2026年6月7日日曜日

体育の年間90時間をガチで計算したら、運動会をやる余裕がなかった話

運動会を春(5月・6月)に実施する学校が増えていますね。近年は梅雨の時期が読めないことに加え、5月ですでに熱中症警戒アラートを意識しなければならないほどの猛暑に見舞われることもあり、実施の判断やリスク管理の難しさは年々増しているように感じます。

ここで改めて考えてみたいのが、「そもそも運動会は必要なのか」という点です。

私は「運動会はもともと軍事教練の名残りだからやめるべきだ」といった極論を言いたいわけではありません。純粋に「今の学校現場において、運動会にそれだけの教育的効果があるのか」という費用対効果(時間対効果)を問い直したいのです。

もちろん、児童数や校庭の広さは学校ごとに異なるため一概には言えません。しかし、現在の運動会は「午前中のみの半日開催」が主流になり、かつてのように時間をかけてゆとりを持って実施することが難しくなっています。また、地域の人口動態によっては、児童数の急増に伴い校庭にプレハブ校舎を建ててしのいでいる学校も少なくありません。狭くなった校庭で、窮屈な環境のまま、従来のプログラムを無理にこなしているのが現状ではないでしょうか。

さらに深刻なのが、「体育の授業時数」を圧迫しているという現実です。

小学校5・6年生の体育の年間授業時数は「90時間」と定められています。しかし、このうち12時間は「保健」の学習に充てなければならないため、実際に体を動かせるのは「78時間」です。 年間授業週数を35週と考えると、78時間はちょうど「週に2時間(35週×2=70時間)」のペースでギリギリです。

ここからさらに、運動会のための短距離走や表現(ダンス)の練習に12時間程度を費やすと残りは66時間。全体の合同練習や予行演習などで時間をとられれば、残りの時間はさらに減少します。さらにここから、年間約10時間(地域によってはそれ以上)の水泳指導を除くと、残る体育の時間は45時間程度。これは年間を通じて「週に1時間強」しか平時の体育ができない計算になります。

これでは、子どもたちが大好きなサッカーやバスケットボール(ボール運動)、あるいはマット運動や陸上運動などを、指導要領通りにじっくり体験させる時間が極端に少なくなってしまいます。運動会の「見せるための演技」を完成させるために、多様な運動に親しむ機会が奪われているのだとしたら、本末転倒ではないでしょうか。


そう考えると、「運動会という一つの大きな行事にこだわるよりも、普段の体育の授業を充実させるほうが、結果として子どもたちの体力の向上や運動への親しみに資するのではないか」という結論に行き着くのですが、みなさんはどう考えますでしょうか。

そうはいっても、現役時代の私自身、運動会をやめるという決断を下すことができなかったのが現実です。「伝統ある行事をやめる」ことに対する保護者や地域からの反発、それを受け止めるプレッシャーは想像以上に大きいものです。

しかし、前例踏襲の呪縛を解き、本当に「子どもたちの今と未来のためになることは何か」を真摯に考え、学校のカリキュラムをスクラップ・アンド・ビルドしていくこと。それこそが、これからの学校経営に求められる最も必要な姿勢なのだと、今更ながら強く思っています。

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