デジタル教科書の是非論がありますが、デジタル教科書を導入することが、学校の在り方や授業の展開方法を変える大きなきっかけになることは間違いありません。特に、授業の形態は大きく変化していくでしょう。
調べる活動を行うには、その根拠となる情報を手に入れなければなりません。従来であれば、教科書や資料集に書かれている記述から根拠を見出していました。また、自分の考えを修正したり補足したりするうえで、友達の意見が大きな役割を果たしてきました。その中で教師は、基本的に子どもたちの意見をまとめる、いわゆるファシリテーターだったと言えます。もちろん、デジタル教科書が普及しても、教師のファシリテーターとしての役割は大きく変わらないでしょう。
しかし、子どもたちの側は、より主体的に学習に取り組む必要があります。今後、生成AIを活用していくことになれば、子どもたちと生成AIとの間に「対話」が生まれます。子どもたちは、生成AIと様々な角度から考えをぶつけ合うことができるようになるのです。そして、生成AIが提示してきた内容に対して、その「根拠」を明示するよう求めることも可能です。思考するうえで、対話する相手がいること、そして根拠を明確にしながら思考を進められることは、子どもたちにとって非常に楽しい経験となるはずです。
また、これまでは自分一人では難しかった「まとめ(推敲・校正)」の段階でも、生成AIはその得意分野としてきっちりサポートしてくれます。教師にとっても、校正という作業段階を生成AIに委ねることで、子どもたちの「思考のプロセス(経過)」をじっくり見守ることができるようになり、授業を行ううえで大きなプラスになります。さらに、子どもたちは生成AIが作成したプレゼンテーション資料をすぐに活用し、発表に移ることができます。資料はクラス全体で共有されているため、自分の考えと他者の考えを容易に対比することも可能です。
結論として、どの教科であっても、これからは「考えること」が中心の学習になっていくと考えます。ただし、これを成立させるためには、いくつかの条件が整わなければなりません。
まず、「文章を読むこと」についてです。低学年の段階から、しっかりと文章を読む習慣を身に付ける必要があります。言語に関するリテラシーが低ければ、どの学年であっても学習は成立しないでしょう。デジタル教科書や生成AIをどのように駆使しようとも、学習の基盤が「文章の読み書き」であることに変わりはありません。確かに、紙とペンで文章を書くことと、キーボードや音声入力で文章を作成することは異なります。現状のデジタルツールによる表現は、かなり音声言語(話し言葉)に近いものが多くなっていると感じるからです。だからこそ、まずは基本となる「文章の読み書き」の力が不可欠なのです。
同時に、資料の整理の仕方も生成AI任せにするのではなく、自分でカテゴリーを設定し、情報を分類・整理する力を育むことが大事です。そして、ただ答えを聞くのではなく、「〇〇の視点から見るとどう違いますか?」「この根拠となるデータを教えてください」といった、AIを動かすための質の高い問い(プロンプト)をデザイン
する力が、新たな資質・能力として必要になります。
そして「修正(推敲)」の力です。文章の構成としての修正は生成AI任せでもよいかもしれません。しかし、AIとの対話や他者の意見を聞く中で、新しく気づいたことや、それらを踏まえて「自分の考えを柔軟に変更・更新していくこと」こそが、これからの子どもたちに必須の資質能力であると考えます。


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