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2025年5月30日金曜日

運動会を始める前に

 運動会が迫ってくると、一番気になるのが天気です。晴れ過ぎれば、熱中症が心配ですし、雨が降りそうならば、実施するか、延期するかを決めなければなりません。

天気予報を毎日に見て、その変化に一喜一憂するわけです。基本的には、3日前の天気予報が決め手になります。延期するならば、早い段階で決めた方が、保護者や職員のことを考えても、良いわけです。

僕は、幸いなことに、校長をしているときに悩むような天候になったことはありませんでした。職員には、雨が降ったことないからと言っていました。実際、雨が降るような天気には巡り合うことはありませんでした。

最終的に、校長が決断するしかないので、様々なパターンを想定して考えなければなりません。当日が雨でなくても、前日が雨、当日は晴れとなると、段取りをしっかり決めておき、どれだけの時間があれば実施できるのかを考えていきます。校庭が一面池のようになってしまい、バキュームで水を吸い上げたこともあります。スポンジの大きなもので、水を吸い取るという作業をしたこともあります。いずれにしても、それにどれだけ時間がかかるのかを考えていかなければなりません。開始時間を遅らせるだけでなく、職員の出勤時間をどうするかも考える必要があります。昔は、体育の担当者が5時ごろから作業をしているなどというのがあたりまえのようにおこなわれていました。

とても頑張っていてよいように聞こえますが、これは、これで問題があるのです。普段より、1時間早く出勤時間を設定しても、みんなが来た頃には、作業はほとんどないなど、いったい早い時間に出勤の設定をした意味がないようなことも。

ですので、作業の開始時刻を設定することと、作業を勝手に始めないことを取り決めておかなければならないのです。校長の仕事は、やはり、何かを決めると同時に、職員全員が働いている実感を持つことができるようにすることだと思います。

運動会は、保護者も経験したことがある内容です。目新しいことをやることはほとんどありません。変化はしてきているのですが、本質的にはあまり変わっているとは言えません。学校が所有しているテントなど、運動会以外で使うことはないのです。最近では、その点とも使わないという学校も出てきました。昔のように来賓席を作ったり、敬老席をつくことが無くなってきているからでしょう。

本当は、運動会自体を見直していく必要があると思います。特に、学校規模が大きくなればなるほど、課題が多くあると思います。

2025年5月26日月曜日

子どもの見え方

 あんまりいいタイトルではないのですが、先生の状態によって、子どもの見え方が変わってくることがあります。普段の子どもの姿がどう見えているかで、先生と子どもの関係がわかると思います。

学校の外で、例えば、スーパーマーケットの中で、小学校1年生や2年生の子どもを見ると、家族と手をつなぎ、甘えるようなしぐさを見せていることが多いと思います。これは、低学年だけではなく、中学年くらいでも、同じような傾向があるでしょう。ところが、教室にいる子どもが、少しでも、大人びて感じるときは、危険だと思っています。子どもの側が先生を大人扱いしていないということもありますが、先生も、必要以上に子どもを子ども扱いできていない場合に起きる現象ではないかと考えています。

本来の姿以上に大人的な部分を感じるとき、先生と子どもの距離感や関係性にゆがみが生じているのではないでしょうか。当然、そういう関係性ができてしまったときには、子ども達の先生に対する接し方も雑になっていきます。そして、先生が先生という役割を演じきれなくなっている場合に起きる現象だと言えます。

低学年の担任をしていると、比較的楽なのは、先生という役柄を演じ切りやすい、先生であることを子供に示しながら、何かを進めることができやすいことにあるのではないでしょうか。これが、5年生や6年生になると、ちょっと演じ切ることが難しいという気がします。どうしても、本音の部分が出てしまうことがあります。また、子ども達の理屈に負けてしまうことがあったりしますから。もちろん、子ども達に論破されることは悪いことではありません。ですから、論じ合えることは、良いことだと思いますが、それも子どもとの人間関係がしっかりできていることが大切になると思います。

特に、4年生くらいの子どもが、本来よりも大人に見えることがあったなら、それは、要注意信号です。しっかり、今の子どもとの関係を見直していかなければならないと思います。

2025年5月25日日曜日

持ち物の話

 低学年の子ども達は、基本的には、保護者の管理下にあるので、持ってきてよいといわれたものを持ってくる傾向が強いと思います。筆箱から始まって、鉛筆やクーピーなど、学校で担任の先生が言ったものを持ってきます。これが、中学年くらいから変化してきます。学校生活に少しでも潤いを持たせたいのでしょう。まず問題になるのが、シャープペンシル。シャーペンは、種類も多いですし、様々な機能がついているものが多くあります。デザインも好みに合わせたものを選ぶことができます。それに単純に鉛筆よりも便利で格好が良いと感じると思います。大人になって鉛筆を使う人の割合はかなり減ると思います。なぜなら、鉛筆よりもシャーペンの方が便利だからです。鉛筆は使ったら削らなければなりません。毎日家に帰ったら、鉛筆を削るという作業が必要になります。小学生のうちは、筆圧が安定しないことや芯が折れて、教室内に落ちてしまうことなどが、主な理由になって、小学校ではシャーペンは禁止という傾向が強いと思います。昔は、担任によって見解が違ったり、注意する頻度に違いがあり、そのことも問題になっていました。そこで、学校に持ってきてよいものは、統一しましょうということになり、「スタンダード」という文章が出されるようになりました。担任用は、かなり事細かに書かれたものが存在します。その中に書かれていることは、全クラスが共通して守ることになっています。ですから、掃除の仕方や給食当番のやり方、筆箱の中身についても、かなり徹底しているのが、現在の姿です。たしかに、この形をとると、子ども達の担任に対しての批判は少なくなります。また、担任も、自分が決めたことではないので、強く指導することに躊躇が無くなります。

