の優位性はあると思います。AIの時代になっても、言語的な理解ができなければ、AIを生かすことはできないでしょう。今のプロンプトは基本的に言語ですから。 学校教育は、この点に関して、とても高い可能性を秘めていると思います。学習自体がそうですが、それ以外に読書があるからです。
学校生活の中での娯楽は、休み時間だけではありません。学校図書館で過ごす時間は、娯楽になりうるのです。子ども達の全員がそう感じるわけではありませんが、ある一定数は、学校図書館での活動を楽しみにしています。それは、物語を読むことの面白さを知っている子どもがいるということです。
文字を読むことで、様々な世界を体験できる読書は、本来とても楽しいものなのだと思います。家庭の中では、YouTubeやInstagram、様
々なゲーム、アニメーションなど、魅力的な媒体が子ども達を取り囲んでいます。
しかし、学校には、それらの媒体が入り込んでいません。学校の中にいる間は、読書は娯楽性のある活動になれるのです。
読書をする習慣のない子どもも多くなっています。それは、読書体験を楽しむことができていないからです。学校にいる間に、読書は楽しいものだと体験させることができれば、それは、一つの強みになると思います。強制ではなく、自主的にそうできる機会を作っていくことが大切だと思います。特に、低学年のうちに、よい読書体験をさせていきたいものです。そのためには、たくさんの本が、子ども達の周りにあることが大切だと思います。




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