ただ、このスタンダードに書かれていることが、本当に意味があるのかは分かりません。例えば、体育で使用する赤白帽や体育着。体育着の下に来ている下着の問題。体育着の下に下着を着ないようにというのも数年前まではありました。今どきの子供の成長を考えると、この様な指示は適切なのか疑問です。また、赤白帽だって意味があるのか分かりません。かぶっているだけで直射日光に当たらないといわれても、あまりその効果は感じません。

持ち物については、「お守り」なども話題になります。ランドセルにつけているキーホルダーやマスココットなどと同列で考えてよいのかなど。まあ、持ち物について考えていっても、きりがないほどです。考え方として、学校としては、学習に必要なもの以外持ってくるなといいたのです。ただ、必ずしも学校が一方的に決めるのではなく、家庭で話し合ってもよいものもあると考えるのですが、どうでしょう。

2025年5月24日土曜日

運動会は午前中で終わります

 コロナ禍で一番変わったのは、運動会かもしれません。コロナ禍で、半日だけ運動会を実施することが一般的になってきました。

運動会を実施した後、アンケートをとってみましたが、コロナが終息した後のアンケートでも、運動会は犯人でよいが9割以上を占めていました。半日を一番支持してくれたのは、お母さんたちです。よくよく考えればわかることでしたが、お弁当がネックになっていたのです。前日から家族の人数分のお弁当を用意しなければなりません。だいたい、やるかやらないかもすべてお天気次第の運動会。それに向けての準備は、基本やるでなければならないわけです。当日の朝も早い時間から準備をして、子ども達を運動会に送り出した後も、さらに準備を続ける。そういうことがされているんだということをもっと早く気付くべきだったのだと思います。

運動会のように全校でのイベントの際には、徒歩で来てくださいというのも、お弁当の準備をして、大量のお弁当を持ってくる人たちにとっては、かなりの負担だと思います。僕は、どこの学校に行っても、自転車の利用はよいことにしていました。自転車の100台や200台を止めておくことは、学校の広さを考えれば、可能だからです。実際、どこの学校でも(ただし、僕が言っていた学校は500人以下の比較的小さい学校が多かったのですが)、自転車を置く場所を工夫すれば、問題なく自転車の利用ができていました。

先生たちにとって、午前中開催は楽になったのではないかということが言われますが、実際、先生達には、それほどの差はないのだと思います。子ども達は、だいぶ楽になっていると思います。遠足や宿泊学習、そして、運動会は、どうしても、天候との関係が強いものです。晴れれば、かなりの気温になります。曇っていれば、寒いくらいの日も多くなります。

特に、最近では、熱中症の問題があり、その暑さが、耐え難いものになります。そう考えると、14時まで実施していた運動会が12時に終わるというのは適切なのではないかと思います。

それ以前に、本当に運動会が必要なのかということです。教育課程という言葉が、常に出てくるわけですが、教育課程との関係を考えた時、運動会を底に当てはめるのは難しいはずです。そう考えると、運動会を実施するのかどうかを再度検討してもよい気がします。家庭も巻き込んだ形で、実施してしまっている現状からすると、やめることも難しいとは思いますが。

2025年5月22日木曜日

PTAは、必要なのか

 最近、全国 最近、全国PTA連合から脱退する各県のPTAの話が話題になっています。そして、PTAが必要なのかという議論も盛んにされています。確かに、PTAの基本的な考え方は、専業主婦という家庭の形が基本になっているような気がします。PTAの委員や役員は、ものすごい時間をかけて行うボランティアだと思います。毎日のように学校に顔を出してくれているPTAの役員さんを知っています。もちろん、この時代ですから、企業の正社員で、なおかつPTAの会長という女性も知っています。ですから、専業主婦でなければできないということはないのですが、前提条件として、専業主婦がボランティアで行う仕事になっている気がします。前にも書きましたが、つい最近まで学校の対応もお母さんが専業主婦であることを前提としているところがあると思います。

都市部において、PTA組織の必要性はかなり低くなっていると思います。特に、政令指定都市のように人口密集地域においては、最低限の教育予算が確保され、学校運営がされています。実態は分かっていませんが、これは、地方でも同じようになされていることではないと聞いたことがあります。もちろん、政令指定都市といっても東京のように潤沢ではありませんが、それでも、学校運営上、職員に努力させることでカバーするということはないと思います。

一方教育予算も最低限にしか配当されていない地域も多くあると思います。これは、税収が少ないからで、仕方がないことだと思います。そういう地域では、PTAは、ある意味集金をしてくれる組織体になっているのではないかと思ってしまいます。薄く広くお金を集めることができる強みがPTAの組織にはあります。

今回の全国組織を抜けるのは、お金の問題だけではないでしょうが、必要以上にお金を組織が集める形になっていると考えられたのが大きいと思います。全国組織を維持するためには、かなりの労力と予算が必要ですから。

ただ、学校としては、保護者の代表が存在し、その人たちと話して、合意できることに安心感があります。もちろん、そこで決めたことが絶対というのではありません。しかし、意見をすり合わせる場があることは、一定の安心につながります。もちろん、ネットの時代ですから、いろいろな投げかけ方ができるようになっていますし、意見を聞くこともできるようになっています。それらをこれからは、上手に使い、既存の形にとらわれないことが大切になるのだと思います。また、教育予算が不足するような事態にならないように、潤沢なとまでは言いませんが、全国どこの学校でも、お金に困るようなことがないようにすることが、必要だと思います。

2025年5月21日水曜日

熱中症は、こわい

 熱中症が怖いなど、当たり前なのですが、熱中症に関していうと、子ども達や先生が熱中症になるのが怖いというだけではないと思います。

10年前には、ここまで熱中症が話題になったという記憶はありません。熱中症が話題になって、そこから波及する問題が出てきました。一つは水筒です。これは、一番早く話題になりました。10年以上前から、水筒がらみの問題が出てきたのは、以前書きました。次に出てきたのが、日焼け止めです。連絡帳に、うちの子は肌が弱いので、日焼け止めが必要です。持たせてよいかという内容のものが届くようになりました。日焼け止めを自分で塗ることができる学年になっていれば問題がないのですが、低学年では、なかなかそれが難しいです。それでも、持たせたいと言われれば、それ以上何か言うことは難しいです。ただ、ここで問題が残ったのが、水泳学習です。プールの水質が日焼け止めを塗ったまま入ると悪くなるのではないかという意見です。プールについては、また、細かく書きたいと思いますが、とても水質が良い状態なのです。それを維持したいという考えもわかりますが、個々の子どもの親となると、視点は当然変わってきます。水泳中の熱中症対策は、ラッシュガードを着ましょうという形で決着がついています。なので、日焼け止めはプールに入る前のシャワーで落としても大丈夫ということになっています。次に出てきたのは日傘です。これは、コロナ禍のころに出てきました。日傘については、推奨した学校が多いと思います。

そして、何より休み時間です。「今日は、天気が良いので、外では遊べません。」という内容の放送を全校に流した時に違和感はいまだに忘れられません。確かに、10年近く前に、熱中症計を学校で購入し、日々測るようになり、危険とか、要注意などの判断をするようになりました。ここ数年は、水泳の学習ができない日も多くなってきています。

学校が判断しなくてはいけないことが、とても多くなっています。熱中症を取り上げても、これだけのことを判断しなければいけません。もちろん、最終判断は責任者の校長が負うべきものですから、校長が決めればよいので。子どもの気持ちを感が足り、先生たちの想いを考えたり、客観的な数字を見たり、考えていると本当に難しいと思います。

保護者も多くの情報を持っています。学校の判断に対して、必ずしも好意的な意見だけではないのも事実です。しかし、学校は、最終的に、子ども達が元気に家庭に戻っていくことを一番大切にしています。

でも、判断することって難しいです。

2025年5月20日火曜日

初任の先生

 初任というのは、学校で正規に職員として採用された経験がないという意味です。ですから、臨時的任用職員(臨任)を何年やっていても正規の職員になった時点が初任ということになります。正規の職員になっていて、何らかの都合でやめてしまった場合は、同じ初任でも扱われ方が変わります。

まあ、いろいろな初任が今の時代ですからいます。一番シンプルなのは大学を卒業し、先生になる場合です。大学時代に教員免許を取得し、企業などに就職することなく、先生になった人が昔は大半でした。僕自身、そのパターンです。最近では、企業でお仕事をしたり、公務員から転職したりする人も増えています。教員免許自体がとりやすくなっているということもあります。以前は(僕が大学生だったころはですが)、都心部でも小学校の教員免許が取れる大学は10校前後だったと思います。今では、その数倍の大学で小学校の教員免許が取れます。また、通信大学で免許を取得する人も、転職組には多くいると思います。

いずれにしても、初めて仕事として先生をやる場合には、初任として扱われます。初任者向けの研修を受けなければなりません。これは、文科省が決めたことですので、「法廷研修」と呼ばれています。かなりの回数の研修が義務付けられています。そして、1週間に1日、初任の先生の指導をする初任研担当の人が来ます。初任に自分で授業して見せたり、初任の先生の授業を見て、指導をするわけです。初任研担当の人は、校長、副校長、教務主任をやっていた先生が務めます。

一見すると至れり尽くせりのような気がしますが、実際は、初日から先生をやらなければならないので、大変だと思います。今先生をやっている人たちだって、そうやって、先生業を始めたわけですから、それだけバックアップされれば十分だろうという意見もあるかもしれません。しかし、今は、そんなに甘くないような気がします。lineで保護者の間を行きかっている情報量はかなりなものだと思います。1年生になってできたlineだけでなく、幼稚園や保育園時代のlineも生きているわけです。クラスを横断するだけでなく、学校も横断して情報が流れます。特に、初任であることはすぐにわかるわけですから、その指導について疑問符をつけてみる傾向は強いと思います。ですので、初任の先生にできるならば、担任を持たせずに教科担任をさせて、子どもの様子を見るようにさせてあげることができれば一番良い育成法だと思います。こんなことは、すべての校長も理解していると思います。実際、そうできた年は、担任ではなく、ベテランの先生のクラスの副担任として、授業だけでなく、懇談会や個人面談にも入るようにしていました。

ただ、今の人事配置の状況では、それも難しいと思います。どうしても、初任の先生に担任を持ってもらわないといけない状況があります。法令の改正がないとできないことは、どうしようもないことです。ですので、言っても仕方ないのですが、でも、今後のことを考えれば、少しでも早く、対応できるようにすべきだと思います。毎年、数多くの初任を迎えなければならない学校現場を考えれば、当然ですが、ゆとりをもってスタートさせてあげることができることも、とても大切だと思います。

2025年5月19日月曜日

アレルギーのこと

食物アレルギーについては、とても慎重になっています。入学前から、アレルギーについての相談を受け付け、学校で給食時にどのようなことに気を付ければよいのかを面談を通して、まとめていきます。

食物アレルギーと診断される子どもが、確実に増えてきているように思います。生活管理表という書類をお医者様に書いていただき、それをもとに、保護者と面談をします。アレルギー対象の食べ物を食べると、どのような反応が出るのか、アナフェラキシーショック状態を起こしたことがあるのか、どの系統のものを食べるとアレルギー反応を示すのかなどなど。バラ科のように、かなり多くの食品に反応する場合もあります。また、魚卵のように、食品に交じりやすいものもあります。それらについても、面談の際に細かく話を聞いていきます。

アレルギーについては実際に死亡事故が起きていますから、慎重に話を聞くことになります。学校では、アレルギー除去食というものを提供することができる場合があります。典型的ななのは、卵です。卵の場合、調理過程の最後に入れるものが多いので、卵にアレルギー反応がある子どもには、卵を入れる前のものを別に分け、アレルギー除去食として提供しています。

また、エピペンを持っている子供のロッカーが一目でわかるように児童用のロッカーに赤い枠を作ったりもしています。もちろん、担任には、エピペンの研修を行い、いざというとき、躊躇わずにエピペンを打つことができるように指導しています。

それにしても、体質的にアレルギーを起こす子どもがとても増えてきたという気がします。バラ科の食べ物がダメな子もいます。バラ科はイチゴやサクランボ、スイカなど、比較的子ども達が好きな果物が多いので、大変だなと思います。まあ、学校給食で出てくるものは少ないですが。また、ナッツ類やソバなどのアレルギー反応が激しく出てくるものは、学校給食では使わなくなりました。魚卵なども学校給食に出てくることはありません。比較的多いのは、小麦、卵、乳製品だと思います。特に、小麦については、除去することが難しい場合が多いです。パスタやパンなどのように主食系が多いですから。その場合は、代替食を家庭から持参してもらっています。

アレルギーも多様化しています。早く対応する医療が進むといいのですが。

2025年5月18日日曜日

給食の話

 給食の話は、あんまり書きたくないのですが、まあ、学校生活の中で大切なことではあるので、ちょっと書いてみます。

なぜ、書きたくないのかというと、単純に好きじゃないからです。よくテレビのインタビューなどで、子どもが「給食はおいしいです。」とか、「給食が大好きです。」とか、いう場面が出てきますが、言えば、選択肢のない食事ですから、おいしいと思うのだと思います。だいたい、どんな食事の時にも牛乳が出てくるのが不自然です。コロナ禍の際、はっきりしたのは、日本で牛乳の3割を消費しているのが学校給食だということです。学校給食に牛乳を出さなければ、日本の牛乳の3割は消費されないわけです。

学校給食は、週4回はご飯が出てきます。以前は、パンが多かったのですが、コメの消費量が減り、コメ余りの減少が起き始めた時、政府がとった政策の一つが米飯給食の普及なんですね。最近でh、コメ不足といっていますが、そうであるならば、米飯給食の見直しをするだけでも、かなりのコメが一般の流通に回るはずです。

そう考えると、生産から消費するに至るまで、一番政府がコントロールしやすい仕組みが学校給食だということがわかります。確かに、栄養価などは厳密に計算されているのだと思います。学校給食に一番ではないかもしれませんが、よく出てくる食材は2つです。一つは大豆。こちらは、大豆そのものではなくても、大豆パウダーという形をとっても出てきます。理由の一つは、繊維質が豊富だということです。もう一つは、ごまです。これは、とてもよく出てくる食材です。こんなものにゴマを入れなくてもいいんじゃないかという思う場面もしばしばあります。ゴマは、種子類です。種子類で食べれるものってそうは思いつきません。だから、値段も安く利用しやすいゴマがものすごい頻度で使われているのだと思います。

書くと、批判的なことばかりになってしまうのですが…。

給食も、今は多くの学校が、民間企業に業務委託しています。市直営の給食というが少なくなり、だいぶわかりやすくはなっています。15年位前までは、学校で給食費を集め、発注をし、支払いまでしていました。

そう考えると、給食に関する事務処理自体は、だいぶ軽減されてきていると思います。

給食自体のことは、また、別の機会に書きたいと思います。


2025年5月17日土曜日

水筒の話

 子ども達が学校に水筒を持ってくるようになったのは、8年位前からかな。熱中症が話題になり始めたころでしょう。水筒を持たせる持たせないの話は、10年以上前から出ていました。8年くらいまでも、かなり職員室では反対意見がありました。反対意見としては、学校の水道水を飲めばよいという意見です。水道水には何も問題はないし、それまでも、水道水を飲んでいたのだから、なぜ水筒を持たせるのか、という意見です。二つ目は、不衛生だという意見です。水筒をきちんと洗浄していなければ、不衛生なものを子供が使う危険性がある。

まあ、それでも、子どもが学校の水道水を飲むのを嫌がっているという保護者からの意見もありましたし、実際、生ぬるい水道水を飲むことに抵抗感を示している子供もいました。多くの学校は、水筒に関しては持たせる期間を設定し(大体5月から10月くらいまで)、水筒に入れることが可能なのは、水かお茶という風にしていました。なぜ、水とお茶なのかは分かりませんが、学校は、水とお茶が好きなようです。従来の遠足の時にも、なぜか水とお茶は、良いということになっていました。ただ、熱中症対策で始めたことですから、スポーツドリンクは、良しとしなければおかしいので、僕がいた学校では、スポーツドリンクもよいとしました。

コロナ禍もあり、水筒に関しては、1年じゅう持ってくるのが自然なことになっています。今の子ども達の大半は、水筒を持ち歩いています。

僕自身は、水道水を飲むことはもうかなり前からほとんどないです。多くの大人たちもそうだと思います。その流れを考えれば、水筒を持ってくることは別に不思議なことではありませんし、保護者がそれを要求してもおかしくはなかったはずなのです。

ここに、学校の持っている体質が表れているような気がします。「今まで」というワードが基本になる体質です。今まで通りにやっていればよい。変化は必要がない。という考え方や姿勢は、今の時代にはあまり良い考え方ではないと思います。少しでも、その時点で根拠を示せることをやるべきだと思います。水筒の中身だって、何でもよいと思うのです。親子で話し合ったり、実際に試してくことで、より最適な答えを出すことも大事だと思います。必ずしも、学校の意見や考えを押し付けることが良いことだとは言えないのではないでしょうか。

クラブ活動

 特別クラブについては書きましたが、それとは別にクラブ活動というのがどこの学校にもあるような気がします。このクラブ活動ですが、実は、指導要領には書かれていないものだと思います。前々回の指導要領書き換えで、クラブ活動の時間は無くなったのです。文科省のやることとしては、珍しく「削除」されたと思ったのですが…。

現場はクラブ活動をなくすことはありませんでした。委員会活動とクラブ活動、いぞれも、現行の指導要領には、その規定が書かれていないと思いますが、それでも、学校は時間割の中にクラブ活動と委員会活動を入れています。確かに、教育委員会の調査などで、クラブ活動と委員会活動の時間をどれだけとっているかという調査項目があったりしますので、必ずしも、学校独自で、独断的に実施しているわけではないと言えます。確かに、委員会活動は月1回、クラブ活動は月2回程度ですので、全体の時間としては、あまり多い時間を割いているわけではないというのが、各学校の判断なのだと思います。子どもが自主性を発揮する場として、大切にしているというのが、存続させている理由なのかもしれません。学校の中で、何かを選択して、子ども達が活動できる数少ない場だというのもわかります。ですが、その姿勢自体に問題点が含まれているような気がします。

学校の基本姿勢は「子供たちのためになることなら」労力を惜しまない、です。

ですから、クラブ活動や委員会活動を継続しているのです。クラブ活動を実施しなくても、特別クラブに関して書いたように、少なくとも、都市部では学校でやっていること以上の敬家のをさせる場が用意されていると思います。また、小学校の先生は、それほど、多様な技能や知識を持っている人ばかりではありませんから、専門的に教えることは難しいものも多いと思います。今は、地域の人たちにボランティアをお願いすることもあります。スポーツに関する経験などを生かしてもらったり、陶芸や絵画など、趣味を生かしてもらっている場面も多くなっています。

ですが、実際は、実施時間も短く、満足のいくようなことができているか疑問です。

2025年5月16日金曜日

読書感想文って必要なのかな?

 これまで、夏休みの宿題、課題の代表格として存在したのが読書感想文です。本を読むことすらしない子どもがいる中で、この読書感想文は、家庭にとっても、大きな負担であり、夏休み最大の悩みの種になっていたと思います。昨年、この様相が変わりました。読書感想文は、子ども達が書き、それを担任が読み、良い読書感想文を選び、学年選考をし、学校の代表として、区単位で集められたものを審査し、それが、市単位になり、県単位になり、最終的に全国単位になるというものです。要するに、最終的に全国単位で集めるから、末端の学校で書かせてねというものなのだと思います。全国学校図書館協議会という組織が、おそらく仕切っているのだと思います。

それが、昨年、校内での審査をしなくてもよいという話になりました。個々に作品を図書館協議会に送り、そこで、直接審査をするという話になっていたと思います。

学校が主体的に取り扱ってきたのかというと、必ずしもそうだとは言えないと思います。長年、読書感想文を出すという慣例的な側面が強かったのではないでしょうか。読書感想文ですから、取り上げる教科は国語です。しかし、国語の教科書に読書感想文を取り上げているのは、ごくわずかのページだったと思います。読書感想文を取り仕切っているのは、学校図書館関係の団体ですから、必ずしも、読書感想文を国語で取り上げ、その書き方を指導している時間はほとんどないと思います。

それに、よくわからないのは、課題図書です。課題図書は、その年の児童書の数少ないベストセラーになります。ですから、同じ出版社が続けて何年も選ばれることはないという話も昔読んだ気がします。この辺は、自分で調べたわけではないので、正しいかどうかは分かりませんが。

そして、課題図書で選ばれた本がその年以降良い児童文学として残っているという印象がありません。

読書感想文は、自分の考えや生活を振り返り、そのことと、本に書かれている内容を重ね合わせたり、比較したりすることができなければなりません。しかし、小学生の多くにとって、その作業はとても難しいのだと思います。児童文学を楽しむという経験はとても大切なものだと思います。もちろん、読書はすべきだと思っています。ですが、そのことと、読書感想文を書かなければならないことがどう考えても一致しないのです。

2025年5月15日木曜日

特別クラブ活動

小学校の場合、クラブ活動というと、2種類の活動があります。一つは特別クラブといわれるものです。30年位前までは、これが、かなり多くありました。サッカーやミニバス、陸上や水泳などの体育系のクラブ。そして、マーチングバンドや合唱などの音楽系の特別クラブです。

今は、だいぶ学校が手を引いてしまったという感じでしょうか。ミニバスに関しては、地域のクラブへの移行がされました。サッカーはJリーグができ、トップクラスのチームを目指す子はクラブチームに入って練習するようになりました。区内でリーグ戦をやっていたこともありました。陸上や水泳もかなりの練習をして、大会に備えていましたが、これも、水泳はスイミングクラブが普及しましたし、陸上も、専門的なクラブができています。学校でも、熱心に指導はしていましたが、水泳は、各スイミングクラブの選手コースの子どもが、毎日のように練習し、その技術を磨いているのですから、学校などで教えることとはレベルが異なってしまいます。

音楽も、コロナ前までは、マーチングバンドの発表会がありましたが、コロナ禍で、中止になったまま、なくなりました。しかし、マーチングバンドは地域に人気があり、地域のイベントに呼ばれることが多く、今でも、毎日のように練習している学校もあると思います。

ただ、マーチングバンドは維持するのが大変です。曲のアレンジや、子ども達のフォーメーションなどを考えることができないといけません。そのための専門知識のある先生など、そうそういるわけではないですから。それに、楽器の購入、楽器の修理、楽譜の購入も必要になります。そのために、地域からお金を集めるなど、学校予算だけではできない現状があります。楽器の指導ももちろん、専門的な指導ができる先生が必要になります。たしかに、音大出身の先生もいますし、なぜか、吹奏楽部に在籍していた先生も多いですが。

合唱ならば、お金のかかり方は少なくなりますが、こちらも、日々の練習が大切になります。

特別クラブがなくなってきたのは、指導する時間が無くなってきたことが大きな理由かもしれませんが、指導する先生への負担が大きいことも理由だと思います。好きだからやっている先生がいたとしても、その先生が異動してしまうと、他の先生が後を継がなくてはいけなくなります。その時に、無理が発生します。

今の時代にこういう活動は都市部では必要感がなくなってきたのかもしれません。地域のクラブや企業が行っているクラブで十分に需要が満たされてきていると考えていいのではないでしょうか。これは、この先、中学校の部活にも反映されてくると思います。しかし、それは、人口が集中している都市部での話です。人口が集中しているから、様々な活動が成立するわけですから。それが成立しない地域での活動についても、考えていく必要があると思います。

2025年5月13日火曜日

そうじ

 アラブ首長国連邦の学校で、日本の掃除をと入れたということが、報道されていました。

掃除に関しては、不明ですが、おそらく寺子屋などの時代から、子ども達が掃除をするということが日常的に行われてきたのではないかと思います。自分で汚したものは、自分で掃除をし、きれいな状態に戻す。日本の文化的な背景を考えれば、自然とおこなわれていたのかもしません。寺子屋自体、寺社などを中心に行われていたのでしょうから、そこから考えると、発送的には自然なことだと思います。

行き過ぎると、子ども達にトイレの掃除をさせた方がよいという意見などが出てきます。実際、ある教育長の時にその話が出され、実験的に何校かで実施したことが記憶にあります。なし崩し的に消えていきましたが…。

欧米の学校では、掃除は、大人がする、清掃業者が入ってすることになっているようです。本来的には子ども達に掃除をさせるのはおかしいと思います。それも、社会的な経験だということになるのかもしれませんが、指導要領には、どこにも掃除をしろだなんて書いてなかったような気がします。日本がまだ経済的に貧しかった時には、必要悪だったかもしれませんが、少なくとも、経済大国といわれるようになってからは、子ども達の掃除の必要性はなかったのではないかと思います。

実際、低学年の子ども達が掃除をしたところで、きれいになるわけではありません。未だに、水で濡らした雑巾で教室や廊下を拭いていますが、あれだって、ワックスを落としているだけで、きれいになるわけではないと思います。

最近は、ようやくワックスは業者に委託できるようになりました。それまでは、ポリッシャーをかけ、ワックスや汚れを剥離し、それから、ワックスをかけるまでを先生が行ってきました。そういう仕事をしているとき、これが先生の仕事なのかと疑問に思っていました。ですから、管理職になった時に、学校用務員にその仕事を割り振った時もあります。拒否されたこともありますが…。その後、業者に業務委託できるように教育委員会が変えてきました。

学校が何をする場所なのかということを考えることも大事です。そして、今の子ども達にできることとできないことがあるのも理解すべきではないでしょうか。

掃除をしているときの怪我も増えていると思います。特に、雑巾がけなどは、その典型です。体を保持できず、顔から床に落ちてしまう子供もいます。

掃除も学習だという考え方は、21世紀の学校にはそぐわない気がします。

2025年5月12日月曜日

40分授業

 5年前くらいから、話題になっている40分授業。

通常45分を1単位して小学校では、授業スケジュールを組みます。40分授業自体は、40年前にも、検討されたことがあります。しかし、その時には、文科省は(当時は文部省だったと思いますが、)全体に認めないといっていました。実際には、まだ土曜日授業があったりしましたので、土曜日だけは、40分の時があったような気がします。

ですが、5年位前から、午前5時間ということが検討されるようになりました。その中で、午前中に5時間をやるための考えとして、40分授業が浮上してきたわけです。実際には、小学校には給食あり、給食の時間が12時から12時半頃となるので、そんなに柔軟性を持たせることは難しいのですが、どうしても、午後の時間を空ける必要があると考えると、40分授業が適正ではないかといわれるようになったのです。また、コロナ禍で、短縮した授業を実施したことも、大きく影響したのだと思います。短縮した授業でも、特段問題はない。というのが、40分授業の背景にあると思います。

文科省も、40分授業を否定する発言はしていません。ある意味、推奨しているようにもとらえられる発言があります。

実際どうなのでしょう。朝の始業時間を繰り上げ、給食の時間を調整し、午前に45分授業を5時間やってみたことがあります。これは、実際に年間を通してやってみましたが、実行可能な方法です。1時間目と2時間目の間に5分間の休憩時間も入れました。それでも、午前5時間を実施することは可能なのです。

なぜ、40分にしなかったのかというと、5分問題を解消する方が難しいと考えたからです。算数や国語だけなら、計算の練習をしたり、発展的な問題を扱ったり、漢字の復讐をしたりすることができますが、実技系の学習は、端数の時間を集めても、調整することは難しいと考えました。40分授業では、8時間で終わるはずの学習が、9時間になります。多くの学校が、午後何とかタイムとかいう時間を設定し、5分間問題を解消したように言っているのですが、実際に、すべての教科で解消ができているとは思えません。教育課程も、昔のように、事細かく作っているわけではないですから、実際調整はできていないような気がします。それでも、40分授業の実施はありだということなのでしょうか。

非常に疑問が残っています。

2025年5月10日土曜日

会議の必要性

 学校の1週間。かなりの数の会議が予定されています。
月曜日 職員会議、職員会議前の企画会
火曜日 重点研究会
水曜日 出張日
木曜日 学年研
金曜日 特別委員会
のようになっています。毎週あるものばかりではありませんから、何もない日もあるわけです。ただ、何もない日というのは、会議がない日という意味ですから、仕事がないわけではありません。当然、授業が終わってー大体3時前には終わるようにセッティングしています。
この時点で、勤務時間の残りは1時間45分。ここには、仕掛けがありますので、その部分は、また別の機会に書きますが、1時間45分あれば、かなり仕事は進むはずなのです。しかし、そうはいかない事情も出てきます。学年内のクラスでトラブルが起きたら、学年内で情報を共有したり、対応を相談したりします。そうゆう話は長くなるので、すぐに30分位は消費してしまいます。
それでも、その手の話を省略するわけにはいきません。もちろん、処理しなければならない学級事務や学校全体かかわる企画書など作成しなければならないものも、減ってくれるわけではないのです。
学級事務は、どうしても出てきます。宿題だったり、提出した作文やレポート、時には、ノートを集め、学習状況を見たり、テストの採点だってあります。週案も書かなければならないし、出欠席の状況を記録しなければならないとか、健康診断の結果を記載したり、いろいろあります。
解決策は、会議を止めてしまうことです。もちろん、すべての会議を止めたということは難しいです。しかし、学校にもグループウェアが導入されている現状で、それほど説明が必要ない内容の提案などは、グループウェア上だけで済んでしまうと思います。
また、会議への出席者の数を限定することも大事なことだと思います。人数が多くなれば、それだけ、無駄が多くなるからです。
実際、学校でやっていることはルーティンワークが多く、新鮮味のあるものは少ないといえます。ですので、グループウェア上のやり取りだけで、かなりの割合の事柄が、すんでしまうのです。
会議をやめることで、時間的には1週間で4時間程度は生み出すことができます。
その方が、先生たちにとっても、子ども達にとっても有益だと思うのですが。

2025年5月8日木曜日

お迎え

 子どもの調子が悪くなれば、保護者にお迎えに来てもらいます。基準がはっきり決まっているわけではないのですが、おおよそ37度を超えた熱がある場合、怪我をして病院に連れて行ってほしい場合が、お迎えに来てほしい場面です。

以前は、家に誰かいるパターンが多かったので、電話をすれば、比較て早い時間にお迎えをお願いすることができました。しかし、状況は変わってきて、すぐにお迎えは難しいという返事も多くなってきました。これも、実際には学区によって大きな違いがあることなので、一概には言えません。

学校の基本的な考え方は、お母さんは専業主婦というのが前提になっているかもしれません。今は、専業主婦の割合が減っています。共稼ぎも定着し、女性も、男性も、育休後は、それ以前と同じように働くことが増えているのだと思います。働く場所として学校を考えると、かなり昔から、育休後、職場復帰すれば、それ以前と同じように働くというのが、当然とされていました。女性が働きやすい環境となっていたのも、そのような習慣があったからだと思います。制度的にも、学校は、恵まれた環境にあるのかもしれません。それでも、先生の子どもが保育園で熱を出したからといって、すぐに迎えに行くことはまれな気がします。早くいった方がいいのではといっても、いや4時間目が終わったらすぐに行きます。という言葉もよく聞きました。

学校ほど体制が整っていない一般企業では、持って厳しい状況があるのだと思います。これは、学校や保護者だけが考えても、改善されるものではありません。国として、企業として、子ども達の成長をどのように見守っていくのかということにつながっていると思います。

また、学校も、保護者の置かれている状況に対応することができる余力が必要なのかもしれません。緊急の怪我への対応は学校の責任下で行わなければなりませんが、体調不良などへの対応も、保健室だけが行うのでなく、子どもが休んでいられる場所を提供するなど、できることはあると思います。

まあ、子どものことを考えると、少しでも早く休ませてあげたいと思ってしまいますが。

2025年5月7日水曜日

健康診断

 2,3年前から内科検診が問題になっています。高学年の女子が話題の中心ですが、男性の医師に胸を見られたくないという話が多いと思います。それに対して、心音や背骨の形状を診る医師としては、それでは十分な判断ができないという意見も出されました。

結果的には、体操服の中に聴診器を入れるとか、体操服の上から聴診器を当てるなど、出てきた意見をもとに、やり方を変えたりしてきました。また、一人の子どもをつい立てで隠れるような状況にして検診するということもしています。

6月30日までに健康診断を実施することが、学校保健法で定められています。歯科、内科、耳鼻科、眼下の校医さんが学校に来て、子ども達の健康状態を見てくれます。その他にも、視力、聴力、身長、体重など測定します。尿検査などもの実施も、その一つです。昔は、蟯虫検査や座高の測定もありましたが、これは、現在では実施していません。

実際、校医さんが学校にいる時間は、短いと2時間程度です。もちろん、学校規模で変わってきますが、それほど、細かい部分まで見る余裕はないような気がします。専門家ではないので、どの程度で判断ができるのかは、分かりませんが、短い時間であるのは事実だと思います。

確かに、学校には、黙っていても子ども達が来るわけですから、その機会を使って検診をするという考え方は一理あると思います。しかし、今は、都市部では特に医療機関がそろっているわけですから、学校での検診がマストだとは思えません。保護者の判断で、定期的に検診を受ければよいわけですから、とりあえずやりましたという感じの検診は必要ない気がします。

日本自体が、豊かになり、社会状況も大きく変化しています。そう考えると、果たして、現在の検診が必要なのか疑問になります。

2025年5月5日月曜日

体育の不思議

 今の学校で行っている体育の内容って、なんとなく不自然な気がします。

よく話に出てくる鉄棒の逆上がり。鉄棒運動って、逆上がりや前回りや、腕立て支持後転などがあります。ひざ掛け前転とか、後転とか。それに、マット運動や跳び箱運動。実は、この器械体操系の運動って、ものすごくけがが多いんです。鉄棒からの落下、跳び箱にうまく手が付けず勢い余って落下。マットでも、ネックスプリングとかやるんです。これも、ケガをします。

それに、今時ですから、先生が子供の体に接触する補助もだめだって言われます。補助しちゃえば、覚えることができるだろう体の動きも、器具等を使って慣れていくしかないわけです。

それに、器械体操を小学校で、全員がやる必要があるのかも疑問です。

体育は、大きく分けると、ボール運動、器械体操、陸上競技、水泳、ダンスに分かれています。ボール運動は年々種類が増え、野球型、サッカー、ラグビー、バレー、バスケットの中から、選択していきます。中学年の時にやったものは、高学年ではやりません。

陸上競技は、短距離、中距離、幅跳び、高跳び、ハードル走などです。

器械体操は、跳び箱、マット、鉄棒になります。

それに加えて、水泳。こちらは10時間程度が学習時間ですが、それにかかる経費は膨大。さらに、毎年のように死亡事故が起きています。

なんのために、これらが選択されているのかは、わかりません。でも、実際に学校で取り扱う内容として、適切なのか、やっているとわからないなと思いました。別に、器械体操など、できなくてもいいんじゃないかと思ってしまいます。

ケガするリスクを負いながら、様々な運動に挑戦する必要があるのかは疑問ですし、それこそ、専門性が問われるような内容を、経験もない指導者が始動することに無理があるような気がします。逆上がりができない先生だっているわけです。泳げない先生もいます。

生涯体育という視点は大事だと思います。スポーツに慣れ親しむことは、生涯にわたってプラスになることだと思います。しかし、今の体育の内容ってそうではない気がします。都市部では、それぞれに専門的に教えてくれる場所があります。子どもの意志や保護者の意思で、教えてくれる場所を選択すればいいのではないでしょうか。

学校体育は、それぞれの運動の底辺拡大をすることが目的ではないのですから。

2025年5月3日土曜日

漢字を覚える

 小学生にとって、大きな課題の一つは漢字を覚えなければならないということでしょう。漢字を覚えるのが大変という子供も多くいます。中には、漢字を見るだけで覚えてしまうという子もいます。ただ、そういう子供は、書き順などが覚えれないのです。字を一つの記号として、丸ごと記憶できるタイプなんですね。多くの場合は、何回か書いて覚えるという形になります。ただし、これも、個々の子どもにより異なっています。一定の回数で覚える子もいます。なかなか定着できない子もいます。それだけでなく、実際に文章を書いているときに、学習したはずの漢字を使うことができない子もいます。

それだけでなく、漢字をのノートに書くこと自体が苦手という子もいるのです。実際に、漢字を覚える方法に一定の法則はありません。個々の子どもにより、覚え方が確立させていくしかないのです。しかし、学校は、その個々の覚え方をなかなか認めることができていないというのが現状でしょう。

宿題の中で、漢字練習というのが多く出されます。学校の授業時間の中で、漢字を覚える時間というのが確保されていないからです。また、漢字は反復練習で身につくという定説が確立されているからかもしれません。しかし、実際には、覚え方に様々なパターンがあり、それに合わせた形でなければ、漢字の習得はできないのだと思います。もう少し、漢字の習得のための時間があれば子供たちも楽ななのでしょうが、現状は厳しいという子供も多くいると思います。

最近では、はねだとか、払いなどの細かい部分で正解かどうかを決めることはなくなっています。実際手で文章を書くこと自体なくなってきている現状に漢字学習も合わせてきています。そう考えると、読めることは必須かもしれませんが、正確な感じを手で書くことがどれほど重要になってくるのかは、疑問です。子ども達を苦しめてきた漢字の習得も、これからどうするか考える時が来ているのかもしれません。

働き方に対しての意識を変えないと。

いつから学校の「働き方」は問題になったのか 働き方の問題が現場で話題になり始めたのは、2016年ごろだったと思います。 それ以前は、働き方が問われることはほとんどありませんでした。タイムカードすら存在せず、遅くまで仕事をして注意されることなど一度もなかった時代です。記録がないので